第十三話 情報交換
「魔王と魔女の密会なんて、すっぱ抜かれたら大ニュースになるわよ」
「この店に盗聴器は無い。少しくらいは大丈夫さ」
藤王アキラは魔女に問う。
「モノボードって何だ?」
魔女はパフェを掬う。
「どんなに手を伸ばしても届かなかった全てのものよ。
言語化も思考化も不可能なもの。語りえぬもの。
よく言えば可能性の麦束。悪く言えば絶望の怨嗟」
魔王はさらに問う。
「モノボードに触れたら?」
魔女は気だるそうに答える。
「モノボードに触れると、人は人で無くなってしまうの。人は弱い生き物だから。そして、モノボードは増殖する」
「ここの勘定、払っておいてね」
魔女は席を立つ。
水城アキラ。ウェーブのかかった金髪のショートカットの少女は、傭兵にして魔女。魔女にして傭兵。薙高の魔女は戦場より帰還せり。鉄火の十字架を持って、いざ、参る。
黒木シュンは目を丸くしていた。学内巡回バスから図書館前に降りてきたのは、どうみても銀色の人型ロボットだったからだ。その挙動は人と見紛うほどに人間らしく、その頭部は丸い。てくてくてく。それが滑るように、器用に歩いてくる。
「ま、まる!?」ムツキが驚く。
「やっほームツキ。お久しぶり。元気してた? 俺はロボットの『丸』。三角と四角は現在別行動中だ。で、お前が藤王と取引したいって言ってた黒木シュンか」
「あ、ああ」僕は動揺を隠して答える。
「俺と藤王は基本的に同一人物だと思ってくれ。音声回線も映像回線も全部藤王のアトリエに繋がっているからな」
「で、情報というのは?」声の質が変わる。たぶんこれが、藤王の肉声なのだろう。
「僕が提供できるのは、モノボードという言葉の意味だ。十年前、この学校で集団自殺事件があった。モノボードはその原因となったものだ。タイムリピーターの一部は、それを遮断するために存在しているらしい。だから、僕はタイムリピーターのログが欲しい」
「へえ。それを図書館で調べたのか。十年前の事件とは、盲点だったな」
藤王は僕の努力に感心したようだった。
「ログか……えーと。タイムリピーターコミュニティのログは、あるにはある。俺も見たいから、いちど復活させてみようか。十秒待ってくれ」
そう言うと、丸は情報端末を取りだして、ホログラム・ウィンドウを開いた。映画スターウォーズで見たことがあるが、まさか実用化されていたのか。人型ロボットの丸、三角、四角といい、ホログラム・ウィンドウといい、藤王の周囲技術はオーバーテクノロジーすぎる。それゆえに、魔王と呼ばれるのか。
「あった。これだ」ホログラム・ウィンドウに、ログが表示される。
コミュニティ:タイムリピーター連絡室
1:必要な時に
2:誰が立てたの?
3:クソコミュ発見age
4:猫殺しのエイラ
5:鴉殺しのティガ
6:探偵のスウマキツミ
7:魔術のイズマエル
8:遮断のトキコ
「この名前に見覚えは?」藤王が問う。
「遮断のトキコとは、一度、会ったことがあります。たぶん、彼女だと思います。自分はタイムリピーターで、モノボードを遮断すると言っていました。それと、仲間を作れ、と」
「俺はスウマキツミとイズマエルを知っている。前者は薙校の生徒に執拗に接触してモノボードの噂を集めている。後者は……このOS、シルバースネイルのカーネル開発者だ。伝説のプログラマだよ。バグがやけに少ないOSだと思っていたが、そうか、時間遡行者が何度も何度も作り直していたわけか……」
丸は天を仰いだ。OSの開発には多大なリソースが必要とされる。イズマエルは、藤王も少なからず尊敬していた人物なのだろう。
「他の二人は……まさか猫や鴉を殺すとタイムリピートするとか?」そんなことで時間遡行が可能になるとは、俄かには信じがたい。
「その可能性も否定できないだろう」丸はしっかりと僕のほうを向いて、答えた。
「有意義な情報交換だった。ザ・トリガー。今度は生身で会うことになるかもな……」藤王の肉声が途切れる。
「……ってなわけで、用事が済んだので俺は帰る。お前らも帰るんだろ? あと一分で、また学内巡回バスが来るぜ」
僕らは丸と一緒にバスに乗り、降りて別れ、情報部に戻った。
考えるべきことはたくさんあった。モノボードのこと。タイムリピーターたちのこと。遮断のトキコと名乗るタイムリピーターのこと。
情報部に戻ると、僕は急に眠気に襲われた。しばらく、僕は椅子の上で眠った。