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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第三巻
92/315

二章 監査官対抗戦・予選(3)

 俺とセレスは校舎と校舎の間にある人の気配のない――というか本来かくれんぼでもやってなければ来ることのない隙間にいた。

 大人一人が微妙な余裕を持って入れる程度のそこは、緑色の淡い光で満たされている。その光の源泉は俺の目の前にあった。

 転移用の魔法円。魔法陣と呼ぶにはシンプル過ぎる模様をしたそれが、こんな誰も迷い込んですら来ないような学園の各所に仕掛けられてるんだ。前もって誘波から渡されていた転移場所の地図に従い、俺たちは一番近いここへとやってきたってわけさ。

 この魔法円は模様が複雑でないせいか一度使えば消滅する仕様になっている。つまり、ここには俺たち以外誰も来ていないってことだ。

「ここから対抗戦の会場に行けるのか?」

 セレスが表情を引き締めて言う。

「ああ、どこへ繋がってるのかは俺も知らないけどな。わかることは、こいつで転移した瞬間から予選が始まるってことだ」

 去年はプロレスのリングに似た闘技台がいくつも設置されたどっかのスタジアムだったなぁ……。そんなことを思い出しながら、俺は後ろに立つセレスに訊ねる。

「じゃあ、行くぞ。覚悟は……まあ、俺よりもできてるよな」

「当然だ。私はなんとしてもあの剣のことを確かめねばならない」

「それなんだが、まだ話してくれないのか?」

「私の勘違いの可能性もある。予選を通過すれば現物を見られるのだろう? 話すのはその後でも構わないか?」

 予選通過者は予選終了後に顔合わせをする。その時に賞品も見せてもらえることになっているんだ。

「予選に勝つことが前提だな。まあ、セレスの好きなタイミングで話してくれればいいよ」

 俺とセレスは頷き合うと、緑色に輝く転移魔法円の中へと足を踏み入れた。

 瞬間、転移魔法円の輝きが増し、視界が明るい緑一色に染まる。続いて無重力空間にでも投げ出されたかのような浮遊感に襲われ……うっ、ちょっと酔いそうになった。

 そんな決して気持ちのいいとは言えない感覚も一瞬だった。足の裏から地面の感触が伝わってくると、俺は閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げる。

 まず視界に飛び込んできたのは、いくら見上げても天井の見えない断崖絶壁だった。周りには同じく岩肌の壁が高く高く聳えていたり、樹海と言えそうな薄暗い森が鬱蒼と広がっていたりして道らしき道はない。

「零児、ここはどこだ?」

「いや、俺に訊かれても……自然に存在する空間じゃないってことくらいしかわからねえよ」

「どういうことだ?」

 眉を顰めるセレスに、俺は上を指差した。

「空が黒いんだ」

 星がないから夜空ってわけでもない。まるで底の見えない谷底のような闇がどこまでも広がっている。天地が逆さになったみたいで気味が悪いな。

 加えて星も月も太陽も人工照明もないのに周囲は昼間のように明るい。その辺も十二分におかしいが、だいたい察しがついた。

「魔術的に作った空間だろうな。これほどの規模、今回は冗談抜きで気合入ってんなぁ」

『正解ですぅ、レイちゃん。だからといって予選のアドバイスはしてあげませんよぅ』

 風が舞い、誘波のおっとり声が聞こえてきた。流石にこの唐突さに慣れた俺はもう動じないね。

「誘波、こっちの声は聞こえないって設定はやっぱり嘘か?」

『私も日々精進してるってことですよ、レイちゃん。次の目標は視覚情報の送受信です』

 こいつはもう風の力でなんだってできそうな勢いだな。

「誘波殿、ここがどういう場所で、我々はこれからどうすればよいのかだけでも教えてもらえないだろうか?」

『大丈夫ですよ、セレスちゃん。ルールの説明はちゃんと行いますよ。――あら? 丁度、参加者が全員この空間内に転移してきたようですね。では、全体音声に切り替えます』

 それからパッタリと誘波の声が聞こえなくなったかと思えば、今度は天空の暗闇からキュイィィィンと耳障りなノイズが降ってきた。

 俺たちは黙って闇空を見上げる。

 そこに、鮮やかな十二単を纏った巨大な少女が出現した。

 立体映像だ。毎度思うけど監査局の技術って凄えよ。まあ、今さら立体映像くらいじゃあ驚きは少ないけど。

「い、誘波殿は巨大化もできるのか!」

「違うからな、セレス。騙されるな」

 俺がセレスに立体映像のなんたるかを知ったかで説明していると、巨大な誘波はニッコリと微笑み、マイクを口元に持っていく。

『あーあー、テステス。レイちゃんはヘンタイなり、レイちゃんはヘンタイなり』

「はははは、なに不特定多数の監査官たちに俺の悪評を植えつけようとしてんのかなあのアマは?」

 後であいつの大事な怪しい漫画本とかを焼却炉にでも持っていこうか。それが一番やつに効果的なダメージを与えられるからな。

『えーと、まずは皆さん、今年度の対抗戦に参加していただき誠にありがとうございます。今年は例年と異なり二人一組のペアで競って――面倒なので前置きは省略しますね』

 ありがたい。偉い人の長話で無意味に参加者を疲れさせることもないだろう。

『いきなりこんな場所に転移して戸惑っている方もおられるでしょうが、安心してください。ここは学園の地下を魔術的に開拓した異空間です』

 学園の地下。てことは、この上では普通に学園祭が行われてるってことだ。そんな場所で予選なんかして大丈夫なのか? ……いや待て、誘波は『異空間』と言った。つまり、ここでなにをやらかそうとも外には響かないってことか。

『なお、この空間にある風景やオブジェクトは全て〈現の幻想〉により作り出された幻です。と言っても、ご存じの通り質量があるので触れられますし、壊せます。木の実やキノコとかは食べちゃっても平気ですよ。栄養にはなりませんが』

 いくら〈現の幻想〉が本物に限りなく近い幻を生む魔導具だとしても、幻を食うようなマヌケはいねえよ。

『それで、予選の内容ですが……』誘波は勿体ぶるように間を空け、『この広大な異空間のどこかに存在するたった二つしかないゴールを目指してもらいます。こちらをご覧ください』

 誘波がそう言うと――ブゥン。彼女の両脇でスクリーンに映し出したような映像が流れ始めた。


 左が、煌びやかな美少女たちによるどっかで見たコスプレ喫茶の映像。

 右も、どっかで見た顔ばかりの男装した女子たちによる喫茶店の映像。


「な!?」

「は!?」

 俺とセレスは同時に絶句した。これ二年D組を隠し撮りした映像じゃねえか! しかもご丁寧に俺がホールを手伝ってた時のものだ。右もお姉さんたちに囲まれてちやほやされてるリーゼとか、下級生と思われる女子生徒から告白されてるセレスとか映ってるぞ。

『あっ、間違いました。これは私が個人的に楽しむためのものです』

 てへっ。舌をちょろりと出して自分の頭を軽く小突く巨大誘波。間違いとか言ってるが、あいつのことだ、わざと流したに違いない。やばい、俺の殺意メーターが振り切れそうだ。

「あの映像は予選終わったら絶対に処分しねえとな」

「同感だ。私も手伝おう」

 セレスとの結束が一段と固くなったところで、本当の映像が空中に表示される。どことも知れない場所で輝く青色の魔法陣・・・――色は違うが、この空間へ来る時に使った転移魔法円の持続版だろうな。

『これがゴールです。全五十組のうち、先に辿り着いた八組が予選通過となります。また、今日中に八組にならなかった場合も打ち切りです。なので皆さん頑張ってくださいねぇ』

 本戦に出場できるのは八組か。全体が五十組となるとけっこう狭き門だ。下手すりゃなにもできずに負けるぞ。でも裏を返せば実力とは関係なしに運だけで予選を通過するかもしれない。迫間と四条にとっては願ったり叶ったりって感じか。

『私からゴールの場所についてのヒントは一切出しません。情報を得たければ、他の参加者を見つけて打ち破ることです。そうすれば、勝者には〈現の幻想〉がゴールまでの地図の断片を見せてくれます。敗者は強制的にログアウトしますので、一度負ければそこで終わりですよ。戦闘では基本的にどのような手段を用いても構いません。ただし、監査官同士の戦闘で『逃走』は敗北を意味します。その場合もやはり強制ログアウトです。そしてもしも相手を殺しちゃった場合も敗北です。退場した後に私からきっつーい罰を与えますのでそのつもりでいてくださいね』

 要するに、殺さずに相手を下して地図の欠片を集めていき、今日中にゴールへと到着すればいいんだ。このどんだけ広いかわからないフィールドでな。……辛くね?

『最後に、この異空間には監査官の皆さん以外にも「エネミー」と呼ばれる敵役がいます。「エネミー」は倒してもいいですし、逃げても問題ありません。ですが殺すのだけは監査官相手と同様に控えてくださいね』

 エネミー? まさか異獣でも捕まえて放ってるのか? 馬鹿な。異世界の生物は可能な限り返してやるが異界監査局のモットーだぞ。そんなことするとは思えないが……。

『では、予選を始めてください!』

 とか考えてるうちに開始の宣言をされちまった。巨大誘波は霧消し、ゴールの映像も切れる。エネミーのことは一旦脇に置いておこう。遭遇してから考えればいいさ。

「とりあえず、最初は闇雲に歩くしかねえってことか」

 俺が適当な方向に歩き出すと、セレスがいきなり手を掴んできた。綺麗なエメラルドグリーンの瞳でまっすぐに見詰められる。な、なんだ?

「零児、さっきのことなんだが」

「さっき? え? 俺なんかやらかしたっけ?」

「そうじゃなくて、私が下級生に求愛されていたことでその……」

「なんだそれか。大丈夫だ。女の子から告白されたなんて言いふらしたりはしねえよ。ちゃんと断ったんだろ?」

「あ、ああ、もちろんだ! 私には同性と恋人になるような趣味は持ち合わせていないからな! いないからな! 勘違いされると困る!」

 セレスの主張からは必死さが窺えた。大事なのか二回も言ったしな。誰もセレスに同性愛者の気があるなんて思ってないんだけど……ん?

「いいか、零児。本当に勘違いするんじゃないぞ。私は――」

「セレス、わかったからその話はもう置いておこうな。それよりも……」

 俺はセレスの言葉を手で遮って薄暗い森を睨む。繰り返されるレランジェの奇襲によって強化された俺の気配感知能力が、それらの接近を告げる。


「早速、敵チームのお出ましだ」



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