表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/69

第二十一話 イズマエル

 スウマキツミの朝は早い。

 朝のシャワーを浴び、使い捨てカミソリで髭を剃る。シェービングクリームは高いので使わない。使うのは水である。毛がカミソリに詰まった時は、もう使えなくなった歯ブラシで、水で流しながらごしごしと詰まった毛を取り除く。この方法で使い捨てカミソリは半永久的に使えるのである。毎回捨てて買い換えるだなんてとんでもない。

 

「さて、今日も噂話の蒐集に出掛けますかね~」

 

 スウマキツミの朝は早い。

 それは薙高生の登校時間に合わせた生活をしているからだ。薙高生の通報で、とっくに不審者リストに載っているのだが、それでもスウマキツミは構わず薙高生との接触に出掛ける。さながら、それが義務でもあるかのように。いや、あるいは、それは義務なのかもしれないが。

 

 ザ・トリガー「イズマエル」

 

 登校時間の三十分前、僕は「四角」によってケータイにインストールされた対タイムリピーター・ナビゲーションソフトを活用して、スウマキツミに接触を図っていた。

 僕の背後には、ムツキ、カエデ、ヤヨイ、四角もいる。

 

「というわけで、僕が早起きしてわざわざ出向いてきてやったわけだ」僕は告げる。

「何が『というわけで』、なんすか。黒木シュンさん」

「あんたがタイムリピーターだってことは分かっている。自己紹介は不毛だろう」

「ま、そうなんすけどね。形式的なことは毎回やってもらわないと……こちとら記憶が曖昧なもんで」

 

 頭をポリポリと掻きながら、Tシャツを整え、ジーンズを引きずり上げて、スウマキツミはこちらを見つめる。

 

「取引したくないって言ったら、怒ります?」スウマキツミはにやける。

「そのときは力づくで情報を吐かせることになるな」

「お~怖っ。うかつに冗談も言えないとは……」真顔に戻る。

 

 僕らは知っている。これは彼のお遊びなのだと。同じ事象は、過去に何度も起こっているのだと。

 

「ちなみに、これまでに何回くらいリピートしてるんだ?」

「三万とんで一回くらいですかねえ……いちいち数えちゃいませんが」

「じゃあそのキリのいい数字に免じて、先に『ロスト』について知っていることを話してもらおうか」

「モノボードの情報は、後回しってことっすか。いやはや厳しい取引だ……ははは」

 

 スウマキツミは笑う。人を見下すような態度。僕は気に食わない。

 

「あんたら、P2ってもんが何で存在するのか、考えたことあります?」

 

 スウマキツミは根源的な問いかけをする。

 

「人類だけに与えられた物理法則を乱す力? そんなうまい話があるわけないでしょう? あのイズマエルが創ったんですよ。自分自身の目的のために。P2を――」

「そうだなあ。例えば、アスファルトと電柱に意識があるって言ったら、あんたら信じますか?」スウマキツミは突如哲学的なことを言いだす。

 

「どちらもニューロンとシナプスのようにネットワークを形成していて、内部を車や情報が流れている。脳みそと何の違いも無い――まあこれはイズマエルさんからの受け売りですがね。要するにそういうことっすよ」

 

 僕には訳が分からない。すると、四角が答える。

 

「イズマエルの開発したOS、シルバースネイルのネットワークのことか」

「御明察。何かご褒美あげましょか?」スウマキツミが口元を歪める。

 

 シルバースネイルがP2を生み出している? だが、シルバースネイルが存在する以前からP2は存在している。因果関係が当てはまらない。

 

「そこなんすよ」スウマキツミは僕の思考を読み取る。


「なんで因果律を超えて、シルバースネイルだけが過去に干渉し、全てのP2を生み出し得る源泉足りえているのか。それがあっしにも分からない。それで私もイズマエルさんを探してるんですがね。見つからないんだなあ、これが」


「まるで最初から存在しなかったかのように?」僕は呟く。

「そう。まるで最初から存在しなかったかのように」スウマキツミは答える。


 困ったことに、とスウマキツミは言った。


「彼はもう存在していないのかもしれない。あるいは存在したいときだけ存在するのかもしれない。残されたのは巨大な儀式の痕跡だけで、それはもう成し遂げられてしまったのかもしれない。十年前のモノボードの召喚。それが目的だったのかもしれないし、そうではないのかもしれない。これから起こる現象こそが、イズマエルの目的なのかもしれない」

「これから何が起こるか知っているのか?」僕が問うと。

「モノボードの再現出」


 スウマキツミは答えた。そして肩をすくめる。


「何万回ループしても分からないことってのもあるんですよ」

「それがモノボードだと?」

「そういうことです。イズマエルをとっ捕まえて、P2も全部無かったことにして、私はさっさと愛しの我が家へと帰りたいんですがねえ」


「ならば『ロスト』とは何だ?」四角が問う。


「ただのシルバースネイルの副作用じゃないですか? 誰も被害を受けていないんでしょう? なら、そんなこたあ私にとっちゃあどうでもいいことですよ」


 モノボードは、と僕は言った。


「『遮断のトキコ』が遮断する。彼女が無理なら、僕が仲間を集めて打ち倒す。その次に起こることは何だ? この薙高は最終的にどこに向かっている?」


 スウマキツミは一瞬迷ったようだった。彼らしくない。

 極秘情報ですよ、と前置きして、彼は言った。


世界接続ワールドポータル


 どうやらイズマエルさんは、「故郷」に帰りたがってるみたいなんですよねえ、と、スウマキツミは言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ