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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第二巻
69/315

三章 過去への執着(7)

 なんだろう……温かい。

 この温かさは、人肌のそれに近い。

 ――ドクン。――ドクン。

 安定したリズムの鼓動が聞こえる。

 活力が全身に流れ込んでくる。

 暗闇だった視界が白い光に覆われ、小さな手が俺に差し伸べられる。

 俺はなにも考えないままその手を取り――


「……」

 瞼を開くと、見慣れない木造の天上があった。

 目が、覚めた?

 俺は、生きているのか?

 どうなったんだっけ? ああ、確かあの時、俺は影魔導師の女――望月絵理香に影霊とかいう異獣の返り血から受けていた〝影〟の侵蝕を活性化させられて昏倒したんだった。その後望月は逃走し、迫間と四条が俺の中で暴れる〝影〟を取り除こうとしてくれた……ところまでは覚えている。

 俺がこうして生きているってことは、手術成功ってことらしい。あいつらにはまた借りを作っちまったな。感謝するだけじゃ埋め合わせできないぞ。

 時にここは……俺たちが泊まっている城旅館の一室みたいだ。俺と桜居に割り当てられた部屋とは違い、洋風な趣が強い。俺も布団ではなくベッドに寝かされているし。

 どうやらけっこうな時間意識を失っていたようだ。窓の外の景色は夕焼け色に染まっている。

「?」

 ふと、俺は腹辺りに重みを感じて首を持ち上げた。

 ふわっと甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐったかと思えば、そこには絹糸のような金髪があった。

「り、リーゼ……?」

 彼女は人形のように整った顔をこちらに向けているが、瞼は閉じられ、呼吸も規則正しい。俺の体を枕にして眠っているようだな。

「マスターに感謝安定です、ゴミ虫様」

 声がした方に視線を動かすと、部屋の入口付近にゴスロリメイド服を着たレランジェが立っていた。

「リーゼに感謝?」

「マスターはご自身の生命力をゴミ虫様に分け与えて体力の回復を促したのです」

「そんなこともできるのか?」

「魔力譲渡の応用安定です」

 そうか、だからリーゼは疲れて眠っちまったんだな。でもそこで眠られると俺が起きるに起きられないんだが……。

 リーゼがそこまでして俺を助けてくれたのは、なんか嬉しい。リーゼの中で俺はただの所有物や下僕からランクアップしてるってことだ。家族とまではいかなくても、仲間や友達くらいには想ってくれているのかもしれない。

「ありがとな、リーゼ」

 俺は年下の家族にするように優しく礼を言い、リーゼの細い金髪を梳くように撫でた。

 と――

「ん……」

 リーゼの瞼が痙攣し、ゆっくりと開かれた。

 ぼんやりと虚空を見詰めていたルビーレッドの瞳の焦点が、俺に合う。

「レー……ジ?」

 小さくて可愛らしい唇が俺の名を紡ぐ。

「!? レージ!?」

 ピョンと跳ね起きたリーゼは元々大きなお目々を更に見開き――ドカッ! 俺が上半身を起こす前になぜか飛びかかって馬乗りになってきた。

「勝手に死にかけるなんてレージの馬鹿っ! 馬鹿馬鹿馬鹿っ! 許さない! この〝魔帝〟で最強のわたしをこんなもやもやした楽しくない気分にさせたレージなんて許さない!」

「ぐえぇ!? がっ!?」

 ゆ、許さないのはわかったからなんで両手で俺の首絞めてトドメさそうとしてんですかお嬢様!? それからそこのアホメイドは『そうだ殺れ殺れもっと殺れ』的なジェスチャーをやめれ!

「こんな気持ちは嫌! 退屈より嫌! レージの馬鹿っ!」

 ごめんなさい謝るから許してマジで!? 俺死んじゃうよ? 今度こそ死んじゃうよ? ――あっ、綺麗なお花畑が……っていかん、ヤバいヤバい!

 俺は朦朧とし始めた意識の中で技をかけられた格闘家がギブアップする時のようにペシペシとリーゼをタップする。

「――ぃう!?」

 するとリーゼが変な反応を示した。仰け反った彼女は珍しく顔を真っ赤に染め上げている。おかげで首絞めからは解放されたが……あー、なるほど、俺はリーゼのオシリを叩いてたのか。

 リーゼは見られることは平気でも、触られることは基本的な女の子並に嫌がるんだ。要するになにが言いたいかというと――

「~~~~~~~~~~ッ!!」

 声にならない悲鳴を上げるリーゼの乙女パンチが顔面を陥没させて、俺終了のお知らせ。打ち切り漫画でもこれほど酷い終わり方はないだろうね。……いや別に死なねえけれども。

「レージが死んだら困るのはわたしなのよ。だからわたしの許しなく勝手に死んじゃダメ」

 完全にノックアウトした俺に、馬乗りをやめたリーゼは頬を膨らませて拗ねたようにそう言った。俺は痛む顔を擦りながら上体を起こし、そんなリーゼの頭を柔らかく微笑みながらくしゃくしゃと撫でる。

「お前の許可があってもなくても俺に死ぬ気なんてねえよ。どんなことがあっても今回みたいに意地でも生きてやるさ」

 されるがままに頭を撫でられるリーゼは、気持ちよさげに目を細めている。

「チッ、だからゴミ虫様はしぶとい安定なのですね」

 向こうから聞こえる舌打ちさえなければ、きっとドラマ的にいい場面なんだろうなぁ。

 とその時、入口のドアがガチャリと開き、肩当て・胸当て・ガントレット・白マントを学園の制服の上から装備した銀髪美人が顔を覗かせてきた。

「もう少し静かにしろ、〝魔帝〟リーゼロッテ。零児の容体に響いてはどうす……零児!? 気がついたのか!?」

 バン! と勢いよくドアを開け放ち、銀髪美人――セレスがレギンス型の脚絆のまま部屋に上がり込んでくる。洋風な部屋だけど土足はオーケーなのか? リーゼとレランジェは靴を脱いでいるように見えるが……。

「心配したぞ、零児。もう起きても大丈夫なのか?」

「まあな。なんか今日一日で一番調子がいいくらいだ」

 今朝から目眩がしたりだるかったりしたのは、恐らく俺が〝影〟の侵蝕を受けていたからだと思う。それが取り除かれたのだから、体調はすこぶる良好だ。

「お前の声の方がうるさい。レージの傷に障る」

 頭撫で撫でをやめられたことが気にくわなかったのか、リーゼがムッとした様子でセレスを睨んだ。いや、障るような傷はないんだけどね。

「零児は大丈夫と言っているのだから問題ないだろう、〝魔帝〟リーゼロッテ。それよりも貴様が病み上がりの零児に負荷をかけるようなことなどしていないだろうな?」

「フン、そんなことしてないわよ」

 あれ? ちょっとお嬢様、俺、絞殺されかけた上に顔面減り込みパンチを食らった気がするんですけどアレは夢か?

 セレスは取り調べをする刑事みたくリーゼを睥睨し、やがてわかったように目を反らした。

「まあいいだろう」よくないぞセレス。「それよりも、零児、なにか欲しい物はないか? 言ってくれれば持ってくるぞ?」

 欲しい物か、そうだな……

「喉が渇いたな。あと小腹も空いてるから適当に食べ物を持ってきてくれるとありがたい」

「食べ物、か」セレスは思案するように手を口元に持っていき、「そうだ、私が厨房を借りて消化によいものでも作って――」

「だぁーっ! なんか急に昼間お前にあげた温泉まんじゅうと同じものが食いたい気分になった!」

 言葉を遮ってまでそう主張すると、セレスは「そうか」と心なし残念そうに俯いた。悪いけど、お前やリーゼは必殺料理人の称号を取れるくらい料理スキルが壊滅的なんだよ。逆に俺が消化されそうなものを作られたら処分に困る。

「了解した。零児の意識が戻ったことを誘波殿に伝えた後で買ってこよう」

「一人で買い物できるのか?」

「ば、馬鹿にするな! 我が祖国でも貨幣による取引は一般的だ。この国の通貨も誘波殿から支給されているし、問題などない」

 つん、と踵を返して背中を向けるセレス。流石に馬鹿にしすぎだったか。

「ではすぐに戻る」

 辞去するセレスを見送り、次に俺はまだ少し不機嫌そうな顔のリーゼを見る。

「リーゼ、お前も風呂にでも入ってこいよ。軽く山登りしたからかなり汚れてるぜ?」

「む、そうね。レージも元気になったし。そうするわ」

「ではマスター、大浴場ならば現在貸し切り安定です。向かいましょう」

 レランジェに連れられてリーゼも部屋を出ていった。

 一気に静かになり、俺は窓の外の景色を眺める。この静けさはどこか安堵するものがあるけれど、今の俺からしたら寂しいもんだな。最近の騒がしい毎日に慣れてしまったせいだ。

「――さて、もういいだろ」

 俺は入口のドアを向く。


「入れよ。いるんだろ?」


 促すと、少し逡巡するような間を空けてからドアが控え目に開かれた。

「まったく、面倒臭え勘の良さだな」

「ホントよ。入るタイミングくらいこっちで決めさせてほしいわね」

 呆れた調子の二人組――迫間漣と四条瑠美奈が部屋へと足を踏み入れてきた。いつも通り二人ともマントっぽい黒ロングコートを羽織っている。てか前から思ってたけど、四条はせっかくの綺麗な黒髪がすっかり保護色になってるぞ。

 二人は靴のまま俺のベッドへと歩み寄ってくると、真剣な顔つきになってこう切り出した。


「話がある」

「望月先輩についてよ」


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