三章 煉獄の魔王(9)
黒炎纏う波打つ刀身の剣で降りかかる五つの小太陽を斬り消した俺は、その勢いのままフェイラに接近戦を持ち込んだ。
「まぐれじゃなかったみてぇだな! それがテメェの魔王武具か?」
「さあな」
魔帝剣ヴァレファールと焔殺覇が打ち合う。鈍い衝撃音が空間を揺らす。小太陽をプリンのように斬っちまうから競り合いになんてならないと思ったが、流石は魔王武具だ。紅き戦鎚には傷一つつかない。
――魔王武具、か。
この剣が俺の魔王武具かと言われれば、違うだろうね。フランベルジュを模した大剣にただ魔力と黒炎を纏わせただけ。剣自体に特殊な能力なんてないんだ。やろうと思えば他の武器でもできる。
今は戦鎚の凄まじい破壊力を黒炎が焼き消しているからなんとか打ち合えているが、いつまでも続けられるもんじゃないぞ。黒炎の出力が途切れたら俺は刃ごと粉々に爆砕されちまう。
盾に乗って空中移動しているから足場も不安定だ。魔術かなんかで空が飛べるらしいフェイラとの空中戦はちょっと分が悪すぎるな。
だったら――
「そろそろ地上に降りてもらおうか」
フェイラの頭上にメガトンハンマーを生成して下方向に射出。勢いよく弾かれたフェイラは隕石みたいに地上へ激突した。
穿たれた大きなクレーターにマグマが満ちていく。その中からジャバッと身を起こしたフェイラは、頭を押さえながらニヤリと笑った。
「痛ぇじゃねえか! 空中戦は苦手だったか?」
「人間ってのは足が地面についてた方が安心できるんでね」
地上に降りた俺は間髪入れずマグマの中心にいるフェイラへ剣を飛ばす。それを大ジャンプでかわしたフェイラは俺の目の前に着地。戦鎚を地面に突き立てる。
「まあ、ウチも元は火山だったからな。地上の方が得意だ」
「寧ろなんで飛べるのかわからん」
「火山弾は飛ぶだろ? 火山灰も宙を舞う。つまり、そういうことだ」
どういうことだってばよ。そのどっちも自在に浮遊はしないだろうが。
「そろそろ決着をつけたいんだが」
「は? まだ戦い始めて数分しか経ってねぇだろ? 遠慮すんなって。ウチなら七日七晩だって戦えるぜ!」
「そんなに付き合えるか!?」
俺は鋭く踏み込んで大上段から魔帝剣を叩き込む。即座に焔殺覇を構えて受けて立つフェイラだったが……チッ、気づかれた。バックステップで距離を取られる。
さっきまでフェイラがいた場所に、左右から別で生成した黒炎纏う大剣が突き刺さった。それだけじゃない。何本も何本も同じ黒炎の剣で挟撃するが、フェイラには掠りもしなかったよ。
「ハッ、そんな見え見えの小細工に乗ってやるかよ! いいのか? 遠距離の撃ち合いならウチに分があるぜ?」
「いいや、これで決まる!」
「なんだと? ――これはッ!?」
もう一つの仕掛けにも気づいたようだが、もう遅いぞ。Vの字に刺さった剣の群れが、そのままフェイラへと一直線に向かうレールとなってるんだ。あとは中央に、俺は振り上げた魔帝剣を振り下ろすだけ。
轟ッ!
波打つ剣身から放たれた黒炎の波動が、剣のレールに沿うことで拡散せず超密度超高速でフェイラへと迫る。しかもレールに灯っていた黒炎も吸収して倍々に威力を増しながら、だ。
まさに黒炎のレールガン。
今の俺がリーゼ並の出力を出せるとしたら、こうするしかない。
「チッ」
フェイラは避けられないと判断したらしく、足下から溶岩を噴き上げて壁を作る。焔殺覇で防御態勢も取る。
だが、黒炎はその全てを呑み込んだ。
俺はリーゼのように燃やしたいものだけ燃やせるスキルはない。だから大地も岩山もその先の海すら焼き削る。
そのせいで威力が分散した。
あるいは、『炎』という属性に異常な耐性があったのか。
「これが……〝魔帝〟の黒炎か。やべーな。ウチの魔力がごっそり持って行かれちまった」
吹き消えた黒炎の中から、ゆらりと炎髪褐色の少女が立ち上がったんだ。
「だが……ククク、堪え切ったぞ!」
「なんてタフさだ。そこは倒れてくれよ」
今のは俺が思いつく最高の一撃だった。かなりのダメージは入ったはずだが、フェイラはまだ戦う気みたいだな。同じ手は二度と通じない。
「いいもん見せてもらった礼だ。ウチも滅多に見せない奥の手を披露してやんよ」
「いや、いいですそういうの。間に合ってます」
「遠慮すんなって!」
「してねえ!?」
これ以上なにを隠してやがるんだ。黒炎はさっきのレールガンでしばらく使えそうにないが、今のうちに先制攻撃を仕掛けるべきだな。
「――〈魔剣砲〉!」
躊躇している暇はない。刀剣の奔流を容赦なくフェイラに撃ち放つ。が、それはフェイラを中心とした巨大な紅蓮の爆発によって遮られちまった。
「ぐっ……」
凄まじい熱波と衝撃波に俺は踏ん張りも利かず転がり飛ぶ。なおも轟々と続く爆発に目も開けてられないぞ。瞼の裏まで焼かれそうだ。
これが奥の手?
まさか、自爆した……のか?
いや、全然違う。この爆発は攻撃ですらない。黒炎で削ったはずのフェイラの魔力が、跳ね上がったぞ。
「なんだ、アレは?」
衝撃が緩和したから目を開くと、溶岩の竜巻が天を衝いていた。その中に大きなシルエットが見える。
溶岩の竜巻が、弾け飛んだ。
バサリバサリ、と。
竜の翼は羽ばたかせ、銀色の髪に褐色の肌をした女が炎を纏って舞い降りてくる。頭には二本の竜角。爛々と煌く紅蓮の瞳。幼児体型気味だった体が大人のそれに成長しているが、あの顔はフェイラ・イノケンティリスで間違いない。
魔王の第二形態。
なるほど、そいつは確かに奥の手だな。火山の化身が『竜』ってのも納得できる。
「悪ぃな、『千の剣』。この姿になっちまったら、流石のウチも楽しむための加減なんてできねえぞ」
竜化フェイラが片手を天に翳す。膨大な魔力が高まっていく。
やばい、なにかする気――
「――〈破局噴火〉!!」
瞬間、視界の全てが紅蓮に染まった。