第十六話 魔女、水城
薙高には、毎年、新聞部戦争と呼ばれるイベントがある。
タイムリミットは最初の部活動(初期部活動)が決まる、入学から一週間目。
それまでに新聞部に所属していないP2は、もれなく新聞部から特務取材、いわゆる「P2狩り」を受ける羽目になる。尤も、新聞部に所属したからといってP2持ちに平穏が訪れるわけではない。基本的に、P2持ちは対P2チームに投入される。いずれにせよ戦闘要員である。つまり、静かに潜伏していることが最適解なわけだが、僕はもう既に、新聞部にマークされるに十分な厄介事に巻き込まれまくっている。
ともかく、入学から一週間後に起こる、P2特務取材。別名、新聞部戦争。
僕はその迎撃準備のために、軍事部を訪れていた。
「名誉部長、水城殿に、敬礼!」
今、僕たち軍事部部員一同は、直立不動のまま、敬礼の姿勢を取っている。
「休め!」
足幅を広げ、手は後ろに組む。僕は少しだけ、肩の力を抜く。
そう。何を隠そう、薙高トップメンバーの一人、軍事部の最高権力者、通称「魔女」水城が、いま僕の目の前に立っているのだ。
ウェーブのかかった金髪。整った美しい顔立ち。間接的に話しただけの「魔王」とは訳が違う。ただそこに存在しているだけで、強烈な威圧感を感じる。僕は緊張のあまり、声が出せない。
「それで、彼が入部してきたP2持ちなわけね」
「イエスサー! そうであります! サー!」
「能力名、ザ・トリガー。あらゆるイベントを引き寄せる特異体質に、付属能力はサイコキネシス」
「イエスサー! そのとおりであります! サー!」
「……別に、普通に話してくれればいいのに」
「ノーサー! これは敬意の表明であります! サー!」
僕としても先輩たちに普通にしていてほしいが、部のプライドとか、後輩の教育とか、色々ややこしいものがあるらしい。
「それで、彼は使えそうなの?」
「ノーサー! 彼は自分の身を守るので精一杯であります! サー!」
言われて少し悔しくなる。軍事のプロフェッショナルが揃う軍事部において、確かに僕は足手まといだ。これまでにいくつかの能力を開発してきたとはいえ、僕にはまだまだ実戦経験が足りなさすぎる。
「黒木君、あなたから何か質問はあるかしら?」
水城先輩はうつむき、至近距離から、上目遣いで僕を値踏みする。僕は僅かに戸惑ったのち、皮肉を口にするか考える。いいや、考えるな。言ってしまえ。どうにでもなれ。
「水城先輩は、藤王アキラ先輩と付き合ってるんですか?」
一瞬にして、部室内の温度が下がる。部員の全員が凍りつく。絶対に、魔女と魔王、お似合いのカップルですよね、とか言える雰囲気ではない。
「……面白い冗談ね。新兵君」
ごすっ。僕の腹部に。水城先輩の重いジャブがめり込む。
僕は痛みに耐えかねて床に崩れ落ち、呻き声を上げる。骨は折れていないだろうが、内臓が痛い。とにかく痛い。
「上等兵! 新兵全員にグラウンド二〇周! その後サバイバルゲームワンセット!」
新入部員に、恨めしそうな目で見られる。
でも、僕はその罰を甘んじて受け入れる。甘やかされても始まらない。まず、自分の身を守れる程度に鍛えてもらわなくては。
「すいません。入部を希望する者ですが」
そんなとき、誰かが扉を開けて中に入ってきた。その時僕は知らなかったが、彼の名と顔はもはや薙高では有名であった。全員が呆然とした顔で、ピクチャレス、と呟く。
音無ヨウイチ、通称、瞬間記憶能力者と僕との出会いは、そんな感じで始まった。