第十四話 オカルト部
次の日の放課後。そういえばオカルト部に顔を出していなかったな、と僕は思った。
前回のようにシークレットに襲われるといけないから、ムツキ、カエデ、ヤヨイの三人も連れて行こう……と思っていたら、藤沢カオリが僕の腕を掴んでいた。軽くウェーブのかかった髪の毛を、僕の肩に押しつけてくる。
「昨日はどこに行ってたんですか?」
「と、図書館で調べ物を……」僕は少し挙動不審になる。
「言ってくれたら私も一緒に行ったのになあ」恨めしそうにカオリは言う。
「えーっと……」
「じゃあ、今日は平安部でお菓子を食べるんですよね?」と、カオリは確認してくる。
「いや、今日はオカルト部に顔出しに行く予定なんだ」僕は予定を告げる。
「占いに興味があるんですか? 私も興味あります。一緒に行ってもいいですよね?」
何か悪い予感がする。連れて行ってはまずいような気がする。
だが、助けを求めようとムツキのほうを見やると、ムツキは肩まで垂らした黒髪を弄りながら、僕のことを見てにやにや笑っている。カエデはなぜか恥ずかしがっているようだ。
「ラブラブですねー」ヤヨイ。お前は黙ってろ。
結局、僕は藤沢カオリを振り切れず、一緒にオカルト部に行くことになった。
何か悪い予感がするのだが……仕方がない。
学園SNSで経路探索する。オカルト部は、地下二階にあった。射撃練習場といい、P2訓練場といい、この学園には地下に謎の施設が多すぎる。エレベータにカオリと二人で乗り、地下二階に到着する。天井を見ると、オカルト部はこちら、と書いてある。矢印に沿って歩いて行くと、禍々しいオーラが発せられた扉があった。
「『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』って書いてありますねー」
カオリに聞くまでも無い。ダンテ・アリギエーリの代表作「神曲」の、地獄の門のパクりだ。悪趣味にもほどがある。
「とりあえず入るか……って、取っ手がないぞ」
すると、ドアが勝手に開いた。
「自動ドアですね」
そうなのだろうか。そうなのだろう。内部で部員が来客を確認、操作して扉を開け閉めしているような気もしたが、さすがにそんな面倒なことはやっていないだろう。と、信じたい。
薄暗い室内に入る。所々、ぼんやりとした、松明のような橙色の明かりがある。頼むから普通に蛍光灯か白色LED電球を使ってくれ。頼むから。
すると、今まで開いていた入口の扉が勝手に閉じた。光源が減り、目が慣れるまでほとんど何も見えなくなる。
「ようこそ! 私はオカルト部部長の金沢という者です。君の噂はかねがね聞いているよ、黒木シュン君!」
おそらく天井に備え付けられたスピーカーから、謎の野太い声が響く。
つまらない演出だが、カオリはきゃーこわいーとか言いながら抱き付いてくる。お前それ絶対わざとだろ。
音響からして、かなり広い空間のようだ。松明が等間隔に並んでいて、道を形成していることに気付く。
「さあ、前に進むのです、黒木シュン君。いや、P2、ザ・トリガー」
「僕をその名で呼ぶな!」なぜだか、藤沢カオリにだけは知られたくなかった。
僕は普通の人間だ。普通に産まれて、普通に育ち、普通に学び、普通に大きくなった。 僕は人間だ。確かにトラブルメーカーなのかもしれないが、決して超常現象の付属物じゃあない。藤沢カオリには、そんな苦悩を知られたくはなかった。
「まあいいでしょう。それでは入部テストです。君には、悪魔アガリアレプトと戦ってもらいます。戦いに勝てば、貴殿の入部を認めましょう!」
がるるるるる。前方の、松明が円を描いている場所から、野獣のような声がする。不味い。P2同士の戦闘に、藤沢カオリを巻き込んではいけない。彼女を庇いながらでは戦えない。
「逃げろカオリ! 奴の狙いは僕だ! 僕を信じて扉のところで待っていてくれ」
「え? 何? 何が起こってるの?」
「いいから逃げろ! カオリ!」混乱したカオリに、僕は叫ぶ。
僕は前方に向き直り、言い放つ。
「お前は僕を怒らせたぞ。無関係なカオリを巻き込みやがって!」
僕はM9を腰から引き抜き、二発、射撃する。だが、当たった気配は無い。恐る恐る前方の、松明の円の中に移動する。相変わらず野獣のような声が響いている。
目が慣れてきたからか、足場ははっきりと見て取れる。だが、敵の姿が無い。
どすっ。ボディに重い一撃を食らう。そして理解する。こいつは、悪魔は、目に見えないのだということを。あるいは、普段は透明になっていて、攻撃の時だけ実体化するのかもしれない。
「どうする? 銃を乱射するか? それでも効果は薄い、か……」
ぐぎっ。次は効き腕を捻られ、僕は拳銃を取り落とす。だが、やはり、見えない。不可視の悪魔は、僕の攻撃手段を着実に奪っていく。
「それなら……こうするまでだ!」
僕は目を瞑った。僕のサイコキネシスは、これまで専ら目視で照準を定めていた。目で見ながら、曲がれ、捻じれろと、念じていた。だが、今回はそうはいかない。やったことのないことだが、やるしかない。
(さあ、攻撃してこいよ。その瞬間、その方向に、僕の本当の全力を叩きこんでやる)
どがっ。今度は背中だった。その刹那、僕の背後でサイコキネシスが炸裂した。物体がそこにあるかないか、分からない場所への、無差別サイコキネシス。キュゴッ。空気が高速で空回りをし、悪魔の身体がバキボキとへし折れる音がする。瞳を開け、その音を頼りに、さらなる追撃を行う。
空間よ回れ! その場にいる全てを巻き込んで、回転しろ!
その作戦は上手く行ったようだった。よくわからない不可視の悪魔は、地面に叩きつけられ、動かなくなった。僕は落とした拳銃を拾い、そこに転がっているであろう存在に対して、引き金を引いた。三発撃ち込んだところで、声が響いた。
「おめでとう。黒木シュン君。君は悪魔アガリアレプトを倒してみせた。入部を認めよう」
「黙れ。さっさと照明点けて土下座しろ。無関係な藤沢カオリを巻き込もうとしやがって……貴様もミンチにされたいのか!」
パッと、照明が点いた。藤沢カオリの横には、扇子で顔を隠した邪がいた。ムツキ、カエデ、ヤヨイもいる。
「そう吠えずとも、藤沢カオリは麿の名にかけて無事でおじゃる。オカルト部の入部試験、麿も見学させてもらったでおじゃるよ」
カオリは、僕の元へと駆け寄ると、僕のことをぽかぽか殴り始めた。
「バカ! バカバカバカ! P2のこと、なんで話してくれなかったのよ!」
「藤沢……僕のこと、嫌いになったか?」
「そんなわけないじゃない! 私は、私にちゃんと話してくれなかったから怒っているの! 最初からP2だって言ってくれれば、私、今日みたいに足手まといにならなくて済んだんだよ?」
「ごめん……カオリ」
僕は藤沢カオリをしっかりと抱きしめた。
その背後では、神出鬼没な吹奏楽部の奏でるBGM、アントニオ・ヴィヴァルディの「四季:春」が、けたたましく鳴り響いていた。