第十五話 オカルト部その2
「やあやあ黒木君。私が部長の金沢だ」
オカルト部の最奥。クマのぬいぐるみが、椅子の上で喋っていた。
「映画チャイルド・プレイのチャッキーか」僕はため息を吐く。
「なかなか理解が早い。いや、色々魔術の実験をしていたら自分の体に戻れなくなってしまってね。はっはっは。金沢先輩ならぬクマ沢先輩と呼ばれるようになってしまった」
「えー。それは何年前の話でしたっけー」ヤヨイが聞く。
「五年ほど前の話だ。さすがに体がクマのぬいぐるみでは卒業できんらしくてな。私は意識不明ということで留年を繰り返している。はっはっは」
「それは自慢になるのか……」僕は頭痛がしてくる。
「ところで、だ。黒木君。悪魔アガリアレプトを倒した者には、一つの質問権が与えられるのだよ」
悪魔アガリアレプトは、ヨーロッパの伝承に伝わる悪魔の一人である。グリモワールという文書によれば、アガリアレプトはルシファーの配下の悪魔であり、世界中の政府や組織が抱えている秘密を明らかにし、どんなに崇高な謎でも解明してしまう力を持つとされる。
この悪魔を召喚し、従えた者は、一つの質問をすることができる。
クマ沢が蘊蓄を語った。
僕は、顔をひきつらせて笑う。悪魔を倒したら質問ができる? そんな都合のいい話が、本当にあるのか?
「とりあえず問うてみることでおじゃる」と邪は促した。
それで僕は何を問うか考えて――問いが最初から決まっていることに気付いた。
「ならば問う。悪魔アガリアレプトよ。なぜ僕はP2なんだ? なぜ僕がザ・トリガーでなければならないんだ?」
「……では汝の問いに答えよう……」
虚空に声が響いた。それは時には嘲る赤子のようであり、時にはしわがれた老人のような声だった。
「……お前は自分の力と役目をまだ知らぬ……タイムリピーターは、ザ・トリガーたるお前を選んだ……お前は多くのトラブルに遭遇し、成長するだろう……お前はアンチ・モノボードとして周到に準備された者なのだ……」
突如として疾風が渦を巻き、僕は目を瞑った。
目を開けた時、悪魔はもう既に去っていた。
「タイムリピーターが、僕をアンチ・モノボードとして選んだだと? 僕は……僕は、他の誰かの道具じゃない!」
僕は言う。だが、答える声はもうなかった。
「さて、君の能力『ザ・トリガー』だが……破壊力A スピードB 射程距離A 持続力C 精密動作性A 成長性S といったところかな? 銃弾を的中させる能力、そして見えないものを倒す能力……君のP2はまだまだ成長の余地がありそうだ」
クマ沢が冷静に分析する。
「僕はこんな能力を望んだわけじゃない……」
「だが、現実として能力はある。君は戦いの運命から逃げ出すことはできないのだよ」
クマ沢はひょいと椅子から降り、僕の周りを歩き回りながら、言葉を続ける。
「準備することだ。君は軍事部にも籍を置いている。武器と仲間を集めることだ」
クマ沢は僕の目の前に立ち、片手を上げて、僕を指さす。
「そして警告しておく。新聞部に注意することだ。君は新聞部に入部するという選択肢を蹴った。つまり事実上、君は新聞部と敵対していることになる。彼らの『特務取材』は、生易しくは無いぞ」
「そうかよ。シークレットの他に、新聞部までもが敵に回るのか……僕はよっぽど人気者らしいな」僕は皮肉る。
「そうだとも。君は常に人気者なのだよ。それが、『ザ・トリガー』。ありとあらゆるイベントを引き寄せる、君の能力だ」
そこで、僕はオカルト部ならこの能力を消し去れるのではないかと期待していたことに気付いた。僕はすがるようにクマ沢を見つめて、言葉を紡ごうとする。
だが、クマ沢は僕の言葉を先読みしたかのように言い放った。
「君の能力は消し去れないよ。君は永遠に、ザ・トリガーだ」
だから僕は、小さく畜生と、呟いた。