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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第二巻
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二章 温泉と異変(1)

 俺の家に居候している〝魔帝〟ことリーゼロッテ・ヴァレファールは、常に魔力が増え続けるという体質を持っている。

 いや、体質ってわけではないか。リーゼは自らの魔力を燃焼させた黒炎を武器に戦うのだが、その時に魔力は消費されず、彼女の体へと還元する仕組みになっている。そのような術式をリーゼは無意識に発動しているんだ。

 術を使っても魔力は減らず、体内で生成される魔力を止めることもできない。そんな状態が長引くと、魔力の器である肉体が耐えられなくなる。要するに放っておけば死ぬってことだ。

 仮に魔力疾患と名づけたその症状を防ぐために、彼女の世界――イヴリアでは百体を越える魔工機械人形が用意され、リーゼはそれらに定期的に魔力を供給していた。

 だが、この世界にいる魔工機械人形はレランジェ一体だけ。膨れ上がった魔力をどうすることもできず、一度リーゼは魔力疾患を引き起こしてしまったんだ。

 そこで活躍したのが、能力劣化の代わりに莫大な魔力許容量を持つハーフの俺。左手の能力――〈吸力(ドレイン)〉により、リーゼの魔力を奪って魔力疾患を抑えることに成功した。

 おかげで俺は百体の魔工機械人形の代わりに、定期的にリーゼの魔力を抜かねばならなくなった。俺としても、自分の魔力が枯渇しなくなるってのはけっこう大きなメリットだと考えている。


「――てなわけで、これは別にやらしいことをしてるんじゃねえんだよ、桜居」

 昼休み。伊海学園高等部の屋上で、俺はなにやら大層に憤慨していらっしゃる男子生徒に懇切丁寧な説明をしてやった。

 この見るからにアホそうな面をしたやつの名は、桜居謙斗さくらいけんと。異世界の存在や俺たちのことをある程度に承知している自称異世界探究家で、俺の中学時代からの悪友だ。それにしても、相変わらず立派な癖毛は健在だな。実は毎朝セットしてるんじゃないか?

「ほほう、じゃあなにか白峰」桜居は片眉をピクつかせて、「魔力を吸い取るには、そんな羨ましいことしなきゃならんわけか?」

 羨ましい? そうか、傍から見ればそんな風に思われるのか、と嘆息しながら俺は手を動かす。

「ん……レージ、もっと左。……うん、そこよそこ。あぅ、いいわ」

 ベンチにうつ伏せで寝っ転がるリーゼの背中を、俺は両手の指でツボを突くように押さえていく。やらしいことしてると思ったらマッサージでした、なんてベタな展開に、ベッタベタに引っかかってくれたのがそこのアホってわけだ。

 とは言っても、マッサージやサンオイル塗りなどはそれはそれでエロスだと俺は思う。そこに憧憬する男どもの気持ちはわからんでもない。俺だって男だからな。

 でもこれ、リーゼの気紛れに半強制的に付き合わされている状態なんだよね。

 今朝、レランジェから魔力疾患の警告を受けた俺は、昼食を終えてからリーゼにそれとなく伝えた。するとこの異世界のお嬢様はこう言ったんだ。

『わたしの魔力を分けてもいいけど、タダはやだ。だからレージにはわたしが退屈しないことをやってもらうわ』

 で、俺はその流れで彼女のマッサージする破目になった。なんでも魔力疾患寸前まで魔力が溜まってくると、肩が凝ったりするのだそうだ。レランジェたち魔工機械人形に魔力を供給する際も、今の俺みたいに体を揉みほぐしてもらっていたらしい。

「レージってレランジェより上手。すっごく気持いい♪」

 薄桃色に頬を染め、恍惚と目を細めるリーゼ。ほう、あの憎き機械メイドよりも評価が高いのか。レランジェざまあ。……いかん、どちらが下僕として優秀か競ってるみたいになってきた。

「まあ、こういうことは昔から散々やらされてたからなぁ」

 人を良い意味でも悪い意味でも振り回してくれる幼馴染に、だ。週に三回も四回もマッサージさせられては嫌でも上達するし、慣れる・・・。だから俺はリーゼの柔らかい背中や太股を揉んだところで変な気持ちになったりはしないんだ。……うん、してない。大丈夫。きっと。

「レージ、今度は肩の方をやって。あともうちょっと強くして」

「はいはい」

 言われるがままに俺は手を肩の方にやる。するとリーゼがまた「んんん~」と甘ったるい声を出すのだ。そんなに気持ちいいのか。

「リーゼちゃん、次、オレがマッサージしてあげようか?」

 桜居、お前、鼻の下伸び過ぎだ。

「必要ない」

「いやでもほら、オレの方がこいつよりうま――」

「いらない。レージがいい」

 あっさりと撃沈された桜居は両手両膝をついて負け組のポーズを取っていた。なんか「白峰コロス白峰コロス」と呪言のような声が聞こえるがきっと幻聴だろう。

「リーゼ、もうこのぐらいでやめていいか?」

 そろそろ魔力の〈吸力〉が適量に達したので、俺はマッサージ終了の旨をリーゼに伝える。

「……」

 が、返事はない。そういえば気持ちよさげな喘ぎ声も聞こえなくなっている。

 訝しく思って彼女の顔を覗き込むと、


「すぴー」


 最高に幸せそうな寝顔を見せていた。ぽかぽかの陽気の下でマッサージを受けていたのだから眠くなったのだろう。何度も言うけど、あなた本当に〝魔帝〟なんですか?

 なんにしてもあと少しで昼休みが終わる。むにゃむにゃと夢見ているところ悪いが、起こした方がいいだろうな。

 と、いつ精神的ダメージから復帰したのか、桜居が気持ち悪い笑みでリーゼの寝顔を眺めていた。

「やっぱリーゼちゃんは可愛いなぁ。リーゼちゃんマジ天使」

 いえ、どちらかと言えば悪魔に部類するかと。それとジロジロ見るな。なにかが減ったらどうする。

「ほら、起きてくださいお嬢様」

 ぺしぺしと頬を叩いたくらいでは起きそうにない。だったら仕方ない。教室まで運ぶか。俺はまずは体勢を座った状態にするため彼女の両脇に手を入れ――

「……零児、そこでなにをしている?」

 エベレストの山頂にも負けない冷ややかな声が俺に突き刺さった。

 振り向けば、銀髪ポニテのスレンダーな少女が屋上のドア前に立ち、エメラルドの底のように濃い翠眼から絶対零度的視線を送っていた。

「やあ、セレスさん、どうしたんですか? こんな場所まで来て」

 と空気を読めていない桜居が新たなる異世界美少女の登場に瞳を輝かせる。セレスの口調や仕草がお堅いからか、クラスの男共は彼女に敬語を使っているのだ。

 セレスはそんな桜居を無視して、スタスタとこちらに歩み寄ってきた。そしてギン! と睨み目で俺たちを見る。

 俺は眠っているリーゼの両脇に両手を差し込んでいる状態。

 やばい、アレはなにかを勘違いしている顔だ。

「貴様ら、〝魔帝〟とはいえ無防備な少女を強猥するなど、恥を知れ!」

 やっぱりかっ!? なにこの展開? これなんてラブコメ?

 しゅるるるっと背中にあった棒の布が解かれ、長々とした鞘がケースのようにパカリと開き、聖剣ラハイアンがその凶刃を露にする。

「よーし、落ち着こうセレス。こういう時はアレだ。お互いがきちんと会話のキャッチボールをすることで誤解は解ける。それができずに散っていった者たちを俺はマンガでよく知っているんだ」

 セレスは俺の眉間にラハイアンの剣尖を置き、言う。

「では訊いてやる。なにをしていた?」

「リーゼをマッサージしてたんだ。そんでリーゼが寝ちまったから、教室に運ぼうとしていた。それだけだ」

 言うと、セレスはこちらに突きつけていた超長剣を少し引く。しかしまだ殺気を解くことはなく、

「マッサージとはなんだ?」

 セレスの世界――ラ・フェルデにはない言葉だったらしい。

「全身を嘗め回すように擦り、捏ね繰り回すように揉んで気持ちよくさせることです、セレスさん。オレは止めようとしたのですが、白峰は無理やりリーゼちゃんに……」

「桜居てめえ! 適当なことほざいてんじゃねえぞコラァ!?」

 その癖毛を全部引っ張り抜いてやろうかと手を伸ばしたが、桜居のアホは既に俺とセレスから距離を取ってやがった。やつの目が語っている、『幸せ者への罰だ、死ね』と。

 見るとセレスはその白磁の顔を、かああぁ、と真っ赤に染めて「な、嘗め回す? 擦る? も、ももも揉む……?」とか呟いていた。直後の俺の叫びなんて耳に入っていないようだ。

 頭から蒸気を噴出するほど赤面したセレスが、再び俺に剣を突きつけてくる。

「零児、き、貴様というやつは!」

「セレス、さっきの桜居の言葉は表現がおかしいんだ。――って、まだ俺の話を訊く気、ある?」

「問答無用!!」

 ――ですよねー。


 リーゼから魔力をもらってなければ、俺は咄嗟に生成した盾ごと破壊されていただろう。


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