三章 煉獄の魔王(8)
「――というわけで、緊急精神会議を開催します!」
上下左右の概念もない、黒く塗り潰された宇宙空間のような場所に、席が三つだけ用意された円卓が浮かんでいた。
その席の一つに座った俺は、両肘を卓上に置いて顔の前で手を組んでいた。
「ようやく僕らの声に耳を傾けたかと思えば、ずいぶんとご都合的なタイミングじゃないか」
「ギャハハハッ! 情けなくピンチみてぇだなぁ、『千の剣』!」
残りの二席に座ったのは、サンドブロンドの髪をしたディーラーのような服を着た少年と、古い暴走族のイメージが具現化したようなトゲトゲ衣装を纏うサソリ男だった。
『柩の魔王』ネクロス・ゼフォン。
『蛇蝎の魔王』フィア・ザ・スコルピ。
かつて俺が戦って倒し、その魔力を奪った魔王たちだ。本人とは少し違う。魔力に宿っている残留思念のような存在だが、困ったことに明確な自我を持ってやがるんだよ。実はネクロスの自我が目覚めてから四六時中野次を飛ばされて死ぬほどうるさかったんだ。だから、そこは魔王の破壊衝動と同じで意識しないように『声』をシャットアウトしている。
今回は俺自らそんな『隔離部屋』に入ったわけで、要するにこいつらの助言でもいいから聞きたいくらい切羽詰まってるんです。
「あと数秒とかからず上から太陽が降ってきます。どうにかする案を出してください。でなければ俺ごとお前らも消えます」
「まずはそのムカつく敬語をやめてくれないかな?」
「違ぇねぇ! さっきから鳥肌が立ってんだぁ!」
思考が超加速状態とはいえ、のんびりしていられない。俺を小馬鹿にしてやがる態度は気に入らないが、こっちはお願いする立場。要望はできる範囲で呑んでやろうじゃないか。
「わかったよ。で、どうすりゃいいと思う? 攻略法があるなら教えてくれ」
「そんなことより、さっき僕の魔王武具がそこの虫ケラに劣るようなこと言ってなかった? 殺すよ?」
「こいつはわかってんだよぉ。オレ様の魔王武具の偉大さがなぁ。てか、おいてめぇ今なんつったぁ? オレ様に向かって『虫ケラ』っつったのかぁ? あぁ?」
「喧嘩すんなよ状況わかってるだろ!? ネクロス、お前の斧は殺傷力が高すぎるんだ。だから普段使いはフィア・ザ・スコルピの連接剣の方がいいって話。優劣をつけた覚えはない!」
仲良くしろとは言わんけど、俺の中でシェアハウスしてるんだから争わないでくれ。鬱陶しい。
「ほほう? つまり、僕の〈冥王の大戦斧〉は強すぎるってことだね」
「はぁ!? オレ様の〈蛇蝎剣〉だって猛毒出しときゃあ、掠っただけでぶっ殺せるだろうがよぉ!?」
「だから喧嘩すんな!? それより会議! 時間ないの! 早く会議! ハリーアップ!」
俺は円卓をバシバシ叩いて場を鎮める。お前ら一応人の上に立ってた社長みたいなもんなんだから、もっとまとめ役の苦労を考えてほしい。いや、この二人だいぶワンマン社長っぽいけどさ。
「改めて、フェイラの攻撃を防ぐためにはどうすればいい?」
「アハッ。まあ、確かに。僕の力が発現しているとはいえ、あんなのをくらえば君程度の不死力じゃ消滅は免れないだろうね」
愉快そうにニヤリと嗤うネクロス。それはそれで見てみたいとか思ってそうだな、こいつ。
「ハン、このくらいで焦るとかくだらねぇ。要は『煉獄』以上の火力をぶつけて跳ね返しちまえばいいだろうがぁ! 今の魔力でも余裕で奴を上回ってんだからよぉ!」
フィア・ザ・スコルピはつまらなそうに椅子の背に思いっ切り凭れて大きな欠伸をする。他人事だと思ってこいつら……。
「悪いが脳筋戦法は無理だ。魔力は有り余っていても、一度の出力には限界があるからな。最大火力の魔剣砲でも威力を少し削ぐくらいしかできそうにない」
「だったら限界突破すりゃいいだろぉ! 今すぐによぉ!」
「無茶言うな!?」
ソシャゲじゃないんだから、そう簡単に限界突破なんてできるわけないだ……いや、したわ。ルウの怪しい薬飲んだら身体能力が限凸したわ。でも魔力の出力は変わらないんだよ。薬が効くのも時間かかったしな。
ネクロスがやれやれと肩を竦める。
「虫ケラに同調するのは癪だけれど、君はやろうと思えばできるはずだ。この僕と戦った時みたいにね。自分でも言ってたからわかってるんだろう? 君の中にある『倫理』がブレーキになっているってね」
「誰が虫ケラだ殺すぞ? ああん?」
フィア・ザ・スコルピが不良のようにメンチを切るが、ネクロスはどこ吹く風と受け流す。
「いいや、『倫理』だけじゃない。一応世話になった相手だからという『遠慮』。女の子だからという『躊躇』。極めつけは大量の魔力消費を恐れている『貧乏性』かな。意識レベルでは解放できるようになっているみたいだけれど、無意識レベルで天井を決めているんだ。アハッ、これは酷い♪」
「やかましいわい!?」
今回の戦いでは意識して貧乏性にならないようやってるつもりだったんだが、それでもまだ足りないってことかよ。ちなみに貧乏性以外はその通り過ぎてグーの音も出ません。
「残虐になりなよ。そうすれば、君は公爵以上の魔王とだって渡り合える」
不敵な表情を浮かべるネクロスの瞳には、きっとあの時、意識まで魔王化した俺が映っているんだろうね。確かにあそこまで善意を捨てれば負ける気はしない。でもな、そうなったらお終いなんだよ。
完全にそうならなくていい。せめて、人並みの残虐さを身につけることも今後の戦いには必要になるだろうが……。
「……すぐには、無理だ。今、この一瞬では特に」
「じゃあ、諦めて死ぬってのか? オレ様はてめぇと心中なんてごめんだぜぇ?」
「そうならないためになんとかしましょうっていう会議なんだけど!?」
「アハハハハハッ! だよね。『残虐になれ』っていうのは少しイジワルだったかな!」
腹を抱えたネクロスはひとしきり笑った後、俺を真っ直ぐに指差した。
「もっと現実的な方法はある。君、魔力を纏えるようになったんでしょ?」
「そうだが、流石に堪えるのは無理だと思うぞ?」
「違うよ。体に纏うんじゃない。武器に纏わせるんだ。おっと、魔力を込めるのとは訳が違うから馬鹿みたいな勘違いして死なないように釘刺しとくね」
「……ぐっ」
なるほどもっと魔力を込めればいいんだーっ! って危なく勘違いするところだった。皮に纏うって意味ですね。わかります。
「魔力を纏った武器はそれだけで強度も威力も射程も格段に跳ね上がる。魔王クラスの魔力ならなおさらね。『煉獄』の魔王武具だって常に魔力を纏っているからあんな馬鹿みたいな威力を出せているんだ」
「そうなのか?」
フェイラの腕力が脳筋だったわけじゃないんだな。魔力ってべんりでふしぎなえねるぎーだね。
フィア・ザ・スコルピが呆れ顔を浮かべる。
「つか、基礎だぞ。マジで今まで素のポテンシャルだけで戦ってやがったのかぁ、てめぇ」
「ですよね! 知ってた!」
「こんな奴にオレ様は負けたのか……」
「それを言うな、虫ケラ。僕にも刺さる」
おかしいな、二人が落ち込んでるよ。慰めないけど!
「だが、ちょっと魔力を武器に纏わせたくらいでどうにかなる問題じゃないだろ!」
「そこは黒炎と併用するのさ。そっちはやったことあるだろう?」
「黒炎でなんとかなる、のか?」
なんでも燃やす炎だからフェイラの技だって喰らえるかもしれない。もっともそれは、アルゴスやリーゼが使えばの話だ。小太陽はフェイラの全力に近い一撃だろう。俺ごときのなんちゃって黒炎でどうこうできるレベルとは思えん。
「は? アレはあらゆる『魔』を制する最強の炎だよ。なんてったって、かつての〝魔帝〟――『魔』の概念存在である『黒き劫火の魔王』の力なんだからさ。君がちゃんと扱えていたなら魔力すら纏う必要はない。それだけでなんとでもできる」
ネクロスは馬鹿にしたように鼻で笑った。アルゴスやリーゼって『魔』の概念だったのか。あ、リーゼは概念と人間のハーフになるのかな。よくわからんぞ、それ。
待て待て、脱線すんな。リーゼの正体とか今はどうでもいい。えーと、つまり、少しの黒炎でもあの小太陽とやり合えるってことか。でもそれだけじゃ心配だから、後押しするために魔力を纏わせた武器での一撃も入れる。
「やってみる価値はあるっていうか、もうそれしかねえな。よし」
席を立つ。そろそろ時間もない。やるならやるで始めないと間に合わなくなるぞ。
円卓から立ち去ろうと背を向ける俺に、なんやかんやで俺のこと認めてるっぽい魔王二人がエールを送ってくれる。
「いいかぁ、宿主。『煉獄』のメスガキなんかに負けるようなら内部から魔力に猛毒流し込んでやるからなぁ!」
「仮に失敗しても上手い具合に死にかけてくれたら、あとは僕が体を奪って有効活用してあげるから安心しなよ」
「ふざけんなこの野郎ども!?」
やっぱこいつら俺が隙見せると容赦ないぞ。絶対負けられない戦いになっちまった。
「さて……」
意識を現実に戻す。小太陽はすぐそこまで迫っている。だが、ギリギリ間に合う距離だ。蒸発しそうなほどの熱を魔力で遮り、俺は右手に新しく武器を生成する。
「――やってやるよ」
〈魔武具生成〉――魔帝剣ヴァレファール。
黒炎を灯すなら、やっぱりこの武器だよな。今までは黒炎の発射台のような使い方しかしてこなかったが、今回は波打つ剣身に魔力を纏わせて直接斬りつけるんだ。
無色透明な魔力が刃の形になって剣を巨大化させているのがわかるよ。さらにその魔力を含めた全体にボボボッと黒炎を点火させ――
――一気に、叩き斬る!
スパン! と。
拍子抜けするほど簡単に小太陽が真っ二つに裂けた。
「は?」
マジで? 俺の中の魔王二人も『嘘だろ』って反応してるよ。俺だってもうちょい苦戦するかなって思ってたさ。でも手応えすらほとんどなかった。つまり、黒炎と纏っていた魔力部分だけでプリンみたいに斬ったってことだ。
割れた小太陽の切り口から黒炎が蝕んでいく。そして地面に落下する前に燃え尽きる隕石のごとく綺麗さっぱり消え去った。
「……なっ」
フェイラは瞠目して言葉を失っていた。渾身の一撃だったんだろうね。ここからは俺のターンだ。
「さあ、続きと行こうか」
「ク、クク、ダハハハハハハッ! いいぜいいぜ! 面白くなってきたじゃねえか!」
凶悪に嗤ったフェイラは、さらに上空へ同じ小太陽を五つ生み出した。いや、待って。俺はそれ面白くない。海が干上がるどころか岩山が溶け始めてるんですが!?
「仮にも大自然が化けた存在なら星に遠慮しろよぉおッ!?」
俺にもあのくらいの無遠慮さがいるんだろうね。羨ましくないけど。