四章 壊滅的な死闘(5)
『その通り、彼女に死んでもらっては困る』
俺の家に勝手に上り込んできたスヴェンは、開口一番にそう言った。どういう意味だ?
「でも、君が魔力を吸収することで〝魔帝〟が復活するのも困るんだよ」
スヴェンの声にえも知れぬ悍ましさを感じた俺は、リーゼの手を放して飛び退いた。
その瞬間、パンパァン!! とこんな日本の住宅地ではそうそう聞かない乾いた音が響く。先程まで俺がいた場所の床が二回弾け、大きな穴が二つ開いた。
数瞬、室内が静謐な空気で満ちる。
硝煙を吐き出す黒い物体がスヴェンの両手に握られていた。拳銃だ。モデルは軍隊が使うような九ミリ口径の半自動拳銃だが、弾痕を見る限り対異獣用の特別製らしい。
「スヴェン……てめえ、なんのつもりだ」
「なんのつもり? そうだね。〝魔帝〟リーゼロッテを引き取りに来たと言っておくよ」
スヴェンは口調こそ普段通りであるが、眼鏡の奥の瞳が奴隷を見下す傲慢貴族のような冷酷さを宿していた。様子が違う。
「一体どういうことだ? 誘波殿は彼女を救う確実な手でも見つけたと言うのか?」
「そう、僕たちは見つけたんだ」
警戒しつつ問いかけたセレスに、そう答えたスヴェンは大げさに両手を広げて部屋の中央まで来る。
「ただし、間違いが二点ある。この件には局長どころか監査局すら関与していないし、見つけたのは彼女を救う方法ではなく、彼女を有効に利用する方法だ」
俺がスヴェンの言葉を理解するのに、数秒のタイムロスが生じた。
「利用、だと?」
心持ち低めに、凄みを利かせて問う。
「白峰零児。悪いけど、君と局長の話は聞かせてもらったよ。最高に興味深い話だったね。まさか、そこの〝魔帝〟が魔力の永久機関だなんて考えもしなかった。元々狙ってはいたけれど、これで喉から手が出るほどほしくなったわけだ」
「元々狙ってたって……まさかお前!?」
その時、一陣の風が吹いた。
『ごきげんよう、レイちゃん。なぜか携帯が繋がらないので、風で音声のみをお送りしますね』
空気を読んでいるのかいないのか、誘波が風による一方的な言葉を届けてきた。こののほほんとした声だと、こちらが今どんな状況なのか知らないらしい。
『先程、レトちゃんの意識が戻りました。彼女の話から、昏睡事件の犯人が判明したのでお伝えします。驚かずに聞いてください』
一呼吸の間を開けて、誘波は深刻な口調になって告げる。
『スヴェン・ベルティル。そして彼に賛同する局員数名です。まさか身内に犯人がいたとは、灯台下暗しで非常に残念です。すぐに捜索を開始しますが、レイちゃんはリーゼちゃんの傍にいてあげてください。ではでは~』
「…………もう遅いぜ、誘波」
俺は額に汗を流して、眼前で拳銃を突きつけている男を睨む。
「ほう、姿を見られていない自信はあったのだけどね。稲葉レト、彼女も侮れない。新米とはいえ流石は異界監査官だ」
スヴェンが完全に俺の方を向いた隙を狙い、セレスが聖剣の柄に手をかける。が――
「おっと、動かないでもらおうかセレスティナ。この距離なら、君が剣を抜くよりも早く僕の銃弾が額を貫通するよ。この警告、君の世界でも通用するかい?」
「くっ……」
西部劇のガンマン顔負けの速度でスヴェンはセレスにも銃口を向けた。
「お前、一体何なんだ。リーゼをどうするつもりだ」
スヴェンは二丁の拳銃で俺とセレスを牽制したまま、薄らと笑う。
「そうだね。表立って監査局と敵対することになったわけだし、改めて自己紹介をしよう。――僕の出身は『ラーゲルレイブ』という地球より科学の発展した世界。そして僕は、マッドサイエンティストとして政府に追われていた。懸賞金までつけられてね」
マッドサイエンティスト? スヴェンが研究者であることは知っていたが、そんな話は聞いたことがない。ずっと隠していたってことか。
「偶然とはいえ、異世界に渡ることができて助かったよ。この世界は僕の知らない技術がたくさんあるし、他世界との繋がりも多い。魔力なんてものにも非常に興味が湧いたね。だから僕は異界監査局に入ったんだ。でも、段々と監査局のやり方がつまらなくなってきた。異世界人や異獣を可能な限り元の世界に帰そうとする姿勢は最悪だよ。捕獲し、あらゆる情報を引き出して利用するべきだ。例えば、実験動物として飼い殺すとか、ね。なぜわざわざ発展の機会を見送るのか、僕には到底理解できない」
言葉を聞けば聞くほど、腹の底が煮えてくるのを感じる。こいつは俺の知るスヴェンではない。他人なんて道具かなにかとしか思ってない外道だ。元からいけすかない野郎だとは思っていたが、ここにきてこいつに対する俺の好感度は現在進行形で垂直落下している。
「まあ、監査局に不満を抱いていても、一個人で組織を改革することはほぼ不可能だった。だからこそ僕は僕に共感する仲間を集め、何年も水面下で動き続けた。そしてようやく時期が来たんだ。君が〝魔帝〟リーゼロッテを連れてきたことでね。それも偶然だったけれど、あの『次元の門』大量開門は実にいいカモフラージュになったよ。今までなかなかチャンスのなかった魔力集めを、架空の犯人を仕立て上げることで円滑に行うことができたんだ。……さて、僕がどういう人間か理解できたかな?」
〈魔武具生成〉――スパイクド・クラブ。
先端部に何本もの棘が打ち込まれた棍棒を、俺はなんの躊躇いもなくスヴェンに叩きつけた。しかし、スヴェンはそれを最小限の動きだけでかわした。自分の家に大穴を穿ってしまったが、どうせもう二つ開いているから関係ない。
「ペラペラと御苦労様だな。お前そんなキャラだったっけ?」
「僕は基本的にコミュニケーションは好きだよ。人が情報を得る手段の一つだからね。それに苦労話ってものは喋ってて気持がいいだろう?」
窓の方まで下がったスヴェンは、余裕ぶったように自慢の眼鏡を煌めかせる。
「こっちとしては、お前が『敵』だとはっきりわかればそれでよかったんだがな」
「スヴェン。今の話が貴様の本心ならば、私はとても共感できそうにない」
俺はスパイクド・クラブを強く握って身構え、セレスは聖剣ラハイアンを鞘から抜く。レランジェも立ち上がろうとしているが、両腕を失っている彼女ではそれも難しい。
「〝魔帝〟と人形は使い物にならないようだから、実質二対一だね。いいだろう。もとより君たちが敵対することは予想していたことだ。少しだけ相手をしてあげようか」
途端、地震かと思うほどの揺れが発生した。床が抜けるようにして崩れ、代わりに首なしの巨大ロボが姿を現す。
天井が落ち、壁が砕け、柱が折れる。
一戸建て住宅が爆破テロを受けたように崩壊していく。
「俺の家がっ!?」
なんて嘆いている暇はない。俺はリーゼを、セレスはレランジェを抱えると、降り注ぐ瓦礫の間隙を縫うようにして退避した。