四章 壊滅的な死闘(6)
地中をモグラのように掘り進むことのできる巨大ドリルを一度でも食らえば、俺の体など瞬時にミンチと化して血の花火を上げることだろう。
「畜生が!」
ほとんど暗く塗り潰された夕空の下、俺は半壊した家屋の不安定な足場を移動しながら、機械仕掛けの首なし巨人が振るう回転式の槍をかわし続けていた。
「苦戦しているようだね、白峰零児。それもそうだろう。いくらあらゆる武器を扱うことができようとも、君の場合は近づかなければ意味がない」
まったくその通りなので腹が立つ。あの首なしロボ――デュラハンが持つ武器とは圧倒的にリーチが違う。巨大さ故の隙もあるが、そこを突いて懐に入ろうとしてもスヴェンの銃弾が襲いかかる。絶望的なまでに不利だ。
――俺だけなら。
「光と散れ!!」
渦巻く光の斬撃がデュラハンの掌に乗るスヴェンへと飛来する。セレスだ。
「フン」
回転する光の刃を、スヴェンはデュラハンの腕で庇うようにして防いだ。青色のフォルムには掠り傷程度しかついていない。なんて強度だ。
「セレス、リーゼたちは?」
俺は屋根の残骸の上で聖剣ラハイアンを構えるセレスに問いかける。彼女には、俺がスヴェンの相手をしている間に二人を安全な場所に運ぶよう頼んでいた。
「それが、どれだけ走ってもここへ戻ってきてしまうんだ。なにか妙な力が働いているみたいで。だから二人は近くに隠れてもらっている」
妙な力? そういえば、さっき携帯が繋がらないとか誘波が言っていたような……。
それと今気づいたけど、家が倒壊するほど暴れているのにまるで騒ぎになっていない。監査局の人払いが働いているのだろうか? だが、それだけだと携帯が繋がらない理由にはならない。
「隔離結界だよ、白峰零児」スヴェンが俺の心を読んだように、「ここを中心とした四方三百メートル内には僕たち以外誰もいないし、中でなにをしようと外には漏れない」
なるほど、合点が行った。にしても、隔離結界か。単なる人払いの結界よりも高度なものだ。とてもスヴェン一人で行ったとは思えない。恐らく、何人かいるらしいやつの仲間がやっているのだろう。
「他人なんてどうだっていいやつだと思ったんだが?」
「まあ、ただ君たちと戦えば監査局に気づかれるからね。流石に僕だって、局長のような化物を相手にするほど馬鹿じゃない」
そういうことね。
「君たちにとっても戦いやすい環境だろう? これは魔力回路を組み込んだ新型デュラハンのテストも兼ねているんだ。遠慮せずかかって来るといい」
「その言葉、死亡フラグにならねえように気をつけた方がいいぜ!」
俺はその辺に落ちていた瓦を投擲した。狙いは当然スヴェン本人だが、一発の銃声と共に瓦は空中で砕け散ってしまう。
「まったく、くだらない芸だね」
瓦礫の山を蹴っていた俺にドリルが襲い来る。
「どわっと――危ねえ」
間一髪、後ろに飛んでかわした。やつが瓦に気を取られている隙に近づく作戦だったが……流石に幼稚すぎるか。
「そういえば、まだ僕が〝魔帝〟をどうするのか答えてなかったね」
すました表情で、メガネ野郎。その『こちらが負けることなんてありえない』的な顔に泥、否、馬糞でも塗りたくってやりたい。レンガゴテで。
「彼女は魔力の永久機関だ。人工的に植物状態にでもして、これからの研究や僕たちの目的のために役立ってもらうつもりだよ」
スヴェンが言い終わる前、『植物状態』の後くらいから俺は動いていた。足のバネを全開にしてロボまでの距離を駆け抜ける。リーゼをどうするのか。予想通りすぎて真剣に気に食わない。
迫りくるドリルを限界の角度でかわし、右手の棘つき棍棒を振りかざ――そうとしたところで発砲された。このタイミングで銃弾二つは避けられない。
棍棒を防御に回す。銃弾が炸裂する。ただの銃ではありえない衝撃が発生し、俺はたまらず弾き飛んだ。
追撃とばかりに引き金に指をかけるスヴェン。それを牽制したのは、セレスの光弾だった。彼女は銃口を突きつけるように剣を構え、
「スヴェン。貴様、さっき目的と言ったな?」
「知りたいのかい? なら教えてあげよう。君たちにとっても有益な話のはずだからね」
俺はスパイクド・クラブを杖代わりにして立ち上がり、放っておいたらいつまでも勿体ぶりそうなメガネ野郎を促す。
「さっさと言え! 眼鏡でも押さえながら!」
「次空の完全制御」スヴェンは本当に眼鏡を押さえて、「そう例えば、『次元の門』をいつでも好きな時に好きな世界へ行けるように開く、とか」
ピクン、とセレスが反応するのを俺は見逃さなかった。
「元の世界に帰りたいセレスティナ。幼馴染を捜したい白峰零児。一応聞くけど、君たちが仲間になってくれるのならこれ以上無駄な戦いをする必要はなくなる。どうかな?」
スヴェン側は監査局と違い、次空制御をビジョンに活動する。そのビジョンが実現するのであれば、これ以上に美味しい話はない。
だが、リーゼや他人を物扱いする考えにはついていけない。俺だって時には目的のために手段を選ばないこともあるが、人様に迷惑をかけるような後味の悪いことだけは絶対にしない。それにだいたい、俺は監査局にあいつの居場所を作ってるんだ。別の組織の引き抜きに応じる気はこれっぽっちもない。
つまり――
「却下だ。俺、お前嫌いだし」
「僕は割と君のこと気に入っていたのだけどね。残念だよ」
反吐が出る。
「セレスティナ、君はどうだい?」
「ふん。騎士である私が、無関係な人々を平気で利用するやつの仲間になると思っているのかっ!」
セレスの聖剣から光球がガトリングガンのごとく連射される。
彼女ならそう言うだろうと信じていた。どうやらスヴェンも本当に俺たちを懐柔できるとは考えていなかったようだ。表情を歪めることなくすました笑みのままデュラハンを操り、セレスの攻撃を完璧に防いでいる。
俺は右手の武器を捨てる。中空で霧散する棍棒に代わり、新たに日本刀を生成する。リーゼから吸収した限りある魔力を大切にしたいところだが、先の一撃でスパイクド・クラブがへし曲がったから仕方ない。
デュラハンはセレスが食い止めている。ドリルか拳銃、どちらか片方でも封じれば近づくことは容易い。
しかし、デュラハンの掌に乗るあいつを討つには飛び上がる必要性が出てくる。高さ的に地の利は相手。飛べば「どうぞ俺を撃ってください」と言っているようなものだ。
だから、狙いはデュラハンの足。
上から降り注ぐ連弾をどうにか避けつつも、俺は勢いを殺さぬままデュラハンの左足に魔力製の刃を一閃した。
バキィン!!
手が痺れるほどの衝撃と共に、日本刀の刃が折れた。振り向けば、デュラハンの足は五分の一も斬り裂けていない。だが――
「くっ」
スヴェンが初めて顔を歪める。機械仕掛けの巨人は、確かによろけたのだ。
それは大きな隙。示し合わせたわけではないが、俺の作った好機をラ・フェルデの聖剣十二将が見逃すはずがない。
「零児、後は私に任せろ!」
期待に答え、セレスが高く跳躍する。銀髪が踊るように靡く。同じくスカートも大変なくらい靡いているけど、俺は紳士なので直視はしません。
「終わりだ、スヴェン!」
一度に五メートル近く飛躍したセレスは、デュラハンの肩に着地すると、本来は首がある場所に大上段から思いっ切り光の剣を突き立てた。
瞬間、機械仕掛けの巨人の内部から眩い光が爆散する。重要な部分にダメージを与えることができたのだろう、ガタン、と巨人は片膝をついて静止した。
「やったぞ!」
「それはどうだろうね」
セレスが勝利を確信したその時、冷然とした声と共に二発の銃声が轟いた。
一発は引き抜いた聖剣で弾いた。しかし――
「がっ!?」
二発目が、セレスの左肩を肩当てごと貫いた。
「セレス!?」
俺は彼女の名を叫んで大地を蹴る。だが、その時には既にスヴェンが燕尾スーツを翻して彼女の前にいた。
よろめきながらセレスは剣を振るう。
スヴェンは難なく拳銃で受け止めた。次いでもう片方の拳銃の引き金を引く。
直前、セレスはスヴェンの腕を蹴り上げて回避した。
が、怯まなかったスヴェンの回し蹴りを鳩尾に食らい、彼女は五メートルの高さから転落してしまった。
冷酷にもスヴェンは追撃ちをかける。
頑丈な肩当てすら貫通する銃弾が空中のセレスに迫る。
ガキィン!! という金属音。
「ほう」
スヴェンが感嘆の声を上げる。俺が落ちてくるセレスを受け止め、さらに銃弾を防いだからだろう。
洒落にならん威力の銃弾を防ぎ切った物、それは西洋の凧にも似た、逆三角形を伸ばした形状の巨大な盾だった。