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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第八巻
312/314

間章(3)

 滅罪使徒マトフェイがかつて暮らしていた世界は、醜悪の一言だった。

 戦争をしているだけならまだわかりやすいのだが、不戦条約を結んでいる国々が武力で争うことはない。

 それだけ聞けば平和に思えるだろう。だが、実際はあり得ない課税と高騰し続ける物価で一般人は貧困し、一部の上流階級だけが至福を肥やすシステムが世界中で推し進められていた。

 政治家たちは他国のご機嫌取りばかりに熱中し、苦しむ民の声には一切耳を傾けない。それどころか家畜以下の奴隷という『資源』としか見ておらず、国家間で人身取引まで始めてしまった。


 孤児だったマトフェイは、そうやって売り飛ばされた先でマティアと出会った。

「私は◯☓△□。あなたの名前は?」

「□◯☓△です」

 みすぼらしい格好ながらも、美しい銀髪を靡かせるマティアにマトフェイは目を奪われてしまった。『マトフェイ』も『マティア』も滅罪使徒になった時に魔王から頂戴した名前だ。本名はとっくに記憶の摩耗に飲み込まれ、思い出すこともできなくなっている。


 マティアは賢かった。

 当時は十四才の小娘だったが、美しい容姿と、生まれ持って備わっていた『真実を映す聖眼』を使いこなして貴族に取り入った。そうして同じ奴隷たちの待遇を少しずつよくしていった。

 格好よかった。憧れた。自分もあのように強くなりとマトフェイは願った。

 だが、マトフェイは子供すぎた。頭もあまりよくなければ、聖眼のような特殊能力も持たない。

 できることと言えば、ありふれた低位の魔法と、邪魔にならない程度にマティアの手伝いをするくらいだった。

 少しでも彼女に近づこうと賢い自分を演じたりもした。方向性がおかしくて笑われたのを覚えている。マティアが笑ってくれるのならと、それからも『賢い自分』を演じ続けることにした。

「いいのですよ、□◯☓△。あなたが無理をする必要はありません。大丈夫、私が全てを変えてみせます」

 マティアはそういって優しく微笑んだ。聖女と呼ばれる存在がいるとしたら彼女がそうだと、マトフェイは強く信じていた。


 そして、数年後。

 マティアが主人である貴族を殺害した。

 原因はマトフェイだった。頑なに純潔を守っていたマティアに業を煮やした主人が、妹分であるマトフェイに手を出したからだ。

 抵抗したマトフェイがこっそり習得していた光魔法で主人を傷つけたことが始まりだった。逆上した主人がマトフェイを処刑しようとしたところにマティアが駆けつけ、部屋の装飾の剣を引ったくって主人を突き刺した。

 二人は叛逆奴隷としてお尋ね者となった。

「ごめんなさい。わたしのせいで……ごめんなさい」

「あなたは悪くありません。私はいずれ同じことをするつもりでした。ですから、この罪は私のものです」

 他国へ逃げても状況は変わらない。どこの国も民を蔑ろにする政策を取っており、世界全体で衰退の一途を辿っている。

 下々が目に入らず豪遊している上流階級は、そんなことにも気づかない。

 やがて遠くない未来に世界は滅ぶ。

 多くの人々がそれを感じ、そして望んですらいた。

 マトフェイとマティアも同じ考えだった。


「――その通り、世界の罪は滅びを持って清算されます」


 天が割れ、乳白色の光と共に魔王が出現したのはそんな時だった。

 最初は神が降臨したのかと思った。

 戦争をやめ、豚のように肥え太ることしか考えなくなった権力者やお飾りの軍に対抗するすべはない。高位の神官が着るような豪奢な修道服に身を包んだ魔王――『贖罪の魔王』エルヴィーラ・エウラリアは、たったの三日で全ての国を乳白色の光で焼き尽くした。

 生き残った人々に彼女は告げる。

「罪深き世界の人間よ。救われたければ滅しましょう。償いたければ使徒となり、滅罪の旗の下に集いなさい」

 是非もなかった。

 多くの人々が魔王の傘下に降ることを即座に決意した。たとえ世界を滅ぼす活動に参加させられるとしても、滅んだ方が救われることもあると知っている彼らに迷いはなかった。

 マトフェイとマティアも当然、救世主たる彼女に従うことを決めた。

 魔王の力を与えられて眷属となり、いくつもの世界を跨ぎながら数え切れないほどの年月を過ごした。

 あの世界の住人だった者から最初に幹部――滅罪使徒に取り入れられたのは、当たり前だがマティアだった。聖眼とずば抜けた魔法の才もあって魔王の目に止まり、すぐに気に入られたのだ。

「クックック、ずいぶんと出世したではないか我が半身◯☓△□よ。我が事のように嬉しいぞ」

「まだその喋り方を続けているのですね。ですが、舐められないためにも自分を強く見せることは悪くありません。あと私は本日より『滅罪使徒のマティア』です。旧名は捨てました」

「そうか、ではマティアよ。貴公の滅罪使徒への昇進を祝し、今宵は銀星の夜空の下で舞踏会を――」

「あなたも滅罪使徒に推しておきましたよ。近い内に声がかかるはずです」

「ふぁ!?」

 全く予想外の言葉が飛んできてマトフェイは演技も忘れて素っ頓狂な声を上げた。オロオロと周囲を見回し、上目遣いになってマティアに訊ねた。

「ど、どうして? わたしなんて大したことないのに」

「気づいていないようですが、あなたは強いですよ?」

「そんなことないよ。◯☓……マティアに比べたら全然だってみんなも言ってるし」

「ああ、これは私のせいですね。私の影に隠すことであなたを守ってきたことが仇になってしまったようです」

 元々暮らしていた世界でもマティアが矢面に立っていたのは、マトフェイたち他の弱い奴隷を守るためだった。そのことを痛いくらいにわかっていたからこそ、マトフェイは自分が強くないと思い込んでいた。

「□◯☓△、あなたはもう自由になっていいのです。私の影から飛び立ち、自信を持って、その力を魔王様のために振るってください」

 そうして、マトフェイは滅罪使徒となった。マティアにこそ遅れてではあるが、最高幹部である十二使徒の末席にまで名を連ねることにもなり、ようやく自分に自信を持つことができた。

 魔王から与えられた力で翼を得ることになったのは、マトフェイが自由である証拠だ。

 これからはマティアと肩を並べて救世主であるエルヴィーラに仕えられる。それがなによりも嬉しかった。


 なのに、裏切られた。

 魔王は、『贖罪の魔王』エルヴィーラ・エウラリアは、マトフェイを切り捨てたのだ。


「お……姉ちゃん……」


 乳白色の光に呑み込まれていく中で、マトフェイは最後にそう呟いて意識を失った。

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