4、混乱
オレは毎日、あさなの病室へ飛ん・・・もとい、足を運んだ。
もちろん怪しまれないように人間の少年の生活スタイルに合わせて。
あさなに名乗ったときに、周りに看護士たちがいたもんで、名前を知られてしまったから仕方ない。
俺たち悪魔は、名乗りさえしなければ普通の人間から姿を認識されにくくなる。
ま、認識「されにくく」なるだけだから、霊感のある人間とかには見えるらしいけど。
そんなわけで、病院の中では普通の人間の男の子のふりをしていなけりゃいけない。
面倒だけどしかたない。
とっさだったからなー…
んで、そのあさななんだけど…
ゲーム器を持ちこんで看護師のおばサンにこっぴどく怒られたことがあったが
そのときあさなはとてもよく笑っていた。
すごく…なんて言ったら良いんだか…
腹の上のほうがちくちくして、鼓動が激しくて…
なんか、オレ…変だ。
しかし、何かが引っかかる。
カルテを見ただけのときは何も感じなかったはずなのに
オレは
あさなを以前から知っている……?
数日後、またあさなの病室へ行こうとしたとき。
人間の姿のまま、炎天下の歩道をだらだら歩いていたら…
ものすごい勢いで何かが背中に突進してきた。
「痛った!?」
{おい、クロウ!}
{あれっ、先輩!?}
久々に姿を見せたガル・ベルゼバロだ。
今はハエの姿だったから、ぶつかってこなかったら見落とすところだった。
また何かイヤミでも言われるのか、と身構えたところ…
{あの少女のところへ行く前に 窓から少し、みてみろ。}
{え?}
{どうやら聖魔神様でさえ予測することのできなかった事態になっているらしい… 詳しいことは分からん、充分注意するよう、とのことだ。}
{はぁ……}
どうやら本当に深刻な状態らしく、大慌てでほかの仲魔のところへ飛んでいった。
聖魔神様は、魔界を護っていらっしゃるんだ。
神を嫌うとか、世界に混沌をもたらすとか…そういうわけでなく
唯々そうなっているだけ。
悪者、と決め付けないでほしいんだけどよ。
で、その 神の一部である聖魔神様でも認識できなかった事件…
一体何があったんだろう…?
{何だって言うんだ?}
オレはこっそり烏の姿になってあさなの病室に一番近いところの
木の枝に停まって中を覗き込んだ。
ッガシャーン!!!
{!!??}
窓の近くに置いてあった花瓶が無い。それが割れたのか・・?
(あんたなんか、早く死んでしまいなさい!いつまでもだらだら生きて、恥ずかしくないの?!
医者なんか『だんだん元気になってきていますよ』ですって!! 冗談じゃないわ!)
(お、お義母さ……)
(黙れ!!)
バシッ!
(いいね、今週中にでもさっさと死ぬんだよ! 全く…こんなんじゃいつまでたっても再婚できないじゃない…)
女は、大声で怒鳴り散らしていた。
ドアを蹴破るような音がして、ようやく出ていったのがわかった。
女の顔がものすごく怖かった…
あさなの母さん…? じゃぁ、なんで……??
オレは何食わぬ顔で病室へ入った。
「あーさなッ 遊びに来たぜ。」
「・・・・クロウ・・君・・・・・・・・」
「うわ!! どうしたんだよこれ!? びしょ濡れじゃないか!何があったんだ!」
「大丈夫・・・何でも無いから・・・」
「ばっかやろ・・・じゃ、何でデコに怪我してんだよ! 花瓶割れてんじゃんか!
何かあったんだろ?ちゃんと言えよ!!」
「いいの・・・その、お花の水、取り替えようとして・・手が滑って・・・・違うの・・大丈夫だから・・・・・」
「じゃぁ、何で 泣いてんだ!! 何が違うんだよ!オレ、何も言ってないぞ?」
「違うの・・・水が・・・・・」
オレもあさなもそれ以上何も言わなかった・・・
あさなのしゃくりあげる声だけが聞こえる
泣かせてしまった・・・・・・
「・・・看護士さん、呼んで来る………」
オレは、あさなが着替えている間、廊下の窓によしかかっていた。
どうして子を守るはずの親が子を傷つけるんだ?
あさなの顔は水浸しだったけれど、あいつは明らかに泣いていた。
どうして・・・正直に話してくれないんだ・・・・・
まだ信用が足りないのか・・?
オレはどうすればいい・・・ん?
{クロウ! ォィ、聞こえてないのさーっ!!}
「・・・!?」
窓の、ガラスをはさんで反対側に一羽の雀が羽ばたいている。
{お前・・ペモリン?}
窓を開けてやった。普通の雀よりも羽根が大きい。
同期の悪魔、七大悪魔『ペイモン』の子孫、「ペモリン」だ。
さっきからずっと呼びかけていたらしい。
{はー・・ようやく気が付いたわね! にぶいんだからさー!}
{悪かったな! で、何のようだ?}
{いやさー、アタイもここで仕事だったんだけど、その子供がさー・・・
両親の虐待で今朝、死んでいたって・・・ 人間の生命予定表よりも三日も早くにだよ?
つまり『天使』に横取りされちゃったんだ。}
{そ・・そんな・・・・! 天使は人間が死ぬ時まで人間の命には手を出さないんじゃなかったのか? どうして!?}
{他の連中にもそういうのいるみたいだよ・・ 解っているのは天使が仲間を集めようとしていることくらいだね。}
{仲間・・・だと?}
{兎に角、よくわかんないんだよ。注意を怠らないようにね! んじゃっ}
ペモリンは勢いよく飛び立って行った。
廊下に散った羽根を外へ捨てている間に看護士があさなの濡れたパジャマとシーツを持って出てきた。
「もう入ってもいいわよ」
「ぁ・・はい。」
「あさな・・・」
額と頬に絆創膏が貼られている。
「ごっゴメンね びっくりさせちゃって・・・・・・へへ・・」
あさなは精一杯笑おうとしている。
・・自分が隠し事をしているから あさなも隠すのか・・?
・・・・・・・だったら・・・・・・・・・・・・・・・
「お前、嘘つきだな。」
「・・ぇ・・・・?」
「オレ、全部みてたんだぞ。 母さんに花瓶で殴られたんだろ?」
「!! な 何言ってるの? そんなこと・・・」
動揺している
「『死ね』って・・言われてたろ・・・・?」
「・・・・・そ・・んな・・・・」
顔が青い 両腕を握り締めている
「なん・・で・・・・そんなこと・・・」
深く息を吸った 規則を破る覚悟は、決めた
「おれは 悪魔だ。 お前の魂を回収するために 此処に来た。勝手に死なれたら困るんだ。」