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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第二巻
70/314

三章 過去への執着(8)

 鷹羽畔彰が追っているはぐれ影魔導師――望月絵理香。そいつはどうやら鷹羽の弟子である迫間漣と四条瑠美奈の二人と深い関係があるらしい。『先輩』とつけるくらいだから影魔導師の先輩かと思ったが、俺の記憶に残っている会話から察するに、あの二人が一般人だった頃の知り合いだろうな。

「話の前にまずは礼を言わせてくれ、助けてくれてありがとな」

 この二人がいなければ俺は〝影〟の侵蝕をくらって今頃どうなっていたかわからない。命の恩人たちに心から感謝の言葉を述べなければバチがあたるってもんだ。

 すると四条がなにに驚いたのかきょとんと目を見開いた。

「凄いわ、ちゃんとお礼言える知能があったのね」

 人が素直に感謝して頭まで下げたってのにこのチビは……。

「てめえコラ四条、俺をチンパンジーかなんかと勘違いしてねえか?」

「まさか、それはないわよ。だってチンパンジーに失礼じゃない」

「よーし迫間、こいつぶん殴っていいか?」

 五センチほど身長縮む勢いで頭からゴツンと。

 視殺合戦を勃発させる俺と四条を見て、迫間は面倒臭そうに後頭部をボリボリ掻く。

「その辺にしようぜ、瑠美奈。俺らは喧嘩しに来たんじゃねえんだから」

「わかってるわよ」

 迫間に宥められた四条は、フン、と鼻息を鳴らしてそっぽを向いた。よっしゃ、俺の勝ち。

「あの影魔導師の女についての話だったよな。聞かせてくれ、お前らとどういう関係なんだ?」

 あんな場面を見せられて気ならないと言えば嘘だ。蚊帳の外のままでいたくないってのもあるが、そこを知っておけば俺は二人の助けになれるかもしれない。

「えーと、あー、なにから話せばいいんだっけ? 俺たちと望月先輩は幼馴染みたいな感じっつうか……ダメだ。瑠美奈、パス」

 やっぱり説明が苦手そうな迫間は四条にバトンタッチしつつ、なぜか部屋の照明を消した。この程度の明るさでも気分悪くなるのだろうか? こんなこと思っちゃ悪いから口には出さないけど……不便だな、影魔導師は。

 外も夜の帳が下りたため、部屋の中は明かりがないとなかなかに暗い。迫間に説明を丸投げされた四条は少し不満そうに溜息を吐き、語り始める。

「アンタが戦ってた影魔導師――望月絵理香先輩とあたしたちとの関係は漣が言った通り幼馴染に近いわ。あたしたちは小四の時に望月先輩の家が経営している剣道場で知り合ったの」

 そんな昔から知り合いなのに苗字でしかも『先輩』をつけて呼ぶんだな。どうでもいいけど。

「あたしと漣と望月先輩、それからもう一人、広瀬智治って男子の先輩がいてね。なんだかんだで意気投合して、あたしたち四人はよく一緒に遊んだりしてたわ。同じになった中学でもみんな剣道部に入ったりして、あの頃は毎日が本当に楽しかった」

 昔を懐かしむように言った四条はそこで一拍の間を置き、より表情に深刻さを増して続ける。

「でも三年前のあの日、あたしたちは『混沌の闇』と関わってしまった。望月先輩と広瀬先輩は巨大な影霊の腕に捕まって〝穴〟に引きずり込まれ、あたしと漣は〝影〟の侵蝕を受けた。師匠と誘波が来なければあたしたちはそこで終わってたわ」

「誘波が?」

「ええ。今思えば誘波は『混沌の闇』の〝影〟に触れても侵蝕を受けてなかったわね。どうやってるのかはなんとなく想像つくけど」

 二人が影魔導師としての人生を歩むようになった日にはもう誘波と会っていたのか。だから二人は異界監査官もやっているのだろう。

「てか待て、情報を整理する」俺は額に人差し指をあてて目を瞑り、「つまり『混沌の闇』に呑み込まれたと思っていた望月が生存していて、はぐれ影魔導師となってこの地になにやら異変を起こしている。目的は過去に失った人を取り戻すためとか言ってたけど、その取り戻したい人ってのが――」

「そう、広瀬先輩よ。特徴を挙げるなら『普通すぎるところ』と答えられるくらい冴えない先輩だったけど、あの人は望月先輩の恋人だったの」

 恋人。本当に大切な人のためなら、人は恐らくなんだってやるだろう。あの時望月が見せた萎縮してしまいそうなほどの執念がそれを物語っている。人間を百人殺せば恋人が生き返るとしたら、あいつは本気でやるだろうな。

「だが、あいつはこの辺の次空を歪めてどうするつもりなんだ? それだけで恋人が返ってくるわけがないだろ?」

 歪震のエネルギーを利用する蘇生術とか装置とかがあったりするのか? それとも世界を人質に神様を脅迫して生き返らせてもらうとか? どちらにしろありえない。特に後者。

「そりゃアレだ。強い歪みは影霊を惹き寄せるんだ」

「悪い、迫間。意味が全くわからん」

 影霊とかいう異獣の中には人の願いをなんでも叶えてくれるやつでもいるのか? そんなどこぞの神の龍的な存在がいるんなら納得だけどな。

 四条が腕を組む。

「どうも広瀬先輩は二人を『混沌の闇』に引きずり込んだ影霊に捕まってるらしいのよ。望月先輩はその影霊をおびき寄せようとしてる」

「そいつを倒して恋人を助けるってことか? てか捕まったのって三年前の話だろ? この際だから言葉は選ばねえけどよ、とっくに死んでるんじゃないのか?」

 あの闇の世界でただの人間が三年も生きられるはずがない。時間の流れが違うと言われれば反論できないが、『混沌の闇』が俺たちの世界と同じ次元に存在するなら大差はない気がする。

「あたしたちも俄かには信じられないわ。でも、現に望月先輩は生きていた。先輩は最近影魔導師になったって言ってたし、可能性はあるわ」

「もしも本当に広瀬先輩が生きているんだとしたら、俺らの気持ちは望月先輩と一緒だ。絶対に助け出したい。たとえ、監査局や連盟を敵に回そうともな」

 瞬間――

 二人の雰囲気が、険呑なものに変わった。

 なんだ? お前ら、一体なにをするつもりだ?

 迫間と四条は俺のベッドから一歩下がると、少し躊躇うようにお互いの顔を見合わせ――


「だから悪いけど、あたしたちは望月先輩につくわ」

「裏切り者なんて面倒臭せえから嫌だが、形的にはそうなっちまうな」


 そう、はっきりと宣言した。

「な……ん……」

 突然すぎて理解が追いつかず、俺の口はうまく言葉を紡げなかった。

 裏切る? こいつらが、俺たちを……?

「俺と瑠美奈は、もう俺たちみたいな人を出さないために影魔導師や異界監査官をやっていた。その考えは今だって変わらないが、広瀬先輩は俺らにとっても大事な仲間なんだ。救える可能性があるならそれに賭けてみたいと思う」

「引き止めても無駄よ。あたしたちは既に望月先輩に協力してしまった。もう、戻れないわ」

 そうか、望月本人から直接話を聞いていたから、目的や手段を詳しく知っていたのか。

「もうすぐこの辺りにとんでもないことが起こるわ。だからアンタたちは一般人を連れて逃げなさい。できるだけ遠くにね。それを言いに来たの」

「……お前ら」

 ようやく開いた口で言いかけたその時――

「ふふっ。漣くん、瑠美奈ちゃん、そろそろ面会時間は終了よ」

 部屋の中心から霧状の闇が噴き上がり、黒セーラー服を纏った女が嫌味ったらしく笑いながら出現した。

「お別れの挨拶はできたかな?」

 モデルのように腰に片手をあて、オレンジ色のヘアバンドで留めたサラサラの長髪をふさぁと掻き揚げるそいつは――

「望月、絵理香……」

「あら、名前覚えられてるのね。ふふっ、物覚えのいいわんこさんは嫌いじゃないわよ」

「てめえ!」

 くすり、と笑う望月を俺はベッドから起き上がって捕えようとするが――バシッ!

 四条が〝影〟で構築した〈束縛(チェイン)〉とかいう黒い帯で、俺を一瞬にして簀巻き状態しやがった。

「くそっ! 四条! 放せ!」

 首から上だけは縛られなかったが、畜生、どんなにもがいても解けねえぞこれ。〈魔武具生成〉でナイフを作って切断……は無理だ。『気をつけ』の姿勢のまま固定されてたんじゃ生成した瞬間に自分を刺しちまう。

 部屋を暗くしたのは影魔導師の力を使うためだったのか。味方だと信じてたからなんの警戒もしてなかったぜ。……やられた。

「アンタはもうあたしたちと関わらない方がいいわ」

「白峰、師匠によろしく言っといてくれ。あー、面倒だったら別にいいぞ」

 無様にベッドに転がされる俺を、迫間と四条は冷たく見下ろしてそう告げた。

 と、望月が二人の肩を両手で抱くような形で間に割り込んでくる。

「そういうわけだから、じゃあね、監査局のわんこさん」

 ぶわっと闇が噴出して三人を包む。影魔導師の転移術だ。

 逃がすか! と思ったところで、縛られた状態の俺には成す術なんてなかった。

 転移完了と同時に〝影〟の帯が消滅する。

「ああくそっ! なんだってんだよ!」

 俺はすぐさま立ち上がり、この非常事態を皆に伝えるために部屋から飛び出した。

 直後――


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


 空間が、大きく揺れた。

「なっ!? また歪震が!?」

 俺は壁に手をついて振動に堪える。今回は昼間のよりもでかいぞ。これが四条の言っていた『とんでもないこと』ってやつか?

 ……いや、これはまだ前兆だ。


 Prrrrr! Prrrrr! Prrrrr!


 三十秒ほど続いた揺れの後、すぐに誘波から電話がかかった。

『レイちゃん大変です。すぐに三階にある屋外レストランまで来てください』

 誘波の口調は落ち着いてはいたが、いつものボケがないことから切羽詰まった状況だということが伝わってくる。


『「混沌の闇」の侵蝕が、物凄い勢いで広がっています』



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