四章 贖罪の魔王(3)
爆発が連続して艦内が大きく揺れ続ける。
俺は気絶したマトフェイを一旦そのまま牢に残し、急いで甲板へと飛び出した。
紅蓮の炎と乳白色の光が飛び交う地獄絵図が広がっていた。
「くそっ、マジで襲撃されてやがる……ッ!」
煉獄の魔王軍の艦隊が炎の砲撃を繰り出している先に、教会とか神殿をそのまま積み込んだような艦が隊列を組んでバリアを張っているな。こっちの炎は防がれるのに、あっちから放射される乳白色のレーザーは確実に溶岩の船壁を削ってくる。
同じ光景が右も左も後ろも。か、完全に取り囲まれてるっぽいぞ。
周囲の状況を確認していると、甲板の先端――船首の上に仁王立ちしている炎髪を見つけた。
「フェイラ!? 状況は!?」
俺はそう訊ねながら彼女の下へと駆け寄った。
「見ての通り、まだ始まったばかりだ」
「押されてるように見えるが?」
「ハッ、舐めんな! エセ聖職者どものへなちょこビームで沈む艦はウチにはいねえよ!」
自信満々に告げるフェイラ。確かに、乳白色の光線は溶岩の艦を削りこそすれ、致命打を与えるほどの火力はないように思える。
逆にフェイラの艦隊は何度も炎をぶつけて敵艦隊のバリアを破り、一隻また一隻と撃墜していく。敵の方が数は多いから、あんまり減ってるように見えないけどな。
「ただ、アレだけは別だ」
フェイラがすっと前方を指差す。大小の敵艦隊の奥に一際巨大な船影が見えた。
巨人のようなマリア像っぽい神像を乗せた、荘厳で神秘的な造りの艦にはなんだか見覚えがあるぞ。
「あの艦は……」
「イカレ女が乗ってる次空艦『ヴィヨメル』だ。地上にある時は魔王城代わりになる神殿も積んでやがる。アレの火力だけはまともに受けるわけにゃいかねえ」
この世界に飛ばされて来た直後、俺が潜入した贖罪の拠点があの艦だったんだ。俺たちが今乗ってる『カエルムイグニス』と同じく、敵の旗艦ってわけか。
ヴィヨメルのマリア像がキラリと光る。
「チッ、でけえのが来るぞ! 全艦防御態勢!」
フェイラが指示を出し、味方の艦隊が一斉に炎の障壁を展開する。バリア張れたのね。てっきりノーガードかと思ってたよ。
けど――ズギュウゥウウウウウウウウン!!
ま、マジかよ。魔王の魔力砲に匹敵する特大ビームが、炎の障壁ごと味方の艦隊を端から呑み込んでいくぞ! そうなったらもうお終いで、何隻もの艦が爆発と共に撃沈されてしまったよ。
「しゃらくせえ! 倍返しだ! クレミー!」
「了解しました」
カエルムイグニスのマスト上。そこに燃える六翼を広げた少女が浮かんでいた。
すると、艦の周囲に――ボッ! ボッ! ボッ!
一つずつ巨大な炎の魔法陣が展開されていく。それが合計六つになった時、全ての魔法陣から絶大な熱光線が射出された。
六方向に放たれたそれらが俺たちを取り囲んでいた戦艦を次々と撃墜していく。おーすげー、と一瞬だけ感嘆した俺だったが、すぐにやばいことに気がついた。
「待てフェイラ! 俺の仲間があいつらに捕まってるらしいんだ! どこにいるかわからないのに撃墜なんてしたらマズい!」
「なんだと? あの捕虜が吐いたのか?」
「いや、実は……」
俺はマトフェイから聞き出したことと、マトフェイに乗り移ったエルヴィーラから聞いたことを掻い摘んでフェイラに伝えた。
「なるほど、よーやくあのイカレ女も数だけじゃウチに勝てねえって理解したみてえだな」
「ああ、気をつけた方がいい。それと俺の仲間のことも考えて交戦してくれると助かる」
「ダーリンの頼みなら聞いてやりてぇが、いくらウチの方が格上でもそこまで余裕持って戦える相手ならとっくに潰してるぞ」
そりゃそうか。
「だが、あの女のことだ。即刻処刑してねえってことはダーリンを釣る餌として使うつもりだろ。だったら手元に置いとくはずだぜ。ウチでもそうする」
「なるほど」
つまり、望月とルウはあの一番でかい艦にいるってことだな。確定してるわけじゃないが、今はそう信じた方がよさそうだ。
「フェイラ様! 敵船が一斉に接近を始めました!」
戦場を俯瞰する位置にいるクレミーからの報告。フェイラはざっと周囲を見回し、ニヤリと口元を緩ませた。
「あれで退かねえってこたぁ、今回は小競り合いで終わらせる気はねえってことだな。上等じゃねえか! 全艦突撃しろ!」
フェイラは右手に赤い巨鎚を出現させる。
「――燼滅しろ、〈焔殺覇〉!」
そのハンマーをぶん投げ、敵の艦を数隻纏めて爆撃。それを合図にこちらの艦隊も敵へぶつかる勢いで急接近し、雄たけびと共に白兵戦が勃発する。
「ウチらも乗り込むぞ、ダーリン! 今日こそあのイカレ女に引導を渡してやんよ!」
「ああ!」
戻ってきたハンマーをキャッチしたフェイラが飛び上がる。俺も大盾を生成して空中サーフィンで追従する。目指すは次空艦『ヴィヨメル』一択だ。
「オラオラァ! かかってこい! アタシが相手になってやるぜ!」
飛びながら右を見れば赤肌の女騎士――エスカラーチェが敵船の甲板を振動を纏わせた足で踏み砕いていた。応戦しようとしていた神父や修道女が十人単位で纏めてふっ飛ばされているよ。
「シャー!」
左を見れば燃える巨大猫――プラーミャが口から吐き出したガスバーナーで敵船を貫通させていた。有毒の火山ガスを振りまくプラーミャに、神父やシスターは近づくこともできないでいるな。
「魔王様の道を切り開くのが我らの務めですぞ」
正面から俺たちに接近してきた小型艦が、下から噴き上がった溶岩流に呑まれた。その溶岩の中から炎の魔人――セルモスが現れ、さらに周囲の艦を焼き沈めていく。
「せっかく渾身のぬいぐるみが出来上がりそうでしたのに、無粋な方たちですの」
はらり、と。
どこからともなく火山灰が舞う。振り返れば、クレミーの隣に燃える蝶を従えたドリルヘアーのゴスロリ少女――ブリュレが並んでいた。
降り注ぐ火山灰が急速に敵船へと積もっていき、神父やシスターの呼吸と機動力をじわじわ奪っていく。何気に一番エグい。
「外は獄門天に任せときゃいい! ウチらは敵将をぶっ叩くぞ!」
「頼もしすぎるだろ、お前ら」
上位魔王軍を味方につけたのは間違いじゃなかったな。裏切る必要なんてないじゃないか。
フェイラがエルヴィーラと戦ってる間に、俺はルウたちを助け出すとし――
「飛んで火にいる罪深き者……ああ、火はあなたの方でしたか」
落ち着いた、優しくも身震いしそうになる澄んだ声音。
「――ッ!? 魔力を纏え!?」
「上か!?」
白い輝きが上空から俺たちを照らす。いつの間にか構築されていた巨大魔法陣から、乳白色の光の柱が俺たち目がけて降り注ぐ。
でかすぎる! 避け切れないぞ。
フェイラがハンマーを構え、俺が盾をもう一つ生成して防御態勢を取る。魔力を纏った俺たちを光の柱は貫通することなく、拮抗し、地上へと叩き落とそうとする。
凄まじい衝撃と身を侵すような痛みに俺は歯を食いしばりながら落下していくが……このまま地面に叩きつけられてたまるかよ!
〈魔武具生成〉――日本刀。
生成した刃を光に突き刺し、魔力をこれでもかと込める。
「――魔剣砲!!」
「――紅蓮砲!!」
俺が技を発動すると同時にフェイラも特大の熱魔光線をぶっ放した。魔王二人分の魔力砲だ。エルヴィーラがどれだけ力を光の柱に込めていたとしても、余裕で押し返し、相殺する。
弾けた衝撃に吹っ飛ばされながらも俺たちは体勢を立て直し、地上の岩山へと着地。
「大丈夫か、ダーリン?」
「この程度でやられるなら、お前の破局噴火で死んでるわ」
「ほ、褒めても温泉くらいしか出ねえぞ」
どこに照れる要素があったのか、フェイラはなんか頬を赤くして身をくねくねさせていた。褒めてないんだけど、温泉には興味あります。
「なるほど、『煉獄の魔王』は『千の剣の魔王』に落とされてしまったのですね。繁殖は滅びの逆。即ち罪です」
上空からエルヴィーラを乗せた巨艦がゆっくりと降下してくる。地上へと降り立ったそれは地面と融合し、ちょっとした小山に建つ荘厳な神殿へと早変わりしたぞ。
「そういえば、〝魔帝〟に嫁入りしたいなどと仰っていましたね。火山の化身ともあろう方が、人間の真似事など。滑稽極まります」
「あぁ? テメェの価値観で物抜かしてんじゃねえぞ?」
ブチリ、とフェイラのこめかみ辺りから不穏な音が聞こえたよ。こわっ。
「フェイラ様!」
と、上空からクレミーたち獄門天のみんなが俺たちの傍へとそれぞれ降りてくる。エルヴィーラ側も、只者じゃない魔力をした数人が神殿からぞろぞろと出て来たな。
聖騎士っぽい鎧にファーのついたマントを羽織った黒髪の男。
銀髪で片目を前髪で隠したシスター。
レイピアを握ったピンクのツインテールのシスター。
うさ耳っぽい被り物をし、ぬいぐるみのような丸っこいモンスターに乗った男の子。
目隠しをし、チェンソーを構えてぶつぶつなにかを呟いているシスター。
知った顔は……マティアがいる。てことはやっぱり、残りの十二使徒だ。
「合わせたように幹部の人数が五対五だな」
ここからが本当の、全面戦争だ。




