第一話 引き金引き
昨今、引き金を引いたことの無い人間が多い。学生たるもの、せめてベレッタM92くらいは取り扱えるようにしておきたいものである。
拳銃にはアクションとマガジンという二つの特徴がある。車に例えれば、シングルアクションがマニュアル車で、ダブルアクションはオートマ車である。マガジンのほうも二種類ある。確実性を重視したシングルカラムマガジンと多弾装を狙ったダブルカラムマガジンである。
ベレッタM92、通称M9は、ピエトロ・ベレッタ社がライセンスを持ち、製造、販売する、ダブルアクションおよびダブルカラムマガジンを採用した米軍制式拳銃である。つまり一言で言うなら、世界中で使われているポピュラーな拳銃だということだ。
これくらいは使いこなせないと、薙刀高校で生きていくのは難しい。なぜなら、多くの部活動では、漏れなくこの銃を部の備品として支給しているからだ。
そう、生きていくのはとても難しい。特にこの薙刀高校では、その言葉は文字通りの意味で、そうなのである。
ザ・トリガー「引き金引き」
薙刀高校に入学した学生のほとんど全てには、明確な目的がある。なにも好き好んで、こんな異常な高校に入学する奴はいない。そう断言できる。それに、目的意識が無いアホは早急に駆逐されるだろう。
けれども、僕がこの学校に入学したのには、別の理由がある。それはほとんど自動的な理由だった。
そう。何を隠そう、僕は「引き金引き」なのだ。といっても、引き金引きという言葉だけじゃ、まるで意味が分からないと思うけれど。そうだな、こう言った方がいいかもしれない。僕はあらゆる意味で騒乱の種であり、トラブルメーカーだ。
生来的な性質によるものか、あるいは育ちの悪さによるものか。まあそんなことは関係ない。僕は望むと望まざるとに関わらず、場の中でそういう存在になってしまう。僕は引き起こされた撃鉄であり、弾丸が込められたシリンダーであり、安全装置の無いトリガーなのだ。そして、それはとてもあっさりと暴発する。
ザ・トリガー。中学校ではそう呼ばれた。
入学式の日。太陽が眩しいくらいの晴天だった。だから、もしかしたら。そう、もしかしたら、薙刀高校に入学したら僕のそんな変な性質も、綺麗さっぱり消えてくれるんじゃないかと夢見たこともあった。だが、現実は非情である。
「動くな!」
面倒を避けようとして乗ってきた朝一のバスから降りて、少し歩いた、人気のない交差点。入学式に向かう途中の僕に向けられた銃口は、あっさりと僕の夢を――おそらく一生叶わない、普通の人生を送るという夢を――雲散霧消させた。
銃はM9。彼ら三人が薙高生であることは、服装から見て間違いない。
「助けてください!私は何もしていないのにこの人たちが!」
栗色のウェーブ髪の美少女が騒いでいる。五月蠅い。何が助けて、だ。こんな無法地帯に自衛手段も無しにのこのこやってきておいて、自分だけが被害者面しやがって。彼女がもし被害者だというなら、こんないい天気の日にトラブルに巻き込まれた僕のほうが、よっぽど被害者じゃないか。
「助け――」
「黙れ。ここじゃ誰が襲われて死のうと自己責任なんだよ」
僕はかまわず歩きだす。
「おい、動くなと言……!?」
喧しい。どいつもこいつも僕の不幸を無視しやがって。お前たちは何様のつもりだ。ただの、くだらない、入学式を邪魔する障害物のくせしやがって。へし曲がれ。飴細工のように。
ぐぎん。変な音がして、男が構えた拳銃が曲がる。バレルが折れ曲がって発砲できなくなる。異常に気付いた残りの男たちも銃を構える。だが、同じく音を立てて銃がねじ曲がる。
「おいあんたら。覚悟はできてるんだろうな。人に銃を向けるってことは、そいつにどんな抵抗されても構わないって覚悟をしてきてるんだろうな。いや、関係ないか。どうせ同じだ。覚悟していようが、していまいが――あんたらはここで、倒れるんだから」
ごきん。骨が折れ曲がる。脚が曲がってはいけない方向に曲がる。痛み。怒号。悲鳴。立っていられずにどさりと崩れ落ちる三人の男。なんということもない。ただの日常。
「た、助けてくれてありが――」
僕はそのウザイ女を手で払いのけると、一人で入学式に向かった。ここから歩いて十五分ほどの場所に、その学校の校門はある。
ザ・トリガー。トラブル遭遇率が桁違いに跳ね上がる常在特殊能力。そして、その副作用として存在する、超常現象。本体〔ザ・トリガー〕のサイコキネシス。
僕の名前は黒木シュン。ザ・トリガーと呼ばれる、いわゆる普通の超能力高校生だ。そして僕は願わくば、ただの、ごく一般的な高校生として、薙刀高校に入学したかった。
だが、その願いはおそらく、決して叶わない――。