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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第二巻
62/314

二章 温泉と異変(9)

「もう一度訊くぞ。てめえは誰だ?」

 俺は声のトーンを落として凄み、睨めつける視線の鋭さを割増して問いかける。

「それってさ、答えないと私、どうされちゃうのかなぁ?」

 日本刀の刃を向けられているにも関わらず、熱帯樹に凭れかかった少女は俺を舐め切った口調で返してきた。サラサラの長髪にオレンジ色のヘアバンド、初夏だというのに着ているセーラー服は冬服、色は濃紺――かと思ったが、アレは黒だな。

 対称的に肌は嘘みたいに色白で、パッチリとした大きな双眸が整った輪郭の中に収まっている。カモシカのようにスラリとした綺麗で長い両足が丈の短いスカートから覗き、背は女子高生にしては高い方だと思う。

 一言で表すなら……まあ、美人だよな。

 こんな場所でなければ、ついつい見惚れてしまいそうなほどの。

「その場合は拘束して監査局に連行だな」

 どう考えてもこの女は一般客ではない。迷い込んできた一般客なら水着姿のはずだ。先程見せた身のこなしも地球人離れしているし、『監査局』という単語を俺が言う前に口にしている。

 それに、こいつの声はあの異獣が現れる直前に聞こえた嘲笑と同じだ。

 警戒しなければならない要素は充分すぎるほど揃ってんだよ。

 黒セーラー服の女は腕を組むと、表情を愉楽に歪めて嗤う。

「ふふふっ。拘束はやだなぁ。だけど、あなたに私を捕まえられるのかしら?」

「やってみればわかるさ」

 相手に名乗る気がないことを悟った俺は足のバネを全開にして跳躍、女までの数メートルを一鼓動で縮める。

 あらかじめ峰に構えていた日本刀で左から右に一閃。胴を打って昏倒させるつもりだったが、それは空気を薙ぐだけで終わる。

「こっちこっち」

 俺の一撃を右に飛んで避け、撹乱するように熱帯樹の間隙を疾駆する黒セーラー服の女。『鬼さんこちら』とでも言うように手招きなんかをするそいつに、俺は少々ムカッときたね。

 追いかけながら俺は女の進路を予測し、手近にあった背の高い熱帯樹を斬り倒すことでその足を数瞬だけ止める。

 数瞬あれば充分だ。俺は進路を塞がれた女に切迫し、周囲の状況を見て逃げ道のない軌道で再び胴を狙う。しかし女は、ふふふっ、と嗤いながら体操選手のように軽やかに飛んで俺の頭上を越えやがった。

 背後を取られた! 俺はすぐさま体を捻って遠心力を乗せた刃を振るう。

 だが――

 キィン!!

 なにか硬い物で防がれた。

 見ると、女は右手に握った真っ黒い刀で俺の日本刀を受け止めていた。あの黒い刀、四条が〝影〟で作ったナイフにそっくりだ。

「てめえも影魔導師か」

「ふふふっ、正解。ついでにもう一つだけはっきりしとくとね、私はあなたたちの敵よ」

 キン! 影刀で俺の日本刀が上向きに弾かれる。瞬間、女は左手に〝影〟を集めて二本目の影刀を生成した。

 ――やばい!

 左手の影刀が俺の腹を突く――その直前、俺はかろうじて身を捩って串刺しを避けた。横腹が浅く斬られ、痛撃が駆け巡り、血が流れる。

「そんな防具を全部剥いだ格好なんてしてると、死んじゃうよ?」

 右影刀の袈裟斬。俺は体を反らして回避する。

 女は即座に影刀を反し、逆袈裟斬に振るってきた。それを日本刀で捌く。

 間髪いれず左影刀の刺突が来る。が、左手を刃に添えるようにして外させる。

 一瞬の隙が女に生じる。無論、俺は逃さない。日本刀を握る手に力を込め、横薙ぎに振るう。今度は峰打ちじゃないぞ。影魔導師とわかった以上、恐らくあのセーラー服は迫間たちのコートと同じ鎧だろうからな。

「ふふっ」

 女は後ろに飛んで俺の刃をかわした。だがそいつは想定内だ。俺は日本刀を捨て、改めて右手に魔力を集中させる。

〈魔武具生成〉――オウル・パイク。

 直訳すると〝突き錐槍〟と呼ばれる、極めて長い四角錐の穂先を備えた槍だ。高い貫通力を持ち、金属鎧を纏った相手にも隙間からの攻撃で効果を発揮する。その全長は三メートル強。生成と同時に槍の切っ先は女の喉元を捉えていた。

「ひゅー♪ やっぱり武器を作り出す力って影魔導師(わたしたち)の〈構築(ビルド)〉に似てるわね」

 影刀を手離し、諸手を挙げる女。でもその口笛なんて吹いている余裕は癇に障るな。状況わかってんのか?

「さて、今度こそ答えてもらうぞ。てめえは何者だ?」

「ふふっ、問い詰められる状況だと思ってるの?」

 女が三歩下がる。

「待て、逃げる気――!?」

 追おうとして俺はそれに気づいた。俺があと一歩でも前進すればそこは杭の中――つまり侵蝕する闇に触れないギリギリのラインに立っていたのだ。

 俺はここから進めない。しかし、影魔導師である女は自由に行動できる。

 迫間と四条が戻ってくる気配はないとなると……詰んだな。俺はあいつを追えない。畜生、状況がわかってないのは俺の方だったってわけか。

「生憎と私はまだやることがあるの。だから監査局のわんこさんに構ってる暇はないの」

 女は人差し指と中指だけ立てた右手でシュッと空を切る。すると彼女の周囲の空間がぐにゃりと歪み、パックリと縦一メートルほどの楕円形の〝穴〟が三つ開いた。……嘘だろ? こいつ、人為的に異世界の門を開けることができるのか?

「ふふふっ。あなたの相手は私の可愛いペットたちがしてあげるわ」

 艶めかしく髪を擦りながら女が言うと、三つの〝穴〟から先程と同じクマ似の異獣が姿を現した。

「まさか、異獣を手懐けてんのかよ」

「異獣じゃないわ。この子たちは影霊(レイス)。『混沌の闇』を漂う思念の塊よ。まあ、監査局にとっては同じことなんでしょうね」

 だから新しい専門用語を出さないでくれ。影霊だかなんだか知らんが、俺はもう異獣で通すぞ。『混沌の闇』がこの次元の別空間にある世界だとしても、異世界は異世界だ。だからそこから現れる獣を異獣と呼んでも問題ないだろ。

 問題があるのは、アレを俺が三体同時に相手できるかどうかだ。三体とは微妙な数字だな。なんとかできそうで、できないかもしれない。

「それじゃあみんな、後はよろしくね」

 窮屈な〝穴〟から出て来ようとしている異獣を女は愛おしそうに見詰め――


 その異獣たちが、四発の銃声と共に〝穴〟の奥へと押し返された。


「「――ッ!?」」

 続いて〝影〟の糸みたいな物体が地面を這い、空間に穿たれている合計七つの〝穴〟を一辺に縫い合わせる。

「あらら、もう追いついてきたんだ」

 意外そうに女が呟いた。どうやら四発の内一発が当たったらしく、左の太股を抑えて引き攣った笑みを浮かべている。

「あのおじさんと戦って勝てないわけじゃないけど、こっちも無事じゃ済まないかな。ふふっ、退散退散と」

「ま、待て!」

 と俺が叫んでいる間に女は闇を纏い、消えた。影魔導師の転移術だ。何度見ても便利すぎるな、アレ。

 俺は悔しげに奥歯を噛み、黒セーラー服の女がいた虚空を見詰める。と――

「チッ、逃げ足の速えガキだぜ」

 何者かがガサガサっと茂みから飛び出してきた。そいつは鍔広の帽子とマントみたいなコートを羽織った黒ずくめの男だった。見た感じ三十代くらいか。手に持っている銀色の拳銃はS&W M36――アメリカ製の警察用回転式拳銃とよく似ている。俺は遠距離武器に関しては専門外だから、詳しいことはわからねえけどな。

「おい監査局のガキ! てめえがもっとうまく引きつけておかねえからだろうが」

「なっ!?」

 いきなりなんなんだこの男は。怪しすぎる。敵か? ……いや、あの暑苦しいコートには非常に見覚えがあるぞ。

「つーか、俺の馬鹿弟子どもはいつまで影霊との鬼ごっこに夢中になってやがんだ。師匠に後始末させてんじゃねえよ」

 どうもイライラしている様子の男にとって、もはや俺は眼中にないらしい。適当に周囲を見回して舌打ちすると、杭の内部――『混沌の闇』の侵蝕を受けている場所へなんの躊躇もなくズカズカと踏み込んでいく。やっぱりこいつも影魔導師か。

 黒帽子の男は銃を握っていない左手を天に翳す。と、周囲の不自然な闇がまるで超重力に引き寄せられるように剥がれ、一瞬にして男の掌上に収斂された。

 ソフトボールくらいの大きさまで凝縮された闇を、ぐっ、と男は豆腐かなにかのように楽々と握り潰す。それからコートの内に拳銃を仕舞い、仕事終わりに一服、とでも言うように取り出した煙草にライターで火をつける。

 俺は呆然とするしかなかった。〝影〟に侵蝕されなにもかもが真っ黒に染められていた箇所は、元通りのスパの姿を取り戻している。

 どゆこと? 一体なにが起こったんだ? 誰か説め……あーいや待て、説明しなくていい。ここで突っ込むとまた謎の専門用語が飛び交いそうな気がする。

 とその時、一陣の風が舞った。

「あらあら、レイちゃんってば私のルートフラグを圧し折ったかと思えば、こんなところで遊んでいたのですねぇ」

「「誘波っ!?」」

 おや? 俺と男の声がハモったぞ。風を纏って現れた緩いウェーブヘアーの少女を見る男は、これ以上ないってくらい嫌そうな表情をしている。たぶん、今の俺も似たような顔なんだろうね。

「あはっ♪ お久し振りですねぇ、クロちゃん」

 誘波は男の姿を認めると、パッとその笑顔の照度レベルを一段階上げた。なんだなんだ? お前ら知り合いなのか?

「……」

 クロちゃんと呼ばれた男はむず痒そうに煙草を燻らし、決して誘波に視線を合わせようとしない。――やばい。俺はあの男とオトモダチになれそうな気がするぜ。

「白峰! 今こっちから銃声がしたけど大丈…………面倒臭え」

「アンタ、まさか〈封緘〉内に入ってないでしょうね! うげっ、師匠に、誘波までいるし……」

 今更になって戻ってきた迫間漣と四条瑠美奈は、それぞれがこの状況を見てまた微妙な表情をするのだった。


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