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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第二巻
61/315

二章 温泉と異変(8)

〈魔武具生成〉――日本刀。


 普段なら殺傷力の低い棍棒系統を真っ先に生成する俺だが、あの異形を見た瞬間にそんな生温い考えは破棄した。

 過去に様々な異獣を見てきたが、アレはなにかが違う。生命の息吹を感じないというか、とにかく倒さなければならないという恐怖にも似た感情が体中に駆け巡ったからだ。

「アンタは来ないで!」

 加勢しようとした俺に四条が叫ぶ。その理由はすぐにわかった。開いた三つの〝穴〟から例の闇が徐々に広がってきている。あの闇に触れてしまうと俺まで影魔導師の仲間入りだ。流石にそれはちょっと遠慮させてもらいたい。

「漣! 早く〈封緘スィール〉を!」

「わかってるよ、瑠美奈。師匠ほどうまくできねえから期待はすんなよ」

 言いながら迫間は左右の手で中空から〝影〟を掬った。半液体状に見えるそれを、両手の中で魔力を込める感じに練り、捏ねる。

 ダメだ。隙が多い。そこを異獣たちは待ってはくれない。

 ヴォオオオオオオッ!

 思わず竦み上がってしまいそうな咆哮を上げ、異形の四足獣は三方向から迫間へと殺到する。

 前足の鋭い鉤爪、裂けた大口に並ぶ極太い牙、クマほどの巨体による突進、どれを食らっても常人なら即死は免れないぞ。

 しかし、異獣たちは迫間に触れることもできなかった。

「ちょっと大人しくしてもらうわよ」

 四条が〝影〟の帯で異形たちの動きを封じたからだ。俺ですら目で追うのがやっとの早業だったな。〝影〟の帯で雁字搦めにされた異獣たちは、どうにかして振り解こうともがき暴れている。

「くっ、漣、あたしの〈束縛(チェイン)〉でも三体だとそんなに持たないわよ」

 苦悶の表情を浮かべる四条。助けに行きたいが、残念ながら俺はあの戦場には入れない。

 本当に俺は見てるだけしかできないのか? なにかやれることがあるんじゃないのか? こんな時に銃のような遠距離系の武具を生成できればいいんだが……くそっ、なんて歯痒いんだ。 

「よし、術式が組めたぞ!」

 迫間が〝影〟を纏った右手を天に翳す。

 瞬間、迫間の集めた〝影〟が三百六十度四方に爆散して展開される。それは空中で杭と鎖の形を成すと、地面に深々と突き刺さって〝影〟の侵蝕を防ぐバリケードとなる。

「あ、危ねえ」

 すぐそこまで侵蝕が近づいていたことに気づき、俺は肝を冷やした。迫間の術式があと数秒遅かったら、俺は文字通り日影者になっていただろうね。

 と、目の前に霧状の闇が噴き上がる。

 迫間が四条を抱えて転移してきたのだ。敵の方を見やると、クマ似の異獣たちは〈束縛〉とかいう〝影〟の帯を鉤爪で引き裂きながら威嚇するように睨み唸っている。

「白峰、お前、面倒臭いからもう少し離れてろ」

 敵から決して目を離そうとしない迫間に注意された。口では面倒臭いとか言ってるけど、こいつは俺が初めて見る真剣な表情をしてやがる。マジだ。

「なあ、俺にできることはないのか?」

「ないわ。アンタは見張りを続けてなさい」

 お団子頭の四条にきっぱりと切り捨てられた。……なんだよ、影魔導師の世界では俺は守られるだけの一般人ってわけなのかよ。まあ、考えなくてもそうだとはわかるさ。入ることのできないフィールド内の戦闘に、近接武具でしか戦えない俺になにができる。せいぜい、二人の無事と勝利を祈ることくらいだろうね。


 ――ああ、納得いかねえな!


 チャ、と俺は日本刀を中段に構える。

 日影者?

 ハッ、上等だ。

「やめろよ、白峰」

 一歩踏み出そうとした俺は、迫間に手で制された。

「もし〈封緘〉内に入ろうとしたら、俺はお前をぶん殴って止めるからな。頼むから、俺らの目の前で俺らと同じにはならないでくれ」

「……」

 一瞬、迫間の声が悲しげに聞こえたのは気のせいか? いや、この二人は頑なに俺を闇に触れさせまいとしていた。俺に見張りをやれと言ったのも、異界監査官や影魔導師の存在を知られたくないからというだけでなく、自分たちと同じ境遇の者を生み出さないためなんじゃないか?

 二人の心情を悟った俺は、血の昇りかけた頭が一気に冷めちまった。……らしくなかったな。

「だが、相手は三体だぞ? 大丈夫か?」

「アンタってやっぱり馬鹿だわ」四条が嘆息し、「脳味噌も小さければ耳も飾り、あたしたちがピンチに見えるってことは目も節穴ね」

「なんだとコラ」

 このチビはいちいち口が悪い。

「いいから、俺らを信じてお前はなにもするな。影魔導師の戦いってのを見せてやるよ。面倒だけどな」

 こちらを一瞥して微笑した迫間は、地面に向かって手を突き出した。なにをする気だと怪訝に思っていると、完全に自由になった異獣の一体がその巨体からは想像できない跳躍で飛びかかってきた。

「来い――〈黒き滅剣(ニゲルカーシス)〉」

 迫間が集中した声で唱えるように言う。すると、迫間の足下の〝影〟が不自然に隆起し、なにか縦長い物体がタケノコのように生えてきた。

 迫間は右手でそいつを掴み、引き抜く。それはいつぞやに魔王ダンタリアンを一刀両断してみせた漆黒の両刃大剣だった。

 後足で立ち上がったクマ似の異獣が鉤爪で迫間を引き裂かんと狙う。対する迫間は、剣尖から柄尻まで真っ黒なそれを掬い上げるように軽々と一閃。鉤爪の前足は清々しいくらいあっさりと切断され、クマ似の異獣は悶絶しながら後ろ向きに倒れ転がった。

 異獣の切断面からは、血の代わりに〝穴〟から零れるものと同じドロドロの闇が流れている。下手に血を見るより気持ちが悪いぞ、アレ。

 ヴォオオオッ!

 仲間がやられたのを見て、残りの二体も突撃してくる。怒ってる、って感じではないな。そういう感情は恐らくあの異獣にはない。

「瑠美奈!」

「任せて」

 前に出た四条は開けたコートの内側に両手を突っ込んだ。そしてそこから〝影〟で構成されていると思われる黒いナイフを八本、指と指の間に挟んで取り出す。

 好戦的に唇を歪め、黒コートをはためかして高々とジャンプした四条は、猛進してくるクマ似の異獣へ全てのナイフを同時に投擲した。なんて器用さだ。

 一体につき四本のナイフが刺さり、さらにそのナイフからどういう仕組みなのか雷撃に似た黒いプラズマが迸った。

 ヴルォオオオオオオッ!?

 絶叫し、もがき苦しみのた打ち回る異獣に勝ち誇った笑みを浮かべる四条。その背後、片前足を失った最初の異獣が彼女の小さな頭を噛み砕かんと迫る。

 危ねえ! と俺が叫ぶ前に、

「――存分に喰らえ」

 クマ似の異獣は迫間の大剣で滅多切りにされた。俺も時折ヘビー級の武器を使うけど、一瞬であれほどの大剣を振り回す迫間の腕力と技術は驚嘆に値するな。

 斬り刻まれた異獣は断末魔の叫びと共に闇の液体へと変化した。その液体は地面に落下することなく、迫間の大剣に吸い込まれる。

 は?

 なんだ、今の?

 なにが起こったんだ?

「〝影喰み〟。それが漣の剣――〈黒き滅剣〉の能力よ」

 四条が簡潔に説明する。

「かげはみ?」

 頼むからもうこれ以上専門用語を出さないでくれ。わけがわからんなる。

「『混沌の闇』の〝影〟を吸収して力に変換することができるってこと」

「こんな風にな」

 迫間が大上段に剣を構える。次の刹那、その剣身が何倍にも巨大化した。……いや違う。巨大化ではなく、オーラのように纏った〝影〟が刃の形を成しているみたいだ。

 影纏う大剣を迫間はなんの躊躇いもなく振り下ろす。四条のナイフと黒雷撃に苦しむ異獣との距離は十メートルほど離れているが、〝影〟の刃は余裕で届く。たぶん魔王ダンタリアンもこの技で倒したのだろう。

 しかし――

「ありゃ、外した」

 距離が離れていると狙いも狂い易いようだ。〝影〟の刃は異獣たちの僅か脇を掠り、そこにあった複数の熱帯樹を纏めて薙ぎ倒した。

 すると、異獣たちはナイフが刺さったまま身を返して逃走しやがった。もしかして、恐怖の感情はあったりするのか。

「なにやってんのよ漣! 追うわよ!」

「わかってるから手ぇ放せよ面倒臭え」

 咄嗟に駆け出した四条に引っ張られる形で迫間も足を動かす。すぐに二人の姿は奥の闇へと消えていった。

 一人残された俺は……さてどうしたもんか。

『いいから、俺らを信じてお前はなにもするな』

 迫間の台詞が脳内にフラッシュバックされる。まさか他の異界監査官から『信じろ』なんて言われる日がくるとは思わなかったな。

「信じる、か。いい言葉だ。俺は好きだね」

 俺はあいつらの実力を知っていたはずだ。あんな異獣なんかに後れを取るわけがない。『混沌の闇』なんていうやばいもんを見せられて、恥ずかしいことに俺はそんなこともわからないくらい混乱していたのだろう。

「ん?」

 その時、後方から人の気配。話し声が聞こえる。

 見れば、立ち入り禁止の表示を越えてきたらしい若い男女が肌を寄せ合うように歩いていた。四条の言う通りだな。本当にアホがいたよ。

 任されたからには、俺は俺の仕事をきちんとやらないとな。後で四条に殴られる。

 適当に関係者を装って、適当に毒蛇が出るとか理由付けしてお引き取り願おう。そう考えてバカップルの下へ駆け寄ろうとした俺の視界に、そいつは映った。

「――なっ!?」

 迫間たちが追っていった異獣の一体が戻ってきていた。しかもカップルへ向かって突進してやがる。俺はてっきり、あの異獣は〈封緘〉とかいう術式の外には出られないと思っていた。どうやらその認識は間違っていたらしい。

 迷いなく俺は地面を蹴ったね。杭の外だったら俺は存分に暴れられる。生成した日本刀を消してなくてよかった。

 異獣が立てる重たい足音にカップルも気づいたようだ。そして茂みの中から飛び出した異形にこの世の終わりを見たような顔で悲鳴を上げる。

 クマ似の異獣が岩をも抉り取りそうな鉤爪を振るい――

 ――ガキィン! と金属音を響かせ、間一髪で俺が日本刀で受け止めた。

「ぐ……」

 凄まじい衝撃に吹っ飛びそうになるが、俺は歯を食い縛って堪える。

「あんたら早く逃げろっ!」

 俺の叫びで正気づいたカップルは、転びそうになりながらも一目散に逃げ出した。「クマだぁーっ!?」とか喚いていたから、こいつが異世界の生物だとは気づいていないみたいだな。

 鉤爪を弾き、俺はバックステップで距離を取る。改めて見ると本当におぞましい異形だ。全身真っ黒けの体は溶けかけの粘土のようで、唯一目だけが赤く爛々と輝いている。

 異獣は飛びかかるタイミングを計っているのか、じりじりと距離と詰めてくる。右前足の付け根と額、それから胴体に四条のナイフが突き刺ささっていたが、雷撃は収まっている。


 ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 咆哮し、猛然と四足で大地を叩いて襲来する異獣。その鉤爪の一撃を、俺は体を横に一歩分ずらしてかわす。大振りをスカしてよろめく巨体、そこに日本刀の刃を袈裟斬に叩き込む。

 半液体状の闇が血の代わりに噴き出す。少し返り血――もとい返り闇を浴びてしまったのですぐに払い落す。大丈夫とは思うが、あまり触れない方がいい気がするからな。

 異獣はまだ死んでいない。流石に致命傷は与えられなかった。

 圧し掛かる勢いのクマパンチが飛んでくる。俺は横っ跳びで避け、背後に回り込む。クマパンチを受けた極太の熱帯樹がメキメキと音を立てて倒れる。

 俺は異獣の背中を蹴って高く跳躍する。日本刀を逆さに持ち直し、重力の力も上乗せして思いっ切り異獣の頭部を刺し貫いてやった。

 ヴグォオオオオオオオオオオオオオオオッ!?

 絶叫。

 異獣が激しく暴れたことで俺は振り落とされる。日本刀は俺の手から離れたために魔力が分散して消失してしまった。

 ドロッ。

 異獣の巨体が液状化したかと思えば、すぐに夜闇に溶けて消え去った。どうやら倒したみたいだ。

 ほっと息をつき、俺は念のため周囲を見回す。残りの一体はこちらには来ていない。となると、後は放っておいても迫間と四条が倒してしまうだろう。

 あとはあいつらが戻ってきて〝穴〟の修復作業を行えば万事解決だな。

 でもその前に――


「で? てめえは誰だ?」


 俺は再び日本刀を生成し、背後を振り向きざまに一閃する。そこにあったカジュマルの樹に斜めの線が入り、居合の達人がダイコンを切ったように綺麗にスライドして倒れた。

 樹の裏側だった場所から人影が忍者みたいな動きで飛び退く。俺は警戒心のレベルを跳ね上げ、別の熱帯樹に凭れかかったそいつに刀の切っ先を突きつける。

「気配を消すのがうまいようだが、あの異獣を倒した瞬間に微かに驚きが漏れていたぞ」

 と言う俺に対し、

「ふふっ。意外と鼻が利くのね、監査局のわんこさんは」

 高校の制服と思われるセーラー服を身につけた少女が、不敵に笑っていた。


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