四章 暗黒の深部(3)
迫間の大剣に〝影〟が纏う。
くそっ! またさっきのやつか!
〝影喰み〟の剣――〈黒き滅剣〉。『混沌の闇』の〝影〟を喰らって力に変換するとかなんとか言ってたな。魔王ダンタリアンの巨体を一刀両断してみせた力だ。まともに喰らうと痛えじゃ済まないぜ。
誰を狙う? 俺か? リーゼか?
迫間は影纏う大剣を――
――横薙ぎに振るった。
両方かよっ!
「リーゼ! 思いっ切り飛べ!」
俺はリーゼに指示を出しながらも足のバネを全開にして大地を蹴った。身軽なリーゼは俺よりずっと高く飛んでいるが、俺はこのままだと〝影〟の刃の餌食となってしまう。
だから、俺はそこにあった木を踏み台にした。三角飛びの要領で回避圏内を確保する。
〝影〟の刃が木々を雑草のように刈り取っていく。圧倒的だな。視界がさらに良好になるが、マジでコエーぞあの技。
すると――
「上に逃げるなんて身の程知らずね」
バサリ。黒翼を羽ばたかせる四条が月をバックに浮かんでいた。
四条は翼を大きく広げ、その場で身を捻る。
――やばい!
と思った直後、回転する四条から無数の〝影〟のナイフが雨霰と降り注いできた。無論、俺たちの方だけに。
「あーくそっ!」
〈魔武具生成〉――ライオットシールド。
警察の機動隊とかに配備されている投擲物や危険物から身を守るための盾だ。高度の透明度と耐衝撃性を兼ね備えているため、飛来物に素早く反応でき、防ぎながら相手の動きを観察することもできる。俺は魔力を過剰に込め、強度と大きさを割り増しで生成した。
キン! キン! キン!
キン! キン! キン!
キン! キン! キン!
やむことのない金属音。空中にいる俺は盾に隠れて影ナイフの雨を防ぐことしかできない。それはリーゼも同様で、黒炎のシールドを展開したまま落下している。
着地と同時に影ナイフの雨が収まる。四条が攻撃を止めた理由は俺の背後、噴き出す闇から迫間が現れたからだ。
大上段から振り下ろされる大剣を、咄嗟にライオットシールドで受ける。
が――バキン!
シールドを……砕かれた。
「ちっ」
直感的に飛び退いて正解だったな。四条の影ナイフを受け流してお釣りがくるほどの強度だったのに、こいつ、〈魔武具生成〉で生み出した盾を一撃で砕きやがった。生身で受けたら骨ごとスッパリやられちまう。
「レージ!」
子供っぽい高い声で俺の名を叫ぶリーゼが、黒炎の転移術で迫間との距離を一瞬で詰めた。いいぞ、リーゼ。リーチのある武器相手なら懐に入ってしまえ。そうすれば転移もされん。
手足に黒炎を纏ったリーゼが手刀を振り下ろす。かわされたところに突き上げるような蹴りを放つ。体格差なんて物ともしてないな。迫間は鎧代わりのコートを使って蹴りを受けたが、黒炎の熱のせいで苦い表情をしている。
無論、俺も見てるだけじゃない。
〈魔武具生成〉――日本刀。
俺は生成したそれで、迫間と近接戦を繰り広げるリーゼに迫る〝影〟の帯を叩き切った。
四条の〈束縛〉だ。
「流石にやるわね。じゃあ、これはどうかしら?」
言うと、四条は上空から何本かの影ナイフをばら撒く。だが、それらは全て明後日の方向へと落ちていった。
「どこ狙ってんだノーコン!」
挑発的に空へ向けて吠える俺だったが、すぐに異変に気づく。
影ナイフが俺たちを囲むように落ちたってことはつまり……
――バチリッ!
なにかが弾ける音を聞いた直後、周囲から黒い雷撃が俺とリーゼに襲いかかってきた。その数は四条がばら撒いた影ナイフと同じだ。
やっぱりか!
指向性を持つ〝影〟の雷は俺とリーゼだけを正確に狙ってくる。俺はどうにか日本刀で捌いたが、そのうちの一本が迫間によって組合いに持ち込まれていたリーゼを直撃した。
「あきゃぅ!?」
「リーゼ!?」
背中を焼かれて突っ伏すリーゼに俺は駆け寄ろうとするが、〝影〟の転移をしてきた迫間に阻まれる。
大剣と日本刀が打ち合い、火花を散らす。
「どけよ、迫間」
「力づくでどかせてみろ、白峰」
能力で作った日本刀だが、迫間の大剣もただの剣じゃない。どちらも普通じゃないから重量差で俺が押し負ける。一旦退くか、と思ったその時――シュルッ! バシッ!
俺の日本刀が、〝影〟の帯に掠め取られた。四条め。
手元を離れた日本刀は当然消滅するが、迫間の大剣は健在だ。今がチャンスとばかりに俺に斬りかかってきやがった。容赦ねえな。
武具の生成は間に合わない。かわす余裕すらない。
絶体絶命だ。けど、もう一つも手がないってわけじゃない。一か八かの賭けだが、最終手段を使わせてもらうぜ!
「へえ」
四条が感心した声を漏らす。
俺は斬られてなんかいなかった。迫間の大剣を両手で挟み込むようにして受け止めたんだ。ギリギリでな。白刃取りってやつだ。いや、この場合は黒刃取りか。どうでもいいけど。
「無茶苦茶するなよ、白峰。それでも動けねえことにはピンチのままじゃないのか?」
「まあ、そうだな」
迫間の言う通りだ。さっきから力任せに刃を横へ逸らそうとしているが、迫間がそれをさせてくれない。このままじゃ……
「格好の的よ、白峰」
四条に狙い撃ちされちまう。
上空にいる四条は〝影〟で長剣を構築し、それを俺目がけて投擲してきた。御丁寧に黒い雷まで付加してやがる。急所を外しても致命傷を与えるつもりだ。
かといって黒刃取りしている手を放せばその瞬間にぶった斬られる。あー、やばい、終わる。
轟ッ!!
刹那、黒炎の奔流が俺目がけて飛んでくる長剣を空中で焼き尽くした。
見ると、リーゼがふらつきながら立ち上がっていた。
「リーゼ、無事なのか?」
「当たり前よ。ちょっと痺れてただけ。それよりもお前たち、よくもやってくれたわね!」
お怒りの様子のリーゼは、俺と迫間を囲むように四つの魔法陣を展開する。魔法陣は斜め四十五度の角度で内側を向いており、それぞれから焦熱の黒炎流が凄まじい勢いで射出された。
組み合っている場合じゃないと判断した俺と迫間は即座に互いから離れる。俺はすぐさまその場にしゃがみ込んだが、迫間は間に合わなかった。黒炎に包まれて跡形もなく焼失する。
……いや、違うな。
黒炎流が収まると、俺は背後を振り向いた。そこに大剣を担いだ迫間が闇を纏って出現する。黒炎に呑まれたかのように見えたが、寸前で転移をしていたんだ。どっちも黒いから紛らわしいな。
ただ、完全に回避はできていなかったようだ。影魔導師自慢のコートは焼け焦げ、迫間自身も転移完了と同時に大剣を杖代わりにしている。
「漣!?」
四条の焦った声。翼を広げ、滑空で迫間の下へ向かおうとする彼女だったが、その進路を塞ぐように無数の中規模魔法陣が展開される。
「なっ!?」
急停止から急上昇。魔法陣から噴き上げるリーゼの黒炎を、四条は飛燕のような動きでかわしていく。
リーゼには言いたい文句があるが後回しだ。俺は上空の四条をリーゼが砲撃している間に動く。
〈魔武具生成〉――クレイモア。
飾り気のない十字型ヒルト、刃先に向かって緩やかに傾斜した護拳、その先端に取り付けられた複数の輪が特徴的な大剣だ。剣身の幅は広くシンプルな形状をしていて、まさに両手剣の代名詞とも言える武器だろう。
もちろん、こいつは迫間の大剣に対抗するために生成したのさ。目には目をってやつだ。
「はあああああああああああッッッ!!」
気合い一閃。上段からの斬り込みを、迫間は〈黒き滅剣〉の腹で受け止める。
甲高い金属音。
今度は、互角だ。
だが、競り合いに持ち込む気は毛頭ないぜ。
「らぁあッ!!」
俺は斬りかかる角度を変えながら幾度となくクレイモアを叩き込む。迫間も俺の攻撃の間隙を突いて漆黒の大剣を捻じ込んでくる。互いにかわし、受け流すため、なかなか決定打を与えられない。
俺も迫間も掠り傷ばかり作りながら剣戟を繰り返す。が、俺は徐々に迫間を押していた。
リーゼから受けたダメージが効いているみたいだな。
「やっぱ、単純な肉薄戦じゃお前には勝てそうにねえな」
迫間がぼやく。瞬間、周囲の〝影〟が〈黒き滅剣〉に集った。
大剣に纏った〝影〟が炎のように揺らめく。肌を焼き焦がしかねん熱が伝わってくる。
「!?」
身の危険を感じて俺は大きくバックステップした。一瞬遅れて迫間が一閃した場所の空間が、『次元の門』よりもぐちゃぐちゃに歪んでいた。なんて熱量だ。
「距離を取っても無駄だぜ、白峰」
続いて迫間は大剣をその場で地面に叩きつけた。すると、大剣に纏っていた〝揺らめく影〟が地を走ってまっすぐ俺に迫ってくる。
俺は咄嗟にクレイモアを盾にし、一瞬の時間を稼いで横へ飛んだ。焦土の臭いが後を引く。
〝影〟の炎ってやつか。
「黒炎使うなんてリーゼと被ってるぜ」
「そう言うなよ。性質はたぶん違うはずだ」
迫間は〝影〟を放ち終わった大剣を担ぐと、ぶわっと闇に包まれ転移する。
どこに現れるかと警戒していると――
「きゃう! こ、この真っ黒男! 放しなさいよ!」
リーゼが迫間に黒衣の襟首を掴まれて仔猫みたいに持ち上げられていた。く、そっちか。
「暴れんなよ、面倒臭い」
手足をじたばたさせて子供っぽくもがくリーゼを、迫間は億劫そうにしながら俺へと投げつけた。体重の軽いリーゼはボールのようによく飛んでるな――ってくだらないこと考えるな俺!
リーゼの小柄な体を片手で抱き留めるようにキャッチ。大丈夫か、と話しかけたかったが、そんな場合じゃない。
無限黒炎放射地獄から解放された四条が、再び影ナイフの豪雨を放ってきたんだ。
盾は生成できそうにない。ならばと俺はクレイモアを地面に突き刺し、その陰にリーゼと共に隠れた。これで急所にはあたらない。
だが、やむまで待てばいい、なんて生温い考えは通用しなかった。
全ての影ナイフに黒い雷が付加されていたことに、俺は気づくのが遅れてしまったのだ。
バチバチバリリリッ!! と地面に突き刺さった影ナイフから凄まじい放電現象が発生する。荒れ狂う電撃が俺とリーゼに容赦なく襲いかかる。
「がはぁあッ!?」「きゃあぁあっ!?」
全身が盛大に痺れ、俺とリーゼはその場に倒れ伏した。
意識はある。人を殺すほどの電力はなかったらしい。四条が補助タイプだからだろうか。
「リーゼ、大丈夫か?」
「このくらい、なんともないわ。このビリビリは嫌だけど」
ビリビリか。確かにきついな。体中が痺れて動けねえ。
「終わりかしら?」
四条が迫間の隣に舞い降りる。
「降参して帰るって言うんなら、俺らは命まで奪うつもりはないぜ?」
大剣を肩に担いで、迫間が言う。畜生、見下しやがって……。
「馬鹿言うなよ。ここで帰ったら、俺が誘波か鷹羽にぶっ殺されるだろ」
「〝魔帝〟で最強のわたしが降参なんてありえないわ。今のは、レージが悪い」
むっとしたリーゼが俺を睨んでくる。はいそうですね。俺が足引っ張りましたよ。
俺もリーゼも余裕ありげに喋っているが、正直言うとこの状況、詰みに近くないか?
迫間と四条はやれやれと聞き分けのない子供を見るような目をしている。聞き分けないのはお前らも同じだろうが。
でも……
こいつら、やっぱ強え。
どうする?
どうすれば、勝てる?