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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第二巻
58/315

二章 温泉と異変(5)

 祝ノ森リゾートガーデン。

 なぜ『庭園(ガーデン)』なんて名称がついているのか、ここへ来て俺は嫌でも理解させられた。

 城の裏手に広がっていた森――その一部が、この旅館の混浴スパリゾートになっていたんだ。

 スパ内は植物園のように草木が繁っており、ほとんどが熱帯樹で構成されている。いわゆるジャングル風呂ってやつだ。見た感じ開閉式ドーム構造になっているようで、今日みたいに晴れている日などは屋根をオープンにしているらしい。

 てか、広いな。東京ドームくらいあるんじゃないか? 行ったことないけど。

 入口から見渡せるだけでもかなりの数の温泉が目につく。普通の岩風呂や檜風呂もあれば、運河のような回流式の浴槽に小規模な探検洞窟、人口の滝、おいおいスライダーなんてものもあるぞ。プールかよ。

 よくこんな施設を維持できるなと思ったが、もしかしたら一般化されていない異界監査局の技術を用いているのかもしれない。誘波の鶴の一声があれば不可能じゃないしな。

「まだか……まだなのか……」

「あんまりそわそわするなよ、桜居。不審者に見えるぞ」

 桜居はさっきからかけ湯の前を行ったり来たりしている。石鹸でも仕掛ければ盛大にすっ転びそうだ。

「なんでお前はそんなに落ち着いていられるんだ、白峰」

「期待するだけ損だからだ」

 周りの一般客を見る限り、女性用のレンタル水着は無地のライトグリーンで、タイプは量産品と思われるビキニとワンピースの二種類しかない。あれでは俺たちのトランクスと同じでなんの面白みもないな。


「損するかどうかは実際に見てから決めてくださいねぇ、レイちゃん」


 おっとり間延びした、独特の口調。

 なにかを企んでいるようにあえて背後から近づいて来やがったそいつらに対し、果たして俺は振り返るべきなのだろうか?

 とか頭で考えているにも関わらず、悲しいかな、俺の体は反射的に動いていた。

 そして、俺は言葉を失った。

 桜居なんかはガチで言語機能に支障をきたしたように、ポカンと口を開けたまま放心している。


 そこにいる女性陣が、誰一人としてレンタル水着を着用していなかったからだ。


「レージ! ここ凄い! いろんなフロがあって面白そう!」

 早く入りたくてうずうずしている様子のリーゼは、腰回りにフリルのついたツーピースの赤い水着だった。色白の瑞々しい肌に華奢な手足、発展途上の胸は寄せて上げているのかいつもより主張を強くしている。カナヅチだからだろう、オプションとして浮き輪を持っていて、それが見た目と相まって子供らしい可愛らしさを醸し出している。

「レージ?」

 石化したように固まっていた俺を不審に思ったのか、リーゼはツーサイドアップに括った頭をきょとんと傾げてくる。

 ……。

 …………。

 …………かわえぇ。

 ――ハッ! 違う俺はロリコンじゃないっ!?

「ゴミ虫様、あまり汚らわしい視線をマスターに向けていると屠殺安定です」

 俺の心を読んだかのようにレランジェが右手の殺人兵器を翳してきた。おかげで俺は金縛りから解放される。

「してねえよ! というか、お前は水大丈夫なのか?」

「チッ! この通り、レランジェの防水性はバージョンアップ安定です」

「その舌打ちの意味がわからない」

 レランジェは両手を広げるようにして自分の体を見せてくるが、どこで防水性を判断したらいいのかさっぱり謎だった。ただそのとても人形とは思えない生き生きとした体には、いつものゴスロリメイド服ではなく、黄色いラインの入った濃紺のピッチリとした水着が……

「なんで競泳用?」

 水泳大会でも行われるのだろうか?

「それはもちろん、レイちゃんのフェチを知るためにいろいろと用意したからです」

「やっぱりお前の仕業かっ!」

 そんなくだらないことのためにわざわざ皆の水着を揃えるとは……誘波、お前の思考を俺が理解できる日は一生来ねえな。

「あらあら、その顔だと旧スクの方がよかったですか? 存外にベタな方がレイちゃん受けするのですね」

「やかましい! 違うわ!」

「それよりもレイちゃん的に私はどうですかぁ?」

 俺の変態性を意図的に上げやがったくせに、それよりも……だと? くそ、一般客がいなければ日本刀を生成してその首刎ねてやったのに!

 ニコニコ笑顔を振り撒きながらその場でくるっとターンする誘波は、水色のセパレーツに色鮮やかなパレオを巻いていた。十二単を纏っている時と比べてやたら胸が大きく見えるので、正直、お子様リーゼや競泳レランジェより目のやり場に困る。

 まさか一日に二種類、こいつが着物じゃない格好をしている姿を見ることになるとは。人生、なにが起こるか本当にわからないもんだな。

「レイちゃん、感想を仰ってくださいな」

 こちらを挑発するように腰に手の甲をあてて前屈みになる誘波。魅惑的な谷間が露になり、豊満な双丘がたぷんと揺れ――る瞬間、俺は決死の眼球運動でそれを目撃することを回避した。セーフ。

 その視線の先で、鼻血を曲芸のように噴出させて大の字で倒れている桜居を発見。危ない。一歩間違えれば俺もダメージを喰らっていた。

「に、似合ってるんじゃねえの? お前に悩殺された桜居があそこで伸びてるのが証拠だ」

 俺はなにがなんでも誘波を見ないようにしながら適当にそう言った。このアホ波は俺をからかうためならば一肌でも二肌でも脱ぎそうな勢いだから厄介なんだよ。

「あはっ♪ 普段ツンデレのレイちゃんに誉められると気持ちがいいですぅ」

 誰がツンデレか!

 とそこで、俺はこの場に女子が三人しかいないことに気づく。

「そういえば、セレスがいないぞ?」

 当然のようにいるもんだと思っていたが、他のグループと行動しているのだろうか。

「ああ、セレスちゃんならあそこですよ」

 ゆるりとした動作で誘波が指を差す。

 俺がそちらに顔を向けると、そこには…………なんだ、あれ?


「ほーらセレスはん、恥ずかしがってなんかないで、みんなんとこ行こや」

「こ、断る。こ、ここここんな姿を殿方に見せるなど、あ、ありえない」

「ええからええから。寧ろ思いっ切り見せたり」

「む、無理だぁあっ!」


 ショートタンクトップにショートパンツといったボーイッシュな水着の稲葉レトが、雪だるまみたいに白くて丸っこい物体を引きずっていたのだ。

 その白くて丸い物体が、バスタオルで全身を何重にも包んで蹲っているセレスだと理解した時には既に、俺たちとの距離は五メートルほどまで縮まっていた。

「なにやってんだ、セレス?」

 俺は白だんご状態のセレスを見下ろしつつ訊ねてみた。するとこちらの視線に気づいた彼女は、ぼふん! と一瞬にして顔を真っ赤にさせる。

「れ、零児!? み、見るな! 騎士の私がこのような羞恥を晒すわけにはいかないんだ。頼む、向こうへ行ってくれ」

 現状の白だんご姿も楽しいくらい滑稽なのだが、この様子だと本人はそこまで気が回ってないな。放っておいたら俺らまで奇異の眼差しを向けられそうだ。

 仕方ない、ちょっと言ってやるとするか。

「セレス、よく考えてみろ。そうやって丸くなってるよりは、誘波みたいに堂々と見せつけていた方が周囲の目としては変に映らないぞ?」

「う……そ、それはそうだが……しかし……」

 なおも渋るセレスは、どうしてもバスタオルを脱皮することに抵抗があるらしい。彼女の世界では海水浴とかそういった娯楽はなかったのかもしれない。

「面白い格好してるわね、お前。なにそのまん丸? この〝魔帝〟で最強のわたしに蹴り転がされたいの?」

 ニィと唇を愉しげに歪めたリーゼが、その小さなあんよで、げしっ、とセレスの背を足蹴にする。なるほどセレスを挑発してタオルを取らせようという作戦か――と思いきや、違う。このお嬢様のガキ大将みたいに勝ち誇った表情、絶対に素で馬鹿にしているな。

 だが、それはそれで効果ありだった。

「ふ、ふざけるな、〝魔帝〟リーゼロッテ」

 セレスが翠眼に強い意志を取り戻し、バスタオルは巻いたままだが、立ち上がったのだ。こいつは大きな進歩だ。

「私だって本気を出せばこの程度の羞恥になど堪えられる。私の不甲斐ない姿を貴様に馬鹿にされるくらいなら、このような布切れなど……」

 バスタオルに手をかけたセレスは、ちらりとなぜか目だけで俺の方を見る。

「このような、布切れなど……布切れ……など……」


 ぐぐぐ、とタオルを掴む手が力み、


 かぁあああ、と火が出そうな勢いで更に顔を赤熱させ、


「や、やっぱり無理だぁあああああああああああああああっ!!」


 ペタンとその場にへたり込んでしまった。

「こりゃ重症だ」

 俺の呆れた声に、苦笑する稲葉が「せやね」と肩を竦めて同意する。これ以上はなんかイジメになりそうだ。セレスには悪いが、更衣室か部屋に戻ってもらった方がいいだろうな。

 と――

「あらあら、見てられませんねぇ」

 見かねたらしい誘波がクスクスと笑いながら優しくセレスに言いかける。

「こういうことは最初の一歩が肝心ですよ、セレスちゃん。私がお手伝いしてあげます」

 ヒュッ。誘波が手で軽く空気を薙いだ。

 瞬間、小さな竜巻がセレスを包み、ばさっと体に巻いていたバスタオルを器用に剥ぎ取った。

 ひらひらと宙を舞っていくバスタオルが、俺にはなぜかスローモーションのように映る。

 なにが起こったのか理解できていないセレスは、呆然。

 理解している俺もセレスの姿を見て、唖然。

 セレスは極めて布面積の薄い、白地のマイクロビキニを着用していたのだ。白磁の肌に豊かな胸、モデル顔負けのスレンダーなボディが相当な露出度で視界に飛び込んでくる。

 周りの一般客から「おおっ!」なんて歓声が上がる。

 高潔でプライドの高い彼女が自分からこんなものを着るわけがない。着せたのは、向こうでそそくさと退散してやがる人で遊ぶことが生き甲斐の変態だ。

 あわわわ、とセレスは顔だけでなく全身が茹でダコみたいに赤くなる。なんかセレスの凹凸ある体型にショックを受けてポカンとしてらっしゃるリーゼお嬢様は置いといて、俺はとりあえず声をかけてやるべきなんだろうな。

「あ、えーと、セレスさん?」

「ひっ、み、見るなぁあああああああああああああああああああああああッッッ!?」

「ぶべらぁあっ!?」

 俺の顔面に鉄拳を減り込ませたセレスは、「うわああああん!?」と泣き叫びながら女子更衣室の方へとダッシュした。もはや騎士のプライドもあったもんじゃない。

 それで俺はというと、殴られた衝撃で錐揉み状に吹っ飛んでたりするわけで……誰か止めてください。あと顔面が死ぬほど痛いです。

「なんだ? なんの騒ぎ――ごがっ!?」

 一般客の誰かにぶつかった俺は、その客ともみくちゃになりながら一際太い熱帯樹に激突し、停止する。

 軽く十メートルは飛んだ。なんつう馬鹿力だ、セレスのやつ。そして俺、よく意識を保ってられたな。

 ――あっ。関係ない客を巻き込んだことを思い出した俺は即座に立ち上がって頭を下げる。

「す、すみません! ちょっとこちらでトラブルがあって。大丈夫でした――ん?」

「いや、謝罪なんて面倒臭いことはしないでくれ。こっちもぼーっと突っ立ってたのが悪い――あ?」

 俺と高校生くらいの男性客は、互いの顔を見た瞬間、ほぼ同時に変な声を上げた。

 この億劫そうな表情と口調、そして温泉に入っているにも関わらずマントのような黒いロングコートを羽織った怪しい男を、俺は一人しか知らない。

「お前、迫間」

「白峰か?」

 なにかしらの任務とかで旅行には参加していなかった影魔導師――迫間漣が、この場にいる。

 瞬時に事態の異様さを判断した俺と迫間は、最大限の面倒臭そうな表情を作り、はあぁ、と同時に大きな溜息を零した。


「こりゃまた――」

「――面倒臭そうなことになりそうだぜ」


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