10、前夜 …Ⅰ黒札
あさなを守るように吹いて来る風が、日を追うごとに弱くなっていく。
いつからかだったか・・・オレは朝早くから夕方の面会時間ギリギリまであさなの側にいるようになった。(勿論、昼時には出て行くが・・・)
「学校、行かなくていいの?」
「ヘーキヘーキ。オレの事なんか気にすんなって。」
「・・・うん。」
本当は・・こんな何でもない会話をずっとしていたかった。
けど、風は勢力を弱めていく。
今までなら、さっさと風なんかやんでしまえ。
そう思っていたのに。
こんな感情は今までなかった。
違反行為ばかりして。
ベルゼ先輩、結局最後まで迷惑かけることになります。スンマセン。
オレは、最大の禁忌を犯すことを決めたんだから。
後悔なんかしてられないんだけど。
――――そして・・・
「いよいよ、明日だな。」
「はい・・・・」
深夜。
オレとガル=ベルゼバロ先輩で病院の屋上にいた。
先輩は事を詳しく教えてくれた。
――天使達が本格的に悪魔狩りを始める。
その戦力補充として、神の守護が強く残る「子供」の魂を回収し、『戦天使』を育てることにした。
しかし、人間はなかなか子供のうちに死ぬことが少ない。
苦肉の策として・・・・・比較的、死期の早くおとずれる、すなわち寿命の短い子供を『わざと』事故死させたり暴行による死、そして運命表の改ざんを行ってきたのだ。――
「全く・・・天使も大したものよ。悪魔憎さに人間を殺す、か。 ふふ・・・」
皮肉たっぷりの笑顔。
恐ろしいほどだが、あえて言う。その顔は美。
笑った顔など滅多に見れない。そういう意味では貴重な表情だ。
「・・・・あさなも・・・やっぱり・・・・・・・」
「いや、彼女は定刻どおりのようだ。これは最新の運命表だ。天使による改ざんも見られない。」
「・・そうですか・・・・・・・」
それでも不安だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・不安? 何処からそんな台詞が・・・
「これをもっていけ。」
「?」
受け取ったのは、黒い呪札。
「彼女の側においておけ。役に立つはずだ。それと・・・一番大切なのは、不安にさせないことだ。 ・・・必ず勝て。 今度の戦闘は今までとは比べる事さえ出来ないだろう。」
「! まさか・・」
「彼女は天使となれば、間違いなく大天使クラスになるぞ。下手に敵を作るわけにもイカンだろう?」
「・・・そういう意味か・・・(滝汗;)」
「どうした?」
「何でも・・ナイデス。」
「あ、そうだ。先輩、ちょっと頼みがあるんですけど聞いてもらえますか・・・?」
「内容によるがな。」
「あの・・・」
オレはちょっと思いついたことを耳打ちした。
「・・・・・ふん。気休めにもなるかどうかだな。だが、お前にしてよく考え付いたなと、ほめてやるよ。」
「けど、あさなの母さんは死んじゃってるから・・呼ぶのは霊体スね。怖がらないかな・・・」
「霊体・・なぜだ? 母は生きているじゃないか。」
「ぇえ!!?」
あわててポケットからカルテを引っ張り出す。
たしか、家族構成なんかもけっこう詳しく載っているらしい。
(今まで一度もそこまで読んだ事がなかった・・・)
だいぶくしゃくしゃになっているが、文字は読める。
「ぇ~と・・・本当だ。あさなが生まれてすぐに、離婚したんだ・・・あさなを父方に残して。」
「問題ないだろう?」
「はい。」
「よし、行くぞ。 言っておくが、力を貸してやるだけだ。返せよ。」
「・・・・・・・は・・い。」
オレ達は、夜闇へ飛び立った。