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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第二巻
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二章 温泉と異変(7)

 俺、迫間、四条は三人並んでスパの奥地を目指していた。

 道の随所に案内板や全体マップがあるほど、この施設は広い。加えて視界を塞ぐように背の高い草木が生い茂っているもんだから、冗談抜きで迷子になりそうだ。少なくとも俺は迷ったやつを笑ったりはしないね。


《――からお越しの白峰零児ちゃん、温泉スライダーの前でお姉ちゃんが待っていますよ》


 俺を勝手に迷子にしたやつは後で切り刻んでやるけれど。

「呼んでるわよ?」

「知らん。人違いだ」

 今の放送のおかげで俄然戻る気が失せてきた。こうなったら影魔導師の仕事とやらにとことんまで付き合ってやる。

「つーか、今まで突っ込むの控えてたけど、お前らコート脱げよ。周りから変な目で見られるだろうが」

 前の大きく開いたロングコートをマントみたいに羽織って、格好つけているつもりなのだろうか? 見てるこっちが恥ずかしいぞ。

「それができたら、最初から着てないわよ」

 四条が露骨に嫌な顔をする。

「あん? どういうことだ?」

「俺らも好きでこんな面倒臭いコートを羽織ってるわけじゃないってことだ」

 と相変わらず億劫そうに、迫間。指摘すれば絶対に四条辺りからファンション自慢が飛んでくると踏んでいた俺は、予想外のシリアスな反応に少々戸惑った。

「えっと、カッコイイって思ってるんじゃないのか?」

「馬鹿言わないでよ! 寧ろダサいわよこんなの!」四条が犬歯を剥き出しにし、「別に隠す必要なんてないから教えてあげるわ。このコートはね、あたしたち影魔導師にとって命に関わる重要なアイテムなの」

『命に関わる』なんて重たい台詞に、俺はさらに混乱して迫間を見る。一日中寝て過ごしたいと訴えているような顔こそ普段通りだが、四条の言葉が嘘ではないと雰囲気が語っている。

 四条が続ける。

「戦闘においては下手な鎧より頑丈な防具になるし、コートの内側にできる影は武器にもなる。でもそんなのは飾りで、コートの意味は光の影響を大幅に軽減してくれることにあるの」

「悪い、よく意味がわからんのだが?」

 素直に言うと、四条の口からあからさまな舌打ちが聞こえた。やめてほしい。どこぞのメイド人形のせいで俺は舌打ちされるとけっこうイライラしちまうんだよ。今回は理解力のない俺が悪いから自制するけれど。

「アンタのマイクロ脳味噌でもわかるように言うとね」

 その頭の団子刈り取ってくれようかこのチビ。……いかん、自制自制。

「あたしたち影魔導師は光に弱いの。コートなしで直射日光なんて浴びたら一秒で気絶、早ければ一分で死ぬわ。まあ、その辺の電灯くらいなら大したことはないんだけどね」

「……マジか」

 初めて知ったその事実に、俺は先程の苛立ちなど吹っ飛んでいた。つまり迫間と四条は、コートなしでは日の下を歩けない体だってことだ。そのくらいの理解力は俺にだってある。

 この二人は数年前に影魔導師になったと聞く。ということは、それ以前は普通の人間だったってことになる。

 影魔導師の異能はどっかの異世界と関わることで発現する、みたいなことを前に話していたな。突然そんな体になったってことか? だとしたら、悲しすぎるだろ。

「言っとくけど、同情なんてしたら殴るわよ」

「右に同じく」

 俺の顔から感情を読み取ったようで、なにか言う前に二人に釘を刺されてしまった。どうやら俺はすぐに顔に出るタイプらしい。今度から気をつけなければ……。

 強いな、俺はそれだけ思うことにした。


 そうこうしているうちに、俺たちは関係者以外立ち入り禁止の表示テープが張られている場所へ辿りついた。

「この先よ」

 四条が淡々と告げる。

 俺たちは周辺に人がいないことを確認し、テープを飛び越えて立ち入り禁止区域内に侵入する。いいのかよ、と思ったが、俺はともかく迫間と四条は『関係者』なのだろう。

 本来ならこの先もジャングル風呂が続いていたはずだ。木々の隙間から隠れ湯的な浴槽がちらほら見つかるけど、そこに水は溜まっていない。だが、手入れの滞り具合から判断して立ち入り禁止になったのは最近のようだ。

 空はとっくに淡黒い。たぶんもうコートを取ってもいいのだろうけれど、二人はそれをしようとしなかった。夜だからといって安心はできないのだ。不意に強烈な光を浴びることだってあるからな。

 と、俺はどことなく違和感を覚えて周囲を見回す。

「……なんか、暗くないか?」

 夜になったのだから当然だ、というのはわかっている。でも、それだけではどこか不自然だ。施設内の照明が消えているわけでもないのに、進むにつれて本物の樹海のような薄ら寒い暗闇が広がってくる。

「アレのせいよ」

 すっと四条が指し示したものを見て、俺は驚愕に目を瞠った。

「なんだアレは!?」

 擂鉢状の岩風呂を中心に、施設の一部がまるで大量のペンキをぶっかけたかのように真っ黒に染まっていたのだ。

 岩風呂の浴槽はヘドロのようなものが溜まっており、真上の空間は陽炎みたいに歪んでいる。

 それは『次元の門』と酷似しているが、決定的に違うところは、歪みの中央に楕円形の〝穴〟が穿たれていることだ。〝穴〟の奥はドロドロの闇が蠢いており、こちら側へと少しずつ流れ込んできていた。

 が、闇は広がる様子を見せない。岩風呂の周囲には幾本もの杭が打たれ、鎖で円形に囲われている。杭と鎖は四条が使う帯と同様に〝影〟で作られているようで、どうやらそれが闇の浸水を食い止めているらしい。

 異常だ。俺はこんな『次元の門』を見たことがない。

 いや、そもそも、これは『次元の門』なのか?

「『混沌の闇(ケイオス・ダーク)』。俺たち影魔導師は、この異界をそう呼んでる」

 闇の吹き溜まりを眺めながら、迫間が呟くようにそう言った。俺は聞いたことすらない単語に眉を曇らす。

「けいお……なんだって?」

「『混沌の闇』よ。一回聞いたら覚えなさい。どんだけ脳味噌の容量少ないのよ。それとも耳が遠いのかしら?」

 聞き返した俺に四条が侮蔑の眼差しを向けてきた。全く持って可愛げがないな、このチビ。

「待て待て、こんなところで喧嘩売るなよ面倒臭え。瑠美奈、お前が白峰に手伝い頼んだんだろ。ちゃんと説明してやれよ」

「拝み倒す感じに頭下げたのは漣じゃなかったかしら?」

 言い返されて、ぐっ、と黙り込む迫間。「まあいいわ」と四条は小さく息をつくと、くりっとした黒真珠のような双眸で俺を見上げてくる。

「いい? 二度は言わないからしっかり頭に入れなさい。『混沌の闇』は普通の異世界じゃないわ。異世界って普通は別の次元に在るけど、アレは同じ次元の別の空間に存在している異界。例えるなら〝世界の影〟ね。あたしたちは〝裏世りせ〟なんて呼ぶこともあるけど」

 話を聞いた俺は慄かざるを得なかった。この世界の裏側にはあんなおぞましいものがあるってのか?

「そしてなんでか知らないけど、『混沌の闇』は表側――つまりあたしたちの世界を侵蝕しようとするの。〝穴〟の周りが真っ黒になってるでしょ。アレが侵蝕された状態で、放っておいたら闇に呑み込まれて消滅するわ。だからそうなる前に、あたしたちがあの〝穴〟を塞がなくちゃいけないの」

「それがこれから行う影魔導師の仕事ってわけか」

 納得した調子で俺が言うと、四条は満足げに「そうよ」と頷いた。

 要はあの異世界を放置していたら、まずこのスパリゾートから喰われるってことだ。ここには大勢の一般人がいるから、早くなんとかしないと大変なことになる。

 最初は関わりたくなかったが、どうやらそんなことを言える状況じゃないみたいだ。

「で、俺はなにを手伝えばいいんだ?」

 俺は影魔導師じゃないが、異界監査官だ。異世界絡みでこれほどの危険を知ってしまったからには、おいそれと退くわけにはいかねえだろ。

 迫間が頭を下げてまで頼んだんだ。きっと、俺の役割は異界の侵蝕を防ぐ上で相当に重要なポジションなんだろうね。やる気出てくるじゃねえか。

「アンタには見張りをやってもらうわ」

「ああ、任せろ……って、はい?」

 今、四条はなんて言った? 聞き間違いじゃなければ物凄く微妙な仕事に聞こえたが……。

「時々いるのよね。探検気分で立ち入り禁止を越えてくる馬鹿とか、人気のないところでイチャイチャしようとするカップルとか。そういうのを、アンタに追い払ってもらいたいのよ」

「師匠がいれば、人払いの結界を張ってくれるんだけどな。面倒臭えだろうけど、頼むぜ白峰」

 迫間にポンと肩を叩かれる。

「え? なに? 本当にそれだけかよ?」

「それだけってなによ? 見張りは重要よ? 昨日なんてチャラチャラした不良があたしたちをカップルと間違えて絡んできて、危うく〝穴〟に呑まれそうになったんだから」

 いやお前らもうカップルでいいんじゃないか? とは口が裂けても言えなかった。

「昨日ってことは、〝穴〟を閉じる作業は何日もかかるもんなのか?」

 空間修復なのだから、難しそうではあるけれど。

「作業自体はすぐ終わるわ。だけど、最近このスパ内で頻繁に〝穴〟が開いてるのよ。こんなこと今までなかったわ。異変としか思えない」 

 四条の口調と表情は深刻な色を孕んでいた。彼女の横顔を見てどれほどのイレギュラーが発生しているのか、俺はなんとなく察した。恐らく、リーゼをこの世界に連れてきた時と同等かそれ以上の異変だ。

 数歩前に出た四条が首だけ動かして俺に振り返る。

「〝穴〟を〈縫合〉する前にアンタに忠告するけど、あの杭の中には絶対に入らないこと。いいわね? アレは〝影〟の侵蝕を抑制する〈封緘〉って術式なの」

「入ったら、どうなるんだ?」

「一生この面倒臭えコートを着ることになるぜ」

「そりゃ大変だ」

 皮肉っぽく自分のコートをピラピラする迫間に、俺は苦微笑を返して一歩下がった。好奇心猫をも殺すと言うが、これに関しては聞いといてよかったな。なにも知らなければ俺はあそこへ入っていたかもしれん。

 迫間と四条が鎖を跨ぎ、杭の内部――闇溜りの岩風呂へと降り立つ。俺は遠目に二人を眺めつつ、侵入してくるアホがいないか気を配る。

「始めるわよ。いつも通りあたしが〈縫合〉するから、漣は侵蝕の払拭をお願い」

「了解っと」

 目配せをする影魔導師の二人。そこには何者にも割り込めない強い信頼関係がある気がした。なんかあいつらを見ていると俺も昔を思い出すなぁ…………おっと、見張りに集中しねえと。

 四条は〝穴〟に向かって右手を伸ばし、迫間は両手を大きく広げる姿勢を取った。

 と、その時――


 ――ふふふっ。


 何者かの、嘲笑するような声が微かに俺の耳へ響いた。

「誰だ?」

 幻聴……ではない。そう思えるほどに小さな笑い声だったが、確かに聞こえた。

 早速どっかのアホが立ち入り禁止を越えてきたのかと考える。しかし、見渡せど誰もいない。その辺の樹木に隠れている可能性もあるが、少なくともこの近くに俺たち以外の気配は感じない。

 やっぱり気のせいか? 俺がそう思い直そうとした次の瞬間――

「な、なによこれっ!?」

 背後から、四条の悲鳴が聞こえた。

 即座に振り返る。

「なっ、嘘だろ?」

 俺は自分の目を疑いたくなった。背後にあった『混沌の闇』への〝穴〟が、謎の声に気を取られている隙に四つ・・に増えていたのだ。

 しかもそれだけではない。四つのうち後から開いたと思われる三つの〝穴〟を押し広げ、三体の異形が現れる。

 それは幼稚園児が粘土細工でクマを作って失敗したような、酷く不細工な四足獣だった。

「異獣か!」

 俺はすかさず右手に魔力を集め、武器を生成する――。


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