第二十四話 ハンティング
薙刀大学付属病院。岡崎キョウコの病室。
岡崎キョウコは、依然、意識不明。栄養剤の点滴が続いている。
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」
マスクが呼気で曇る。生命維持装置は静かに稼働を続けている。
そこに、レンズには映らない存在が一人。
岡崎キョウコの姿をした別の人影がある。
先日の攻防のためか、およそ半分に欠けたモノボードは、彼女の首を絞める。
「しぶとい身体……できることなら絞め殺してやりたいけど――」
だが、それは叶わない。手は首をすり抜け、むなしく空を切る。
「――位相が違うから触れられないか……自殺しそこねたことが、仇となったか? まあ、いい……私の回復が終わるころには、既に増殖の段階は完了しているはずだ……あとは羽化さえ上手くいけば――」
病室の余白、ベッドの隣に体育座りして、モノボードは眠る。
岡崎キョウコと、そのモノボード。
かつて一つであり、永遠に分かたれてしまったもの。
彼女たちの見る夢は、悪夢でしかありえない。
ザ・トリガー「ハンティング」
「これは生徒会権限の処置です! 現在、モノボードの隔離処置を行っています」
「繰り返します。生徒会権限です! 現在、モノボードの隔離処置を行っています」
授業中、教室という教室に響き渡る声で、僕は大ウソを並べ立てる。
「世の中には事後承諾というものがあるわ」
屋上爆破事件の遠隔視に失敗したムツキはそう嘯き、偽造した(たぶん、してあった)生徒会ワッペンを僕の胸に張り付けた。どうやらこの偽造ワッペンには、ムツキが所属するオカルト部が一枚噛んでいるらしい。あのクマ沢部長の顔が脳裏をよぎる。
それで、僕に任された大任は、ひたすら大声で喚きたてることだった。
「色々と手遅れになる前に行動に移す! これが奇襲の鉄則だよー」ヤヨイもノリノリである。
「ごめんなさい。お姉さまが暴走してしまってすみません。本当にごめんなさい」カエデも口で謝るだけで、反対はしていない。
山岸ミノリは、目の前に群がる人間たちを見定めている。この中にモノボード感染者が居ないかどうか、確認する作業に忙しい。
山岸ミノリが言うには、通常の人間はカラフルに見え、モノボードだけは黒くのっぺりした形に見えるため、すぐ見分けがつくのだという。
岡崎キョウコが黒く染まっているのを事前に見ていたという証言が、その根拠である。
他に根拠は無い。
全部当て推量である。
でたらめにもほどがある。
それでも小早川ムツキが動いたのは、自分の自慢の遠隔視が、例の屋上爆発事件に通じなかったためである。ムツキが言うには、その時空間だけが切り離されているということらしい。よく分からないが、そんなことは滅多に起こらないのだそうだ。
それで、既にモノボードが発生していることが確実になったとして、今回のモノボード狩りが企画されたわけだ。
「あ、そこのひと……」山岸ミノリが反応する。
「どこ?」ムツキが確認する。
「窓際二番目に座っている人と、掃除用具入れの前の席の人……」
そうなのだ。山岸ミノリは、指さすことはできるが、顔と名前までは判別できない。相貌失認症とは、そういう奇妙な病気なのである。
「この二人ね?」ムツキが問う。
「そう」山岸ミノリが肯定する。
「ヤヨイ、この二人をオカルト部まで誘導してあげて! 触っちゃダメよ!」
「ラジャー」
基本的に、この繰り返しである。
無論、途中で生徒会権限という嘘はバレたが、「モノボード狩り」というありえぬ事態に生徒会側は混乱。僕たちの行動は、半ば黙認されることとなった。
最終的に発見、隔離されたモノボード感染者の数は、二十一名に及ぶ。
だが、手伝わされただけの僕は、まだ良い方だ。
生徒会から、隔離された連中の「処分」を依頼された邪こと横島ツカサは、イケメン顔を引きつらせて、心底嫌そうな表情をしていた。
「麿はただの陰陽師でおじゃる! ゴミ処理係ではないでおじゃる!」
結局、彼らは邪の邪気封じの儀式を受けた後、自宅謹慎を言い渡された。
事故に遭った岡崎キョウコとの接触による精神不安定、というのが、その建前の理由であった。