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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第二巻
63/315

三章 過去への執着(1)

 何事にも『程度』ってもんがある。

 例えば運動はやりすぎると体に悪いし、選挙カーでの演説は騒音になるほど続けると法を無視することになる。人類の自然破壊だっていい加減にしないと地球的に大問題だ。

 そんなわけで、旅館の五階と六階を貸し切るところまではいい。この金持ちめ! ってだけで終わる。

 だがな、突然この広大なジャングルスパを買い取って一般客を追い出すなんて行為は金持ちの『程度』を逸脱していると思うわけだ。そんな無茶苦茶をやらかした張本人は後で返すとほざいていたが、追い出された客から苦情が殺到したらどうする? 俺は知らんぞ。

 まあ、それが一般人の安全に繋がるのだから文句はないけど。

 で、俺たちはスパ内に設けられた自販機や足湯のある簡易休憩所に集合をかけられていた。いちいち水着に着替えないといけないから、旅館の方にいたやつらにとっては学校の移動教室よりも面倒だろう。ちなみに局員じゃない桜居はいない。どこにいるのか想像してみると……適当な場所に放置されて幸せな夢を見ている姿が浮かんでくるな。

「零児!? どうしたんだその傷は!?」

 と、俺の横腹の傷を見るやいなや、セレスが銀髪ポニテを振り乱して駆け寄ってきた。どことなく慌てた調子だ。

 俺は腹の傷の辺りを優しく擦り、

「大したことねえよ。もう血も止まってるし。心配しなくていいさ」

「べ、別に心配したわけではない。だが、きちんと手当しておかないと化膿するかもしれないぞ」

 セレスはどこか安心したような様子で俺から視線を反らした。どうやら着替えたらしく、件の際どいマイクロビキニじゃなくて布面積の多い地味なレンタルビキニになっているところが残念な…………俺の心を読んだエスパーよ、今の戯言は聞かなかったことにしてくれ。

「あらあら、レイちゃんがさっきのセレスちゃんの水着姿を妄想してニヤニヤしてますぅ」

 聞かなかったことにしてくれっ! そんなに顔に出てたのかよ俺!

「な、な、わ、わ」

 コンマ二秒で全身を真っ赤に染めたセレスが、バシャッと風呂桶で足湯のお湯を掬い取って俺にぶっかけてきた。消防車かお前は。

「レージ!」

「ごふっ!?」

 唐突に背後からドロップキックをくらった俺は顔面から足湯に突っ込んだ。起き上がろうとしたところを小さな足の裏で踏みのめされる。このミニレッグはリーゼだな。てか息が、息がし辛い。あとお湯が傷に染みるんですけど。

「レージ! この〝魔帝〟で最強のわたしに内緒でまた楽しいことやってたんでしょ! なんでわたしも誘ってくれなかったのよ!」

「痛い!? 痛いから俺の上で地団太踏まないでもらえますかお嬢様!? 楽しいことなんてなにもなかったからっ!!」

「そうです、マスター。ゴミ虫様が苦しんでいます。もっと踏み抜くと安定です」

「止めろぉおッ!?」

 絶叫虚しく、リーゼは猛り狂った獣のごとく気が済むまで俺の背中で暴れまくった。背骨が折れそうだ。そしてあの暴言メイド人形はいつか海底に沈めてやる。

「悪ぃな、俺たちが白峰を連れ回しちまって」

 迫間が済まなさそうに後頭部を掻く。こいつはよく頭を掻いてるけど、癖なのか。

「ちょっと漣、謝る必要なんてどこにあったのよ」

「いやあるだろ」今の台詞は聞き捨てならなかったね。「そもそも俺に手伝えって最初に言ってきたのはお前だ、四条」

 手伝った挙句、俺はヘンテコな異獣と戦う破目になり、変な影魔導師の女に横腹を斬られたんだぞ。ごめんの一言くらいあってもいいだろうが。

「そうだったわね。わかったわよ。じゃあ後で反省文を原稿用紙一文字分書いてアンタん家に送っとくわ」

「反省の色がこれっぽっちも見えない!?」

 一文字って『謝』とでも書く気だろうか? 逆に気になる。

 と――

「お前たちがわたしのレージを持ってったのね」

 ご機嫌斜めなリーゼお嬢様が四条にメンチを切ってきた。迫間を睨まないのは、たぶん四条の方が身長的に大体同じだから目線を合わせやすいのだろう。

「『わたしのレージ』って……ロリコン?」

「なぜこっちを見る」

 軽蔑の眼差しを俺に向ける四条。とりあえずハンマーでぶん殴ってやりたい衝動を俺は気合いで抑える。ムキになるってことは認めてるようなもんだからな。俺は至ってノーマルだ。

「ふん、レージを貸してあげるのはいいけど、一言わたしに断ってからにしてほし…………」

 腰に手をあてて偉そうにふんぞり返るリーゼだったが、なぜか言葉の途中で停止ボタンでも押されたように固まった。それから自分と四条の胸元を何度か交互に見やった後、両手で自分の控え目なバストをゆさゆさ。なにやってんだ、リーゼのやつ?

 四条もリーゼの行動が理解できないのか、小首を傾げてお団子頭の上に『?』を浮かべている。

「……お前、何歳?」

 より一層不機嫌そうにムッとしたリーゼが問う。四条はわけがわからないといった顔のまま「じゅ、十六だけど?」と答えた。まあ高二だしな。

 するとリーゼはなにやらショックを受けたようで、「わたしだってこれからよ!」と意味不明なことをヤケクソ気味に吐き捨てて駆け去った。ツーサイドアップに括った髪がぴょこぴょこ揺れていた。

「一体なんだってんだ? 変なやつ」

「リーゼちゃんも女の子ってことですよ」

 誘波がレランジェに抱き留められるリーゼを面白可笑しそうに眺めつつコメントしてきた。

「こっちに来てその辺りの自覚が芽生えたのでしょう。特にルミちゃんは背丈が似たり寄ったりなので余計に意識するみたいですねぇ。喜ばしい成長だと思いませんか、レイちゃん?」

「悪い、なんのことかさっぱりわからん」

 ルミちゃんなるものが四条のことだとはよくわかったけれど。

「もう、鈍感なのはマンガの主人公だけにしてほしいものですね。まあ、その話はまた後程ゆっくりするとして――」

 誘波は軽く周囲を見回して監査局組が集まっていることを確認すると、隅っこのベンチに腰掛けて煙草を吸っている黒帽子の男へと歩み寄る。

「全員揃ったので本題に入りましょうか、クロちゃん」

 クロちゃんと呼ばれてやたら嫌そうな顔をする男は、しばらく逡巡する様子を見せてからだるそうに立ち上がる。それにしても、こいつも骨みたいに色白だ。無精髭を生やした顔は痩せこけているわけじゃないが、あの帽子と相まってリーゼの世界で戦った魔法使いっぽい勇者(?)を彷彿とさせる。まあ、あんな小物とは放っている威厳が天地の差ほどもあるけどな。

 男は帽子の下の眼光に大木をも斬れそうな鋭さを宿し、

「俺は鷹羽畔彰たかばくろあきだ。この脳味噌つむじ風女みたいに『クロちゃん』なんて呼びやがったクソは冗談抜きで死なすから気ぃつけろよ」

 静まり返る場。誰もがその言葉を本気だと感じ取ったからだ。あの男――鷹羽畔彰を知る迫間と四条は苦笑しているようだが、皆が息を呑んで次に紡がれる言葉を待っている。

 ――鷹羽を苛立たせている本人以外は。

「脳味噌つむじ風とは酷いですねぇ、クロちゃん」


 パァン!!


 乾いた銃声が轟く。銀の拳銃を抜いた鷹羽が容赦なく誘波を射撃したのだ。い、いつ抜いたんだ? 全く目視できなかったぞ。

 だが銃弾は誘波を貫通することなく、眉間のギリギリ手前で静止していた。風の防御壁はあれほど近距離から撃たれた銃弾にも対応できるのかよ。それからあの銃弾、真っ黒だ。もしかしなくとも〝影〟で作られているのだろう。薬莢も転がってないし。

 忌々しげに舌打ちする鷹羽に、誘波は相変わらずおっとりニッコニコの笑顔を向けている。あの男でも誘波を殺れないのか……。

「いつまで経っても乱暴ですねぇ。ではでは、状況を理解してない人もいますので簡単にこのスパで起こった事件を説明しますね」

 今しがた銃撃されたとは思えない涼しげな顔の誘波は、緊急招集されて困惑している監査局員たちに『お前どっかで見てたんじゃねえのか』って突っ込みたくなるほど詳細な説明を始めた。

 影魔導師のことや『混沌の闇(ケイオス・ダーク)』のこと、このスパ付近で毎日のように〝穴〟が開く異変、迫間と四条が監査局に所属しているだけに皆の呑み込みは早い。『混沌の闇』についても、一部の局員はそれなりに予備知識を持っていたようだ。

「――というわけでレイちゃんが見知らぬ女の子とイチャイチャしていたというお話です」

「違うよな!? そんなピンク色の話じゃないよな!? お前もっと場の空気読めよ風使いだろうが!?」

 せっかくみんなシリアスな雰囲気で話聞いてたのに、この自覚あるムードブレイカーめ。ほら向こうでセレスとレランジェがケダモノを見るような目で俺を睨んでるじゃないか。やめてもらいたい。

「その小娘がここいら一帯に異変を起こしてやがる犯人だ」

 崩れかけた場の空気を、鷹羽の苛立たしげな低い声が元に戻した。

「そして、そいつは俺が追ってるはぐれ影魔導師でもある」

 はぐれ影魔導師?

 組織に属していない影魔導師ってことでいいのだろうか? それとも抜け忍よろしく組織のはみ出し者か? どっちだろうと俺にとっては同じことだな。

「師匠」と迫間が億劫そうに挙手する。「俺たちはそんな話、全然聞いてなかったんですけど? ただこの辺に頻繁に〝穴〟が開くから片っ端から閉じていけって言われただけで」

 すると鷹羽はフンと鼻息を吹き、

「小娘一人をふん捕まえるのに馬鹿弟子の手なんざ借りねえよ。てめえらは雑用のためだけに呼んだんだ。他に期待することもねえ」

 全くオブラートに包まず言い切った。悪びれる様子もなく紫煙を吐き出す鷹羽。ここは怒ってもいい場面なんじゃないか? そう思って俺は迫間たちに視線をやる。二人はやっぱりかと言うように諦めた表情をしていた。察するに、どうやらこの男はいつもこうらしい。

 逃げられたくせに、なんて言った日には脳天に風穴を開けられそうなんで黙っておく。

「あの小娘がなにをしてえのか知らねえが、『混沌の闇』の〝穴〟を開くことでここいらの空間や次元にでけえ〝歪み〟を与えてんだ。てめえらはそいつを感知してのこのこやってきたようだが、影魔導師でもないやつらなんぞ足手纏い以下だ。帰れ」

「そう言われて素直に帰るわけにはいきませんよ。この地域は私たちの管轄です。それに私のお気に入りの温泉地をめちゃくちゃにしようなんて子にはお仕置きが必要ですから」

「ほぼ私情じゃねえか。クソが。てめえらは邪魔だから帰れっつってんだ」

 鷹羽には協力するという考えが微塵もないようだ。いやそれはなんとなくこの男の性格から想像はついていたが――

「おいコラ誘波、少なくとも俺はそういった話を米粒ほども聞かされていなかったんだが?」

 ――このアホ波が情報を秘匿していた意図については全く持って掴めない。

「今日は仕事なんて忘れて皆さんには羽根を伸ばしてもらいたい、という局長からの心遣いがレイちゃんにはわかりませんか?」

 わからない。休みと思っていたら実は仕事でした、と曝露された時の絶望感しかわからない。

 ついでに言うと俺、ここに来て早々に迫間たちに絡まれて戦闘までやったんだぞ。どこで羽根を伸ばした? アレか? 部屋に案内された後の寝っ転がった数分間だけか? ありがたすぎて泣きそうだぜ。

「どうしても帰らねえってんなら仕方ねえ。勝手にしろ」

 鷹羽は盛大に溜息をつき、何本目かの煙草に火をつけた。そしてその火のついた煙草を誘波へ突きつける。

「ただし、夜は動くなよ。『混沌の闇』は夜にしか開かねえが、その対処は影魔導師(おれら)の仕事だ。てめえらの誰かが間違って侵蝕されても俺ぁ面倒見ねえからな」

 それだけ言い残すと、鷹羽はもう話すことなんてなにもないオーラを全身から放って踵を返した。迫間と四条が慌てて後を追っていく。

「あはっ。昔からなんだかんだで私たちを気遣っているんですよねぇ、クロちゃんは」

 三人を見送りながら、誘波が嬉しそうに笑う。

「誘波殿は、その、あの者とどういった関係なのだ?」

 セレスの疑問は、恐らくここに集った監査局組全員の疑問だろう。セレスが訊かなければ俺が訊いていた。

「クロちゃんは影魔導師連盟の幹部でして、その関係の腐れ縁とでも言えばいいのでしょうか。私はクロちゃんが幹部になる前、それはもう彼がこぉーんなに小さな頃から知っているのです。うふ、あの頃は可愛かったんですよぅ♪」

「自分の年齢が見た目を遥かに越えてることを思いっ切りバラしたぞ、今」

「なにか言いましたか、レイちゃん?」


 口は災いの元。

 その言葉の意味を、風の砲弾で絶賛ぶっ飛び中の俺は嫌と言うほど味わった。


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