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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第二巻
72/314

四章 暗黒の深部(1)

 森が死んでいく。

 ジャングルスパへ続く渡り廊下の上に設けられた屋外レストラン。そこから一望できる景色は、現在時刻が夜だとしてもこんなに黒いわけがない。

 暗いじゃなく、黒い。

 まるで黒の絵具だけで描かれたなんの味気もない絵画みたいな光景を、俺は一度だけ見ている。だが、あの時とはスケールが違いすぎるぞ。

 誰が見ても非常事態なのは明白だけれど、ここで焦ってはダメだ。まずは落ち着いて状況の確認をするべきだろう。俺は局員たちが集まっている屋外レストランの中で、ド派手な十二単を纏っているウェーブヘアーの女を見つける。

「誘波、さっきの歪震の被害はどれくらいだ?」

「ご覧の通りですよ、レイちゃん。今回はアレだけで、『次元の門』は開いていません」

 誘波は徐々に侵蝕を広めていく闇を指しながら答えた。

「『次元の門』が開いてない……?」

 それはおかしいだろ。あれだけでかい歪震だったんだ。一つも開かないなんてありえない。

「恐らく犯人の影魔導師が繰り返し行っていた実験は、このように歪震で『混沌の闇』だけを大量に開くためのものだったのでしょう。そうなると、昼間の歪震は犯人の意図とは無関係だったと考えられますね」

「そんな確証のない想像なんてどうだっていいだろ。一般人の避難は?」

「順調です。桜居ちゃんとレトちゃんがパニックを最小限に抑えて誘導しています」

 桜居はそういうの巧みそうだからな。誘波もあいつがいて助かったって顔してやがる。

「しかし誘波殿、一般人の避難ができても、アレを止めなければいずれ呑まれてしまうのでは?」

 セレスが率直に意見を述べる。彼女は努めて冷静でいようとしているが、初めて見る『混沌の闇』の侵蝕を前に恐怖心を隠し切れていないな。さっきから聖剣の抜き差しを繰り返して忙しない。

「それはクロちゃんがなんとかするはずですよ」

 言って、誘波は屋外レストランの先端に佇む男に視線を向けた。

 黒コートに黒帽子の男――鷹羽畔彰は、煙草を吹かしながら右手を天に翳している。その掌の真上には光すら吸い込んでしまいそうな真っ黒い塊が浮遊し、今もなお周囲から〝影〟を集めて膨れ上がっていく。……でかい。気球くらいあるぞ。

「――ったく、ギリギリじゃねえか。クソがっ」

 鷹羽はぼやくと、ぐぐぐっと右手を後ろに引き絞り、逆に狙いを定めるように左手を前へ突き出す。

 そして――

「フン!」

 気球大の〝影〟の塊を、ぶん投げた。

 砲撃でもしたかのような速度で飛ぶそれに向けて、鷹羽は即座に抜いた銀色の拳銃を発砲。すると〝影〟の塊は夜闇と混ざり合って目視できなくなる直前に爆音を上げて破裂し、千々と散った破片が四方八方へと落ちていく。

 一度見ているからか、俺にはその破片が鎖と杭の形をしていることがわかった。〈封緘〉とかいう侵蝕を食い止めるための術式だ。

「あのガキめ。やりやがったな」

 鷹羽は吐き捨てるように言うと、ドサッとその場に胡坐を掻いた。

「どうしたんですか、クロちゃん?」

「どうしたもこうしたもねえ。これほどの〈封緘〉を展開すりゃあ、そいつの維持に手一杯になって俺は動けねえんだ。あの小娘、そこまで計算した規模で仕掛けてきやがった」

 鷹羽の態度からして動けないってのは嘘じゃないだろう。この場にいる影魔導師がこいつだけと考えると――

 まずい。

 非常にまずいぞ、これは。

「クソッ! 俺の馬鹿弟子どもはこの緊急事態にどこほっつき歩いてやがんだ」

 鷹羽は、いや、俺以外の全員が迫間漣と四条瑠美奈の裏切りを知らないんだ。

「そのことで、話がある」

「ああ?」

 威圧感剥き出しの鷹羽に睨まれるが、尻込みなんてしている場合じゃない。俺が言わなきゃ誰も言っちゃくれないからな。

 粗方説明すると、鷹羽は苛立たしげに舌打ちした。レランジェ並のキレだったが、俺に向けられたものではないので立腹はしないさ。

 セレスや他の局員たちは二人の裏切りに愕然とし、誘波だけは「あらあら」って暢気に苦笑なんかしている。……ん? そういやリーゼとレランジェがいないな。マジで大浴場に行ったのかもしれん。あいつらの方が暢気だ。

「馬鹿弟子どもが、まんまと口車に乗せられやがって。クソッたれ」

 煙草を燻らし、見本のような悪態をつく鷹羽。

「口車ってことは、あいつらの言ってた広瀬ってやつは助からないのか?」

「助かるわけねえだろアホか。『混沌の闇』に喰われて三年生きられるなんてありえねえ。俺らでも三日でお陀仏だ。仮にも影魔導師なら少し考えりゃそんくらいわかるだろうに、弟子どもは希望を植えつけられて馬鹿になってんだよ」

「ちょっと待てよ、望月は影魔導師に最近なったって言ってたらしいぞ」

「はぁ? いいかよく聞け、監査局のガキ。俺はあの小娘を二年追ってんだ。なにが言いてえかわかるか? アレと馬鹿弟子どもが影魔導師になった時期は同じっつうことだ。最近じゃねえ」

「嘘ってことかよ」

 じゃあ、一体なんなんだ? 望月の本当の狙いは。

「人を騙し、心を弄ぶとは、その望月という者を私は許せそうにないぞ」

 セレスが望月の非道な行為に怒りを滾らせている。今にも剣を抜いて闇へ飛び込みそうな勢いだったが、セレスも侵蝕のことは説明を受けて知っている。歯痒そうに拳を握るだけで止めた。


「気が合うわね、騎士崩れ。わたしもあいつ嫌いよ」


 自信満々な声が背後から聞こえた。

 振り返ると、やっぱり魔女みたいな黒衣を纏った少女が立っていた。腰よりも長い金髪はしっとりと濡れていて、頬は桃色に火照っている。どう見てもお前風呂行ってただろ! 行け言うたの俺だけど!

「マスター、まだ髪が濡れていて不安定です。動かないでください」

 そう言いながらレランジェがバスタオルでリーゼの頭をふきふき。頼むからお前ら、もう少し緊張感を持ってくれ。

「貴様と気など合いたくもないし私は騎士崩れなどではない! 今すぐにその首を刎ねてやりたいところだが、生憎と貴様を咎めている場合ではないからな」

「ふん、わたしは今すぐ決闘してもいいわよ?」

「とりあえず面倒臭いからお前らもう黙っとけよ!」

 俺は迫間みたいなことを言いつつ、鷹羽に向き直る。

「なあ、このまま待ってたら侵蝕は収まったりするのか?」

「ああ?」鷹羽はだるそうに俺を睨み上げ、「日が昇りゃあ収まるが、同時に侵蝕された箇所は消滅するぞ。それでまた夜になれば侵蝕も再開する。ついでに言やぁ、俺の〈封緘〉が持つのはせいぜい三時間ってとこだ」

 三時間。その間にアレをどうにかしないといけないってことか。厳しいな。

 そのどうにかする方法なんだが、俺が今思いつくものはたった一つしかない。


 ぶん殴ってでも、迫間と四条の目を覚まさせてやることだ。


「一応保険はかけていますが、レンちゃんとルミちゃんを連れ戻さないと間に合いませんね」

 誘波も俺と同じ考えのようだ(その『保険』ってのは気になるが)。しかし師匠である鷹羽が動けない以上、監査局の誰かがあいつらを説得するしかない。

 そしてその役目は、俺が引き受けたい。いや、俺じゃないとダメだ。

 あいつらが俺にだけ裏切りを告げた真意を考えろ。誘波や鷹羽だと簡単に捕まってしまうし、他のやつらじゃ話にならない。消去法で俺、という理由もあるかもしれないが――


『俺と瑠美奈は、もう俺たちみたいな人を出さないために影魔導師や異界監査官をやっていた』


 その影魔導師や異界監査官としての意志を、俺に託したんじゃないだろうか。そうでなければわざわざ裏切りを告げる意味がない。

 でも悪いが、勝手に託されても困る。迷惑だ。だからこの意志は俺が直接本人たちへ突き返してやるよ。あの二人には他にも返さないといけないでかい借りだってあるしな。

「誘波、迫間たちの居場所ってわかるか?」

「私の風で探っていますが、既に彼らの移動した痕跡は見つけました。恐らく歪震源――森の奥地です」

 やはりな。そんな気がしていた。

「なあ、誘波、影魔導師じゃない俺たちでもあの中に入れる方法があるんじゃないのか?」

「どうしてそう思うのです?」

「お前が平気な面して『混沌の闇』の〝影〟に触れてたって四条から聞いたんだ」

 もしかしたらあの会話は四条がくれたヒントだったのかもしれないな。……考えすぎか。

「う~ん、ここで『実は私は影魔導師だったのですよ』と冗談を言いたいところですが、そんな雰囲気ではありませんね。空気を読みます」

 その発言が既に空気を読んでいないことに気づけ。

「私だからできることですが、風で侵蝕を押し返していました」

 四条の言葉じゃねえが、想像通りだな。

「そうなると、あの闇の森に突入できるのはお前だけってことか」

「いえいえ、そんなことはありませんよ」

 いつものおっとり口調で言うと、誘波は両手を胸の前に出して掌を上に向けた。

 瞬間、それぞれの掌上に小さな竜巻が発生する。埃くらいしか舞い上がりそうにない弱い風に、誘波の波打つ髪がハタハタと靡く。

 竜巻はすぐに止んだ。すると、誘波の両掌に透き通った青色の宝玉が二つ乗っていた。ビー玉に似ている。

「これは私の魔力を結晶化させたお守りです。これを持っていれば、一時的にレイちゃんたちにも風の加護を与えることができます」

「つまり、侵蝕を受けないと?」

「そうです。あはっ、レイちゃん、覚悟の決まった顔をしていますねぇ。カッコイイですよ。――行ってくれますか?」

「ああ、このメンツの中で迫間たちを説得できるのは俺くらいだろ」

 俺がやる気になっている理由を話すのは少々恥ずかしいので、それだけ言っておく。

 誘波から二つの宝玉を受け取る。鷹羽が文句言ってこないということは、作戦に賛成ってことだろう。同時に宝玉の効果も保証された気分だ。

 と、誘波が珍しく深刻な表情になる。

「いいですか、レイちゃん。このお守りは同時に二つまでしか生成できません。一人一つです。パートナーはレイちゃんが選んでください。あっ、私はダメですよ」

「突入組は最大で二人ってわけか。で、お前はなんでダメなんだ?」

「私と二人っきりでデートしたい気持ちはわかりますが、残念ながら私も動けそうにないのですよ」

 チラッ、と流し目をする誘波。「誰がデートしたいかっ!」とツッコミつつ俺も釣られてその方向に視線をやると――なっ!?


 空と地上の両方から、様々な姿をした異獣が〈封緘〉を越えて進攻していたのだ。


 昨夜のクマ似の異獣と同じで、真っ黒な全身と赤く光る眼をした異獣たち――影魔導師風に言うと影霊ってやつだ。パッと見だけでも百体以上。どんどん増えてやがる。

「アレは私じゃないと捌き切れないと思いますので」

 確かに、ここで誘波を選んだ場合、迫間たちを説得する前にこちらが攻め落とされちまう。ていうか、これじゃあいつらのところに辿り着けるかも怪しくなったんじゃないか?

「レンちゃんとルミちゃんがいる場所の近くまでは私が転移で送ります」大丈夫そうだ。「なのでレイちゃん、早く決めてください。ただし、一人は許可しませんよ」

 釘を刺された。お見通しかよ。

 さて、パートナーか……どうしたもんか。

「零児、私が行こう。話を聞いた限り、私の聖剣は役に立つはずだ」

 チャキ、とセレスが自分の背丈よりも長い超長剣――聖剣ラハイアンを示す。光属性を持つその剣の力は間違いなく〝影〟には有効的だ。

 うん、セレスがいいかもしれな――

「レージ、わたしを連れて行きなさい!」

 ――いと思った矢先、リーゼに宝玉を横から掠め取られた。

「〝魔帝〟リーゼロッテ、これは遊びではないんだ。それを渡せ」

 セレスが対抗心からではなく騎士としての顔で凄むが、リーゼは怯まない。まったく困ったお嬢様だな。どうせまたその顔には好戦的で楽しそうな笑みが…………浮かんでない。

「そんなことわかってるわ」

 あのリーゼが、遊びじゃないことをわかっている……だと?

「わたしはまだあの真っ黒女と決着をつけてない。だからわたしが引っ捕まえるの。それからレージを苦しめたあいつも燃やしてやるわ」

 真っ黒女ってのはたぶん四条だ。俺を苦しめたあいつってのが望月だな。

「どっちも許さない。わたしが〝魔帝〟で最強ってことを思い知らせてやるわ」

 リーゼはこれまで見たことのない真剣な光を紅い瞳に宿していた。唇が笑みの形を作っていない。……ガチだぞ、これ。逆にセレスが怯んでやがる。

 本気でリーゼは自分の楽しみ以外の理由で行動を起こそうとしてるんだ。この進歩はでかいんじゃないか?

「……わかった。セレス、悪いがリーゼを連れて行く」

 動機はまだまだ自己中に聞こえるけど、解釈を変えると『ライバルを助けたい。友を傷つけた敵を討ちたい』ってことだろ。

「なっ!? だが、しかし、零児……」

「本当に悪いな、セレス。よく考えたら、お前の光は強烈すぎるんだ。間違って迫間と四条を殺しかねん。気持ちはわかるが、俺に同行するより誘波が討ち漏らした異獣を片づけてくれ」

 諭すように言うと、セレスは少し渋った後に「了解した」と引き下がってくれた。

「ほらレージ! 早く行くわよ!」

「マスターが行くならこのレランジェもお供安定です」

「いやお前話聞いてたか? 行けるのは二人までだ。いくら魔工機械だろうと侵蝕されるぞ」

「チッ! ではゴミ虫様のお守りをレランジェに渡してください」

「却下だ!」

 腹の立つ舌打ち魔め。おかげで緊張が解れて怒りのパワーが漲ってきたじゃないか。

「レイちゃん、異獣の進攻が防衛ラインギリギリまで迫っています。決まりましたか?」

 おっとりしているようで切迫した誘波の声に、俺は首肯する。


「ああ、俺とリーゼを転移してくれ」


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