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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第二巻
68/314

三章 過去への執着(6)

「……先輩って、どういうことだ?」

 双子滝の落水音しか聞こえないほど静まり返った場に、俺の呟いた疑問だけが響いて消える。

 応援に駆けつけてくれたのだろう異界監査局所属の影魔導師たちは――茫然自失といった様子だ。二人とも敵影魔導師の女に視線を釘づけにしたまま凍りついている。てかちょっと待て、なんで四条は涙まで流してんだよ。

「ねえ、レージ、あの黒いやつらどうしたの? なんで固まってるの?」

 黒いやつらって……リーゼの認識はそんなもんか。あいつらがどうしたのかって? だからそれは俺が訊きたい。

「さあ? よくわかんねえけど、迫間たちとあの女は顔見知りみたいだな」

 俺が予想で答えると、望月と呼ばれた影魔導師の女が「ふふっ」と笑う。

「やっほー、漣くんに瑠美奈ちゃん。久し振りね。三年振りかしら?」

 女――望月は爽やかな笑顔を迫間たちに向け、街で偶然見かけた友人にするように手を振った。こいつ、元の軽薄な調子に戻ってやがる。先程のおぞましさはなんだったんだ?

「漣くんは大きくなったなぁ。瑠美奈ちゃんはあんまり変わんないかな? あ、でも横方向に著しい成長が見られるわね。先輩嫉妬しちゃうぞ?」

 久々に会った親戚のおばさんみたいなことを言う望月に、迫間がようやく口を開く。

「その姿、その声、その口調……本物の望月先輩だ」

「なに当たり前のこと言ってるの、漣くん? 私は私。正真正銘、あなたたちの先輩の望月絵理香よ♪」

「嘘よっ!」と間髪入れずに、四条。「だって、望月先輩はあの時『混沌の闇』に喰われたじゃないっ!? 生きてこの世界にいるはずがないわ!!」

 ――ッ!?

 なんだって? 『混沌の闇』に喰われた? 

 それは要するにあのドロドロの闇が蠢く世界へ引きずり込まれたってことか? 冗談じゃないぞ。あんな世界で人間が生きていけるわけがない。少なくとも地球人には不可能だ。

「助けてくれた人がいたのよ、瑠美奈ちゃん」

「ふざけないで! そんなこと誰にもできないわ!」

「それができちゃうんだなぁ。王国(レグヌム)の〝王様(レクス)〟ならね」

 余裕綽々とした望月の口からわけのわからん単語が出た。また影魔導師だけに通じる専門用語かと思ったが、迫間たちも疑問符を浮かべている。違うらしい。

 迫間と四条は怪訝そうに顔を見合わせる。まだあの女が本当に自分たちの知っている人物なのか計り兼ねているのだろう。

「ところで物は相談なんだけど、二人とも私を手伝ってくれないかな?」

 おいおい、唐突になにを言い出すんだあのアマは。先輩後輩の関係だかなんだか知らないが、迫間と四条はお前を追っている敵だぞ。

「二人にとっても悪くない話よ。うまくいけば智くんに会えるわ」

「「――ッ!?」」

 望月が「智くん」と言った瞬間、迫間と四条の顔色が明らかに変化した。俺はすっかり蚊帳の外で話の内容をあまりわかっちゃいないが、この流れが非常にまずいことだけはわかる。

「てめえ、昨日は俺たちに異獣を嗾けて殺そうとしていたくせに、今になって勧誘とはどういう風の吹き回しだ?」

「ふふっ、ごめんね。もう監査局のわんこさんとじゃれ合ってる気分じゃなくなったの。だから――少し黙れ」

 刹那、望月の雰囲気がマイナスでも掛けたかのように百八十度変わった。畏怖すら覚えるほど低くなった声に、俺は冷や汗がどっと噴き出すのを自覚する。

 ……いや違う。この冷や汗は望月に恐怖したからじゃない。

「うっ」

 くらっ、と目眩がした。

 なんだ? 体が、おかしい……!?

「ぐ、がぁああああああああああああああッ!?」

 突如、なにかに体を内側から食われるような激痛が押し寄せた。悲鳴が独りでに口から飛び出し、俺は堪らず地面に突っ伏してしまった。土の味が口内に広がる。

「レージ!?」

 悶えのたうつ俺にリーゼが悲愴な面持ちで駆け寄ってくる。迫間も四条も突然のことに目を見開いている。大丈夫だと言ってやりたいが、気を抜けば意識を刈り取られそうな痛みにそんな余裕はない。

 くそっ、気持ち悪い。全身が痛い。それにたぶん熱も出ているな。リーゼの暴走した魔力を〈吸力〉した時でもこれほどの苦しみはなかったぞ。

 ――俺の体に、一体なにが起こってるんだ?

「望月先輩! 白峰零児になにをしたの!」

 四条が剥き出した犬歯を望月に向ける。痛みに呻く俺だが、その声は鮮明に耳に届いていた。

「そのわんこさん、少しだけど影霊の返り血を浴びてたのよ。あれも立派な『混沌の闇』の〝影〟。通常なら徐々に侵蝕されていくところを、私が干渉して一気に活性化させたの」

「馬鹿な。そんな芸当、俺らはもちろん師匠でもできねえぞ」

「ふふっ、漣くん、私は『混沌の闇』の深部に全身を晒して生還した影魔導師なんだよ? ただの影魔導師と一緒にしないでほしいな。まだ知らないのなら覚えておくといいよ。より深く強い侵蝕に打ち勝った影魔導師ほど、〝影〟への干渉力が高いってことをね」

 教師のような物言いで言葉を紡ぐ望月。その鼻先を、黒い炎が掠った。

 リーゼだ。

「よくもわたしのレージをやってくれたわね! 許さない。絶対絶対許さないっ!」

 リーゼは二つの魔法陣で望月をサンドウィッチにすると、それぞれの陣から内側へ向けて押し潰すように灼熱の黒い火炎を噴射した。望月は悠々とかわして反対岸に渡るが、そんなことよりもリーゼが感情的になっていることに俺は驚いていた。だけどその驚きも、全身を巡る痛みと熱によってすぐに掻き消される。

 望月は不敵な笑みを顔に貼りつけ――

「あなたと遊ぶのは私の目的が済んでからにしましょう? 〝魔帝〟リーゼロッテ・ヴァレファールさん」

「!?」

 今の台詞に俺は強い違和感を覚えた。なんであいつ、リーゼのフルネームを知ってるんだ?

「う~ん、今は漣くんたちも混乱してるだろうから、落ち着いた頃にもう一度会いましょう。私もちょっとお昼寝したいしね」

 そう言い残して望月は足下から噴き上がる闇を纏った。「待ちなさい!」とリーゼが叫んだ時には既に転移は完了し、望月の姿は影も形もなかった。

「漣、追える?」

「いや、無理だ。転移で追うより瑠美奈が空から探した方が面倒臭くないぜ」

「馬鹿言わないで。真っ昼間っから空なんて飛べないわよ。追えないなら仕方ないわ。それよりも今は――」

 迫間と四条が同時にこちらへ視線を向ける。

「レージ!? レージ!?」

 俺は不安そうに表情を歪めたリーゼに激しく揺す振られていた。リーゼの長い金髪は乱れ、純度の高い宝石のような紅眼から涙が溢れている。

 どうしたんだ、リーゼ? らしくないぞ。お前は俺みたいな下僕が傷ついたところで楽しげに笑い飛ばす〝魔帝〟だろ? 普通の女の子みたいに泣いてんじゃねえよ。

 そう言ったつもりだったが、俺の口はうまく言葉を発音できていなかった。リーゼが俺の名前を連呼することをやめてくれない。

「レージ!? 勝手に死ぬなんて許さないわよ! レージはわたしにもっともっと面白いものを見せてくれなきゃダメなの!」

 無茶苦茶言うな、と俺は心で苦笑した。なんだかわからんが、精神と肉体が切り離されたように意識はあるのに痛みを感じなくなっている。果たしてこれが侵蝕というものなのか、それともただ死にかけているだけなのか……。

「どきなさい!」

 四条が乱暴にリーゼを押し退けた。

「な、なにすんのよ!?」

「泣き叫んでどうにかなるもんじゃないの! こいつのことはあたしたちに任せてアンタはその辺で無事でも祈ってなさい!」

 リーゼに一喝し、四条は医者が聴診器でするように俺の体をペタペタと触ってくる。そして――

「漣、白峰をあっちの日向に運んで」

「日向って、大丈夫なのか?」

「まだ侵蝕は始まったばかりで爪の先が黒くなってる程度よ。体は普通の人間。日光を浴びせればとりあえずこいつの中の〝影〟は引っ込むわ」

「……わかった」

 真剣な目つきで頷いた迫間に担がれ、俺は日溜まりの中へと移動させられる。

「瑠美奈、こっからはどうするんだ?」

「あたしが白峰から〝影〟を追い出すわ。そしたら漣は〈黒き滅剣(ニゲルカーシス)〉でそれを処理して」

「できるのか?」

「やってみせるわ」

 迫間が影から漆黒の大剣を取り出したのを認めると、四条は心臓マッサージをする感じに俺の胸部に両手を重ねて添える。

 直後、日差しを浴びて収まっていたはずの〝影〟が再び俺の中で暴走を始める。しかしそれは侵蝕とは違い、なにかに抵抗するために暴れているような感覚だった――って!

「ぐあぁああぁあぁあああぁああぁぁあああぁあッッッ!?」

 痛覚が、戻ってやがった。

 絶叫し、まな板の上で跳ねる魚のように悶える俺。

「お、大人しくしなさい!」

 四条が必死に抑えてくれている。コートを羽織っているとはいえ、お前も日差しの下だと辛いはずなのに……スマン。

 ……あっ、やべ、意識が……。

「レージ!?」

「白峰! しっかりしなさい!」

 リーゼと四条の声も遠い。

 ……悪い。


 もう、限界みたい……だ……。



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