第十二話 世界監視機構
某月某日 某チャットルーム
[moimoi] モノボードは増えるよ。
[moimoi] モノボードは溢れるよ。
[yutaka] その、モノボードって何?
[moimoi] モノボードはモノボードだよ。
moimoi Quit ("Leaving...")
[yutaka] ……何だったんだろ
世界監視機構。そんな冗談のような公式コミュニティがある。
世界各地の戦争、紛争情報から、今日どこそこに虹が出た、というような本当に些細な変化まで、文字通り総てを取り扱うコミュニティである。分類としてはオカルト系コミュニティに属しているが、その実態は違っていた。
世界監視チーム「エトピリカ」が、そのコミュニティを運営している。
問題の言葉は、モノボードというものだった。
最近急に聞かれ出した言葉だが、その意味も語源も、何の符牒として存在しているのかも分からない。
チーム、エトピリカのエージェント、駒鳥ススムは、その単語の意味を探し出すという、途方も無い仕事を任されていた。
「mono-board。こんなラテン語と英語がくっついた妙ちくりんな言葉の意味を探せと言われてもな……なんというか、うちチームのリーダーは馬鹿なんじゃないか……」
学園SNSを特権モードで操作しながら、駒鳥ススムは悪態を吐く。
世界監視機構を主催しているのが誰なのか、実のところ駒鳥ススムは知らない。というか、リーダーを始め、他のエージェントに会ったことさえ無い。
それでも業務を続けているのは、自分が何か、本質的に巨大なものに所属していたいという意識からだ。学園SNSを特権モードで動作させる許可を出せるほどに、巨大で謎めいた組織。
それとも、全ては学園SNSの内部でだけやり取りされる、記号遊びの結果なのだろうか。
だが、疑っていても愚痴をたれていても、指示はやってくる。
ほぼ日課のようになった、「モノボード」での全文検索。それが、今日だけは結果が違った。
検索結果、一件。
黒木シュンの検索履歴
タイムリピーター
モノボード
黒木シュン。こいつがモノボードに関する、何らかの手がかりを持っている。
世界監視チーム「エトピリカ」のエージェントである駒鳥ススムは、ケータイを取りだし、リーダーに確認のメールを送った。
一方、黒木シュンは、ムツキたちと一緒に、図書館で十年前の日刊薙高新聞の記事を調べていた。概要はこうだ。
何の関連も無い生徒達が突如、屋上に集まって起こった、集団飛び降り自殺事件。
警察は自殺の線で捜査を進めるも、全員のプロフィールはばらばら。全員が遺書無しで自殺している。アルコールもドラッグも検出されず。集団幻覚でも見ていたのか。そもそもなぜ彼ら彼女らが屋上に集まったのか。誰も止める者はいなかったのか。など、全てが謎のまま残されていた。
その記事の中に、モノボードという単語があった。
亡くなった少年の一人と特に親しかった匿名希望者は、「モノボードのせいじゃないですかね」と語っている。
モノボードのせい。
つまり、モノボードが集団自殺を引き起こした、ということ。
モノボード。その言葉の意味を、黒木シュンはチームに説明する必要に迫られた。
とりあえず、自分が見て、聞いた話を、そのまま、ムツキたちに伝える。
「モノボード。そして、学園SNSでのタイムリピーターのコミュニティ。どちらも証拠が実在している。夢を見ていた、というわけではなさそうね」
「これからモノボードが起こる――それって、また原因不明の集団自殺が繰り返されるってことなのかしら?」
「そんなことよりカップラーメン食べたいー」
僕はこの情報を元に、藤王アキラと接触するつもりだ。と皆に語った。
ムツキは反対した。魔王に目をつけられるということは、かなりのリスクがある。ただでさえP2は興味を引くのに、さらに興味を引いたら、魔王のコマにされかねない。
しかしカエデは賛成した。これ以上のモノボードの情報が無い以上、タイムリピーターの削除されたログを見て、情報を得るしか方法は無いということだった。
ヤヨイも賛成した。
「とりあえずやるだけやってみよーよ」
僕も同じ気持ちだった。
ムツキは、しぶしぶ藤王アキラへの連絡先が入ったケータイを取りだし、その後、ここが図書館であることを思い出した。ケータイジャマーのせいで、外に出なければ、ケータイは繋がらない。
そして、僕たちが図書館から出たところで、僕は駒鳥ススムと出会った。
黒いスーツを着込み、黒いサングラスを掛けている。
「俺はエトピリカの駒鳥ススム。なあ、黒木シュン。モノボードについて、あんた何か知ってるんだろ」
「いいえ。知りませんね。何です? モノボードって」僕はしらを切った。
この情報は取引に使うものだ。こいつがシークレットであれ、誰であれ、容易に情報を渡すことはできない。
「ノーって言うのが速すぎるぜ。黒木シュン。『何か知ってる』って顔に書いてある」
僕は黙った。駒鳥ススムがチーム「ムツキ」と対峙したまま、二十秒が経過する。
「ススム、とか言ったな」僕は切り出した。
「この情報は魔王との取引に使うものだ、と、あんたのリーダーに伝えろ」
駒鳥ススムは素直に従った。ケータイを取り出し、少し躊躇った後、リーダーに電話を掛ける。
「ええ、はい。この情報は魔王絡みらしいです。どうしますかね? え? 今から出向く? 直接? 図書館前にですか? はい、俺は帰ればいいんですね。分かりました」
「俺は帰ることになった。その代り、うちの――世界監視機構――エトピリカのリーダーが五分後にここに来る。それまで待っててくれ」
僕たちは待つことに決めた。そしてやってきたのは、意外な人物だった。