三章 煉獄の魔王(11)
「ダッハハハハハハハハハッ!! あーあ、負けちまった! 清々しく負けちまった!」
次空艦『カエルムイグニス』の大広間に腹の底から噴火するような爆笑が響き渡った。普段の炎髪ロリ体型に戻った『煉獄の魔王』フェイラ・イノケンティリスは、玉座に腰かけて気持ちのいい笑顔を浮かべているよ。
決着の後、眷属たちによって回収されたフェイラは僅か十分ほどで目を覚ました。俺の黒炎と、第二段階に変身したことの影響でかなり魔力を消耗していたよ。なのに休みもせず俺との謁見の場を設けてくれたんだ。
「まさか魔王様にまで勝っちまうなんてな! 流石はあたいが認めた男だぜ!」
「フェイラ様も本気を出されておられた。その上での敗北であれば我々に文句を言う資格はありませんな」
「……はい。悔しいですが、認めざるを得ませんね。チッ、いつか焼き殺す」
「グルルルゥ」
「フェイラ様を滅ぼさないでくれたことには感謝しますの」
幹部たちも俺を見る目が最初の頃とだいぶ変わったな。自分たちの主が倒されたってのに、尊敬の念すら感じられるよ。ただし一部クレミーを除く。
「あ、そうだブリュレ! この服のフリル取ってくれよ!」
ピンクのドリルヘアーを見て思い出した俺は、一も二もなく彼女の下へと駆け寄った。一分一秒でも早くこのフリフリした衣装から解放されたいんだよ。
なのに、ブリュレはつーんとそっぽを向きやがった。
「はぁ? やーですの! フリルは可愛さの象徴! 可愛いは正義! それを取るだなんて蛮行の極みですの!」
「魔王軍の幹部が『正義』とか言うな!? でもそうか、じゃあ、よく俺を見ろ」
「?」
頭に疑問符を浮かべるブリュレに、俺は両腕を広げてフリル衣装に包まれた全身を見せつけた。
「可愛いか?」
ブリュレは一瞬ポカンとし、それからフッと口元に笑みを浮かべ――
「オロロロロロロロ……」
「吐くほど!?」
後ろを向いて四つん這いになり口からキラキラしたものをマーライオンしやがったよ。
「す、すぐに外しますの!? わたくしとしたことが、フリルをつけるとキモくなる存在がいるだなんて想像もしてなかったですの!?」
「んー、これは俺泣いていいやつかな?」
そこにいるセルモスや、もういないけどベルメリオンだっけ? そいつら筋肉野郎の方がよっぽど似合わないと思うけどね。
俺が服を着たままブリュレは高速でフリルを取り外し始めた。間違って刺されないか怖かったが、ブリュレの卓越した裁縫力をもってすればそんなことは起こり得ない。
と、他の幹部たちも俺の周りに集まってきたよ。
「なあ、『千の剣』! 次はあたいともう一戦やろうぜ!」
「なんで魔王の後に幹部と戦わないといけねえんだよ!? 却下だ!?」
「今日の夕食は豪勢に溶岩焼きを出してあげるわ」
「クレミーさんなんか殺意がえげつないんだけど!? それ溶岩『を』焼いたものじゃないよね!?」
「ベルメリオンも生き残っていればよかったですな。そうすれば、男三人でいろいろと語れたこともありましょう」
「姦しすぎるのも嫌だがむさ苦しいのも嫌だわ!?」
「ごろにゃーご♪」
「お前は懐くと意外に可愛いな!?」
なんだろう、この一気に幹部たちとの距離が縮まった感。俺、お前らの魔王様をぶっ倒したんだよ? 何度も斬ったり刺したりしたんだよ? よくも悪くも実力主義だなぁ。
「おいテメェら! そこまでにしやがれ! 仲良くすんのは構わんが、先に決闘の取り決めを消化すっぞ!」
フェイラが手を叩いて幹部たちを散らせる。丁度フリル除去が終わったブリュレもそそくさと壁際に下がったよ。
改めて俺はフェイラに向き直る。なんかちょっとむすっとした様子のフェイラは……ボッ、と掌に青いクリスタルを出現させた。
俺の奪われた魔力が封じられている結晶だ。
「ほら、預かってた魔力だ。これでさらに強くなるわけだな。武者震いがしやがる」
「もう戦わねえからな?」
ない状態でも勝ってるんだから大人しく引き下がってほしい。俺は投げ寄越されたクリスタルを、左手の〈吸力〉で己の中に戻す。
一気に魔力が膨れ上がった。リーゼとゼクンドゥムから返してもらった時にも味わった感覚だが、これ一つにどんだけ魔力量が込められてるんだよ。
アルゴスの声は、まだ聞こえない。やっぱり全部取り戻さないとダメか。
「そういや、ダーリンが勝った時の条件もあったな」
「ああ、この世界に俺の協力者が二人いる。そいつらを探し出して保護してくれ」
あの時、フェイラに出した条件がそれだ。それもあったから俺は逃げずに真正面からフェイラとぶつかったわけだ。
「あの二人だな。一応覚えてんよ。つか、とっくに部下を世界中に散らばらせて探させてる。『贖罪』の監視も兼ねてな」
「手際がいいな。ありがとう。助かるよ」
緊張が解けて思わず微笑んでしまうと、フェイラはなぜか驚いたように目をぱちくりさせた。
「お、おおう……なんだ、この感じ。ダーリンに褒められると気分がいいな」
「うん、待って。聞き間違いと思って一回目はスルーしたけど、今なんつった?」
「? 褒められると気分がいいって」
「お約束のボケはいいから、俺のことなんて呼んだ?」
ジト目で問い詰める。フェイラは僅かに頬を紅潮させ、バツが悪そうに自分の炎髪を弄り出したぞ。
「だ、ダーリンだ。ほ、ほら、ウチを降したあの強さ。テメェは将来必ず〝魔帝〟になる! だったら、う、ウチが、そ、そそそそのよよよ嫁になるわけで……だ、ダーリンだろ!?」
「いやその理屈はおかしい!? あと恥ずかしいなら普通に呼べ!?」
かぁああああっと褐色の肌でもわかるくらい真っ赤になるフェイラ。そういえば、〈魔王たちの会合〉でゲームに参加した目的を聞かれた時そう答えてたな。すっかり忘れていたよ。
「だいたい火山の化身が嫁になりたいって、意味わからんぞ」
「あ、あれはウチが魔王として顕現する前のことだ。とある世界で一番有名な火山だったウチは、観光スポットとしても人気があってな」
「おい、恥ずかしさを紛らわすためになんか語り出したぞ」
別に興味はないんだが、俺から目を逸らしたままフェイラは自分語りを続ける。
「特に人間のカップルが多くて、毎日毎日イチャイチャしてるところを見せられちまってたんだ。それがなんだか羨ましくて、妬ましくて、腹立たしかった。その気持ちが芽生えた自分自身もよくわからなくなって、人間と同じようなことをすれば理解できるかなと思って」
「まさか、リア充爆発しろってノリで魔王化したわけじゃないよな?」
もしそうなら悲しすぎるぞ、この魔王。
「いや、ウチが魔王化した原因は人間どもによる度の越えた環境破壊だ。ゴミは捨てるわ木は刈り尽くすわ毒は流すわ。『守護者』すら人類を見放したところで、ウチが破局噴火で世界丸ごとちゅどん」
ぐーにした手を勢いよくパーにするフェイラ。世界を消し飛ばしたってことは、俺と戦った時の破局噴火は全力じゃなかったってことか。アレで? うそん。
「まあ、そんなわけで人間には恨みや怒りもあるが、憧れも残ったんだ。ウチは『人間らしい』ことをしてみたい。聞けば彼の元〝魔帝〟だって人間との恋に堕ちたらしいじゃねえか。概念魔王でもできんなら、ウチでもできるはずだろ? だ、だからウチを嫁にしやがれダーリンこの野郎!?」
「おうふ……」
無理ですってめっちゃ言いたいけど、そうしたらこの場で『煉獄の魔王軍』と全面戦争だろうなぁ。フェイラが弱っているとはいえ、幹部全員も相手となると流石に死ねる。
受けるわけにもいかないし、断ることもできない。
なら、どうにかして保留な形にして有耶無耶にしよう。そうしよう。最低だな俺。
「いいか、魔王兼人間の俺が教えてやる。いきなり嫁にしろっていうのは順序を飛ばし過ぎだ。まずは友達から始めるのがセオリー。それが一般的な人間の男女のお付き合いってもんだ」
俺、一般的な人間の男女のお付き合いなんてしたことないけどね! なんなら『お友達から~』はやんわり断る口実だと思っている!
だが、フェイラは真に受けてくれたようだ。
「友達、か。それはそれで憧れがあるな。確かにウチは焦りすぎていたかもしれん。いいぜ。そういうことにしといてやるよ、ダーリン」
「ダーリン呼び禁止!?」
「それは譲れねえな」
慣れて来たのか、まだ頬は赤いけど俺を真っ直ぐ見てそう呼んできたよ。ううぅ、このゲームが終わったら二度と会いませんように。
コンコンコン。
その時、大広間の扉が控え目にノックされた。近くに立っていたクレミーが少しだけ扉を開けて対応する。
「フェイラ様、海で漁をしていた眷属たちからご報告があるそうです」
「あ? まあ、丁度話が纏まったとこだ。入れろ」
フェイラは玉座で片肘をつき、足を組んで踏ん反り返る。さっきまで乙女だったのに威厳の切り替えが凄いな。
ていうか――
「え? 漁なんてしてんの?」
「軍の食料だって有限よ。現地調達もするわ」
俺の疑問にクレミーがつまらなそうに返した。もしかして食客が増えたせいで食料危機に陥ってたりするんだろうか? でもなぁ、だからと言ってこの世界で現地調達はあり得んぞ。
「知らないなら忠告しとくが、この世界は魚も獣もゲロ不味いぞ?」
「なにを得意げに語っているの? それはあなたがなんの処理もせずに食べたからでしょう? この世界の生き物は『贖罪の魔王』の魔力に汚染されているから、まずはそれを抜く必要があるの。臭みやえぐみも取れば普通に食べられる味になるわ」
「なん……だと……?」
え? あの古いタイヤにハイオクをぶっかけたような肉が食えるもんになるの?
「あなたがここで食べてきた肉や魚はこの世界で獲れたものよ?」
「うっそだろ!?」
確かになんの肉かわからんかったけども……マジかよ。ちゃんと処理すればあんなに美味くなるもんだったのか。
扉が開く。数体の骸骨がなにやら大物が入っていそうな漁網を引きずって大広間に入ってきたぞ。
「あ、漁に出てたの骸骨戦士くんたちか」
艦の案内や訓練に付き合ってくれてた気のいい奴らだ。俺が手を振ると、向こうも振り返してくれたよ。ホントいい奴。
「……ずいぶんと仲良くなってるみたいね」
クレミーが目を平らにして俺を睨む。なんでお前が不満そうなんだよ。
「言葉はわからんけど、どこぞの幹部連中より常識的な奴らだからな」
最近だとなんとなく言いたいこともわかるようになってきた。コミュニケーションに、言葉はいらない! ごめんやっぱ欲しい!
「ん? 待て、その網に入ってるのって……」
メーター越えの大魚かと思ったが、どうも違うぞ。金色の長い毛に、白を基調としたバトルドレスのようなものを纏った……お、女の子?
「へ? はぁ!?」
待て待て待て、ただの女の子じゃないってそいつ! 背中から生えた天使みたいな白い翼と、眼帯には見覚えがあるぞ。死んでるように蒼褪めてぐったりしているが――こいつは『贖罪の魔王軍』幹部の中二病天使・マトフェイだ。
「なんで、滅罪使徒が漁の網にかかってんだよ!?」