四章 壊滅的な死闘(4)
学園から自宅までの距離は徒歩にして約二十分。俺たちはそこを五分で踏破した。
バチバチ!
バリリリッ!
シュゥウウウ!
玄関のドアを開け放った途端、家電がショートしたような音が耳に飛び込んできた。俺の不安を煽ぎ立てるには充分すぎる効果音だった。
「リーゼ!! レランジェ!!」
どうも、最悪の予感が現実となったようだ。俺は階段を二段飛ばしで駆け上がると、リーゼを寝かせている両親の部屋のドアを開け放ち――
――高速で飛来したグーが顔面に減り込んでぐべらぁああああああああああっ!?
「マスターの容体に響きます。黙れ安定です」
「だからっていきなり殴るやつがあるかぁっ!」
壁よ砕けろとばかりに打ちつけた後頭部が死ぬほど痛い。
「なんだ。無事じゃないか。どうやら、零児の思いすごしだったようだな」
後から追いかけてきたセレスが俺を殴ったゴスロリメイドを見て胸を撫で下ろす。いやはや、一時は討ち倒そうとしていた〝魔帝〟と、その従者の安否を気にするとは、俺なんかの百倍は心優しいじゃないか。
俺は静かに立ち上がり、そんなセレスに言ってやった。
「無事? どこがだ?」
俺は目を細め、レランジェを睥睨する。
「よく見ろ。こいつ、今にも倒れそうなくらいボロボロだ。それにさっきのパンチも大したことなかった。普段なら俺を殺すつもりで殴って来るくせに」
そう、レランジェはちょっとつつけば崩れそうなほど危うい状態だった。間接部分がバチバチと青い火花を散らし、怪しげな白煙を吐き出している。
「ほ、本当だ。早く手当てをした方がいい」セレスは一転して焦りの表情になり、「零児、治療道具はどこに置いてあるんだ?」
「極普通の民家に異世界のロボを修理する道具なんてあるわけねえよ」
あるとすれば異界監査局だ。
「リーゼのやつ、いくら自分が苦しいからって、従者がこんなになるまで〈魔力譲渡〉することねえだろ」
「このくらい問題ありません。自己修復安定です。それと、マスターの意識がない場合に限り、我々魔工機械は〈魔力譲渡〉を強制発動させることが可能です。この状態はマスターの責任ではありません」
人間だったら喋ることも困難だろうに、レランジェは極めて機械的な口調で言った。
「マスターに代わって、このレランジェがマスターの魔力を消費するしかないのです。マスターから魔力をいただき、魔導電磁放射砲を発射安定。それを繰り返していればマスターは助かります」
レランジェは二本足で立ったばかりの幼児のような足取りで部屋の奥、リーゼが寝ているダブルベッドへと歩み寄る。
「おい待て、レラ――」
「マスターは、レランジェがお助けする安定です!」
呼び止めようとした俺だったが、レランジェの主を想う底知れぬ気迫に気圧されてなにも言えなくなってしまった。
と、レランジェの両腕から触手のようなコードが何本も伸びた。あれがリーゼに〈魔力譲渡〉を強制させる装置なのだろう。その幾本ものコードは、今朝よりも苦しそうなリーゼの体にペタペタと吸盤みたく貼りついた。
刹那、爆発と共にレランジェの両腕が付け根ごと吹き飛んだ。
「「――ッ!?」」
起こったことを理解できずに棒立ちしていた俺とセレスはハッとすると、両腕を失って倒れ込むレランジェの体を左右から支えた。
「レランジェ殿の腕が……」
「馬鹿かお前は! そのやり方に無理があるからそんなにボロボロなんじゃねえか!」
止められなかった俺にも非がある。力ずくでも黙らせるべきだった。黙らせて、もうこんな無茶をできないようにするべきだったんだ。それと――
「もう休んでろ。後は俺がリーゼの余分な魔力を奪ってやるからよ」
――最初から、こうすればよかった。
「暴走気味がなんだって言うんだ? 堪えてやるさ。俺は頑丈さには自信があるんでね」
「だと……しても、に、人間ごと……きに……受け切れ……るほど……マスターの魔……力は……少量ではあ……りません。…………不安定、です」
機械であるレランジェは腕が飛んだぐらいで致命傷にはならないようだが、言語機能が少々やられたらしい。かなりノイズが混じって聞き取りにくい。
それでも〈言意の調べ〉のおかげか、言わんとしていることは理解できる。
「便利な言葉教えてやるよ。そういうことはな、やってみなけりゃわからねえんだ!」
俺は左手でリーゼの手を握る。
〈吸力〉の発動により、リーゼの魔力が流れ込んでくる。
熱い。なんだこの暴力的な魔力は? 普通なら心地よいはずなのに、体の中で炎の嵐が吹き荒んでいるような感覚が意識を刈り取ろうとする。正直、キツイ。
けど、どうにか制御して俺の魔力に変換できれば落ち着くようだ。よし、イケる!
「れ、れーじ……」
その時、リーゼが薄らと目を開いて弱々しい声を漏らした。不安げに揺れるルビー色の瞳が俺を映す。が、すぐにまた意識を失ってしまった。
「もうちょい待ってろ。絶対に助けてやるからな」
もちろん、無茶はしない。けど、限界まで試みるつもりだ。そもそもこの少女が苦しんでいるのは、俺と出会ってしまったことが原因でもあるんだ。
誰も俺のせいだなんて言わないことはわかっている。でも、俺は彼女を救いたい。そう思って、この世界についてくるのを許したんじゃないか。
俺の体は焼け死にそうなほど悲鳴を上げているけれど、まだまだ大丈夫だ。量の方も問題ない。幸い、俺は過去一度も限界まで魔力を溜めたことはないんでね。
「魔力疾患なんてわけわからんことで、死ぬんじゃねえぞリーゼ!」
「その通り、彼女に死んでもらっては困る」
この場の誰のものでもない冷静な声が割り込んだ。
俺は〈吸力〉を続けながら後ろを振り返る。開け放たれたドアの前に、眼鏡を押さえた燕尾スーツの男――スヴェン・ベルティルが立っていた。