第十七話 ピクチャレス
グラウンド二〇周。
この罰ゲームのような仕打ちに、突如乱入したピクチャレスは、むしろ喜んで参加したように見えた。
ピクチャレスは、厳密に言えば、P2持ちではない。瞬間記憶能力を持つ一般人に過ぎない。しかし、彼の瞬間記憶能力は勉学にもスポーツにも(!)応用が効くため、むしろP2である僕の方が気後れしてしまう有様だった。
しばらくの間、ピクチャレスは、僕と並走した。僕はピクチャレスが何か言葉を発するのではないかと、びくびくしながら走っていた。
「ザ・トリガー。実は個人的な相談事がある」
ピクチャレスが僕を指名する。
「どこで僕の名を?」
「日刊薙高新聞は読んでいないのか? なら読んだ方がいい。学園SNSで購読できる。君のことが特集されてる」
驚いたことに、僕が知らないうちに記事が書かれていたらしい。新聞部員には会ったことが無いと思ったが、一体どこで何を見ていたというんだろう? あるいは、誰かが情報を売ったのか。僕は邪が扇子の後ろでほほほと笑う姿を想像した。
「単刀直入に言おう。実は、俺には入学以前の行動の記憶が無い」
僕は唖然とするより他無かった。
一瞬、走るのが乱れて転げそうになったほどだ。他に何ができただろう。学園最高の知識を持つであろうピクチャレスが、実は記憶喪失だったなんて。
「勉学の類の記憶はある。だが、おそらく俺が所属していたであろう組織の情報が無い。何が起こったか分からないが、組織ごと消滅したらしいと予想している。俺には仲間が必要だ。自分の記憶を探すためにも。自分の能力を生かすためにも。だから、ザ・トリガー。俺と友達になってくれないか?」
僕は喜んでオーケーした。薙高の有名人、ピクチャレスの友人。もちろん、そのことが今後どういう意味を持ち始めるかについて、漠然とした不安はあったが、それでも僕はオーケーした。モノボードにしろ新聞部にしろ、いつか誰かと戦うなら、仲間は多い方がいい。
「それと、この後のサバイバルゲームでは、僕が指揮を執ることにする。これはグラウンド二〇周が終わるまでに、全員に通知する予定だ」
言われて、僕はサバイバルゲームの件を思い出す。
新入生、対、先輩たち。明らかに勝たせるつもりがないその戦いのことを、僕はすっかり忘れていたことに気付かされた。
ピクチャレスは、実戦経験のほとんど無い僕ら新入生を率いて、先輩たちにまさかの一矢を報いるつもりらしい。僕は、若き司令塔となるであろうピクチャレスを想像し、胸を躍らせた。
ピクチャレスは、速度を上げた。先行する新入生にも、指揮を執る旨を伝えるためだろう。その走りには無駄が無く、一流のアスリートを思わせた。後で聞いた話だが、ピクチャレスは運動選手の動きをモーション・キャプチャすることで、コピーすることができるのだという。僕には、ピクチャレスが余程の余裕を持ってギアを上げたように見えた。
グラウンド二〇周が終わるころには、だいぶ日も落ちてきていた。僕らは疲れ切った様子で、先輩たちの誘導を受け、サバゲー場に集合する。
サバゲー場は基本的に林である。軍事部が実習を行うための施設の一つで、ロープで区切られた林の区間に、いくつかの障害物を置いたような設計になっている。
これから始まるのは、サバイバルゲームの基本となる、フラッグ戦である。旗を取った方が勝ちになるゲームだが、実際は旗を取ることはまずない。制限時間内により多くの敵に弾を命中させ、優勢勝ちに持ち込むのが一般的な決着方法だ。
今回は、双方が同じ薙高御用達のハンドガン、M9だけを使う、ワンメイクゲームという形式で開催される。また、最初に支給されるカートリッジには上限があることから、事実上の弾数制限戦でもある。
全員が顔まで覆うゴーグルを支給され、それを掛ける。これは安全のため、ゲーム終了時まで決して外されることはない。
しかし一つ重要な、一般的なサバゲーと全く違う点があった。このM9は本物の銃なのである。撃つのは訓練用のゴム弾とはいえ、弾速は速く、当たれば割とマジで倒れる。当たり所が悪ければ、即保健室行きである。サバゲーでは、当たれば「ヒット!」と叫んでゲームから離脱しなければならないが、担架で運ばれる事態も十分ありえた。
先輩の号令で赤(新入生)と青(先輩)のそれぞれの陣地に散ると、もう僕たちは走り疲れたなどとは言っていられなくなる。ピクチャレスを司令塔とした赤チームは、先輩たちに決して勝てないとしても、どうにか意地を見せつける以外に道は無いのだ。
サバゲー場にホイッスルが鳴り響き、ピクチャレスの掛け声で、僕たちは散開する。日が落ちたサバゲー場で、要所に先回りした先輩たちを見つけ、反撃するのは至難の業だ。だが、やるしかない。僕たちは、今、間違いなく戦場に居るのだから。