四章 暗黒の深部(7)
後ろの悪魔と同じ血色の瞳を、文字通り爛々と輝かせる望月に、俺は異様なおぞましさを覚えていた。
王国の執行騎士ってのも気になるが、それは置いとくとして問題はもう一つの肩書きの方だ。
影霊女帝。
なんだそれ? 〝魔帝〟の仲間か?
「説明が欲しい。そういう顔をしているわね」
ぶわっと闇を纏った望月が、迫間と四条の間に転移した。
「「!?」」
は、速い! やつの今までの転移とは発動速度が全然違うぞ。
「その名の通り、私は影霊。だけど、完全な影霊」
ブワン! 二本の影刀が横向きに開くように振るわれる。迫間は大剣で、四条は〝影〟の翼で防ごうとするが――ダメだ受けるな!
「ぐあっ!?」「きゃあっ!?」
一度〝影〟に戻して瞬時に再構築できる望月の影刀は、物理的に防御できないんだ。
望月から飛び離れる迫間と四条は、どうやらうまく回避行動を取れていたらしい。どちらも腹部を浅く斬られているだけのようだ。
「『混沌の闇』に引きずり込まれた私は、智くんと一緒に食べられる前に分解したの。そして別の場所で再構成されたんだけど、私の情報はこの通り欠ける箇所なく完璧に作られていた。『混沌の闇』の外じゃなくて、中で分解されたからだと思うわ。ふふっ、安心して。私は完全だから生き物を襲いたいっていうつまらない欲求はないの。でも影霊であることに変わりはないから、こうやって――」
身の上話をしながら望月は疾走し、逆袈裟斬の影刀を迫間に振るう。一度の攻防で受けられないと理解したらしい迫間はかわすも、その脇腹に強烈なミドルキックが減り込んだ。吹っ飛んだ迫間を尻目に、望月は一瞬で四条に切迫する。四条は飛翔して逃げようとするが、望月の影刀で翼をもがれ転落。その顔を足蹴にされる。
「――人間の漣くんや瑠美奈ちゃんを傷つけても、なんにも感じない」
悔しそうに呻く四条を見下し、望月は加虐性愛者のような笑みを浮かべている。やばいぞアイツ、かなり狂ってやがる。
それに、強い。いや強いのはわかってはいたが、あの二人が手も足もでないほどとは思っていなかった。俺らと戦闘した後だということを考慮しても、一方的だなんてどんな悪夢だよ。
「ああ、加勢はさせないわ」
密かに青龍偃月刀を構えていた俺に、望月は振り向くことなく言う。と――
「――ッ!?」
巨腕の剛拳が俺をプレスせんと迫っていたことに気づく。咄嗟に横へ飛んで避け、俺はその腕を切り落とすため幅広い刃を振り抜いた。だが――
「硬っ」
能力で生成した、鉄をも斬れる自信のある武器だったが、悪魔異獣の皮膚を少し裂いただけで終わっていた。反動で腕が痺れている。
「ありえんだろ!」
俺は再び振り被ってきた悪魔の拳をバックステップでかわし、繋げてきた尻尾のぶん回しも高く飛んでやり過ごす。
くそっ! ケチって日本刀一本分の余力を残さなければよかった。といっても、それを継ぎ込んだところで肉に届くか怪しいがな。
「完全な私は影霊の頂点。どんな影霊も傅くの。智くんみたいな最上級の影霊だって例外じゃない。というか、そんなことよりも――」
四条の顔から足を外した望月は後ろに飛んだ。次の瞬間、彼女がさっきまでいた空間をリーゼの燃える拳が通過する。
「外した。すばしっこいわね」
と愚痴を零すリーゼが攻撃したから、望月は四条から離れたわけじゃない。
「わんこさん、今、智くんに傷をつけたわね」
底冷えする怨念の声と共に、俺の眼前に望月の整った顔が迫った。もっと平和的な状況だったらドキドキしそうなほど綺麗な相貌だが、今は鬼の形相というやつだった。
影刀が空気を裂いて襲ってくる。俺の首を刎ねるために。
ダメだ。こんな間合いまで迫られたら長物では不利になる。
てか、防ぐことはそもそもできねえし、避ける暇もないぞ。
「白峰っ!」
「レージ!」
その時、望月の斜め左右後方から黒い炎が疾った。リーゼの黒炎と、迫間の〝影〟の炎だ。
「邪魔しないでくれるかしら?」
望月は俺への攻撃を器用に中断して、迫りくる二種類の黒炎を斬り払った。
そこに生じる、一瞬の隙。無論、見逃さないさ!
「余所見厳禁だ!」
俺はこちらに向き直ろうとする望月の顎を爪先で蹴り上げる。受け身を取って流されたが、距離が空けば武器が使える。
青龍偃月刀を上段から叩きつける。かわされて地面を抉るが、すぐさま持ち上げて横薙ぎに一閃。影刀二本で受けられる。でもそんなことは構わず、俺は勢いのまま青龍偃月刀を振り切った。
「く……智くん!」
吹っ飛びながら望月は悪魔異獣の名を叫ぶ。
と、月明かりが遮られた。
――上か!
見上げると、翼竜のような巨翼を大きく広げた悪魔異獣が天空で〝影〟を集めていた。さっきのビームが来るぞ。
「撃たせないわ!」
黒翼を羽ばたかせ、背後に回り込んだ四条が〝影〟の帯で悪魔異獣のワニ顔を捉えた。そのまま急上昇して照準を無理やり変え、〝影〟の波動砲を空の彼方へと発射させる。ナイスだ。
「そこどきなさい! 真っ黒女!」
リーゼの声。空中に五つの巨大魔法陣が悪魔異獣を囲むように展開する。即行で離脱する四条に代わって、それぞれの魔法陣から放出された灼熱の黒い業火が悪魔異獣を容赦なく呑み込んだ。
「智くん!?」
迫間の〝影〟の刃をかわしながら望月が悲鳴を上げた。なるほど、あの悪魔異獣は望月の怒りのトリガーと同時に、隙を生ませる弱点にもなりそうだ。
俺は天を見上げる望月に接近し、青龍偃月刀で刺突する。僅かに対応の遅れた望月は右肩を掠めて一瞬で転移。――俺と迫間から離れた位置に現れる。
「るぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」
天空からの雄叫びが空気を激しく振動させる。リーゼの黒炎地獄から悪魔異獣が這い出てきたんだ。ダメージはあるようだが、耐刃性だけでなく耐熱性もかなり優れてやがるな。
「許さない……許さないわ。よくも智くんを火炙りにしてくれたわね!」
ゾワッ。
望月の赤い瞳が、一層おぞましく輝いた。
すると周囲に立ち込めていた闇の靄が流動し、望月を中心とした特大の渦を形成する。
「白峰、防御を固めろ。面倒臭いのが来そうだ」
「言われんでもわかっている」
防衛体制を取る俺たちを見て、望月が酷薄に嗤う。
「ふふっ。斬り刻んであげるわ」
そわり。なにかが、肌を撫でた気がした。
刹那、無数の影刃が凄まじい暴風と化して辺り一帯に吹き荒れた。
「――がぁあッ!?」
影刃のハリケーンに俺は体中を斬り裂かれながら吹き飛ばされる。リーゼや迫間たちを気にかけている余裕なんてない。急所を守るので精一杯だった。