三章 煉獄の魔王(5)
炎の魔人と巨大火猫が俺と対峙する。
「魔王様の命令であれば、従うしかありませんな。『千の剣』殿、遠慮は無用です。一つ、手合わせ願いましょう」
厳つい火炎魔人のくせに物腰柔らかい執事然とした口調で喋るセルモスが、片手を天に翳す。瞬間、奴の足下から灼熱の溶岩が噴き上がり、見上げるほどの津波となって押し寄せてきた。
「くっそ、ホントにいきなりぶちかましてきやがった!?」
ドロドロした溶岩とは思えない速度で迫る赤い壁は、甲板の端から端まできっちり埋まって逃げ場がない。ここは盾サーフィンで空中に逃げるのが妥当か。
そう考えて早速ライオットシールドを生成しようとしたが、ブアシャアッ! 溶岩の津波を突き破って火猫――プラーミャが飛びかかってきやがった。
空中で前足を大きく広げたかと思うと、ボンボボボボボン! 炎の爪が連鎖的に爆発して巨大化し、交差させるように振り払われる。
「あっぶ!?」
なんとか反射的に飛び上がってかわしたが、俺がさっきまで立っていた甲板が船底まで焼き斬られて崩壊したぞ。なんて威力だ。この艦落ちるんじゃね?
「エスカラーチェに怒られても知らねえぞ!?」
俺はそのまま予定通り生成した盾に乗って溶岩の津波も回避する。だがそこへ、無数の溶岩柱が時間差で噴き上がってきた。これもセルモスだな。
俺は盾を上手く溶岩に着水させて本当のサーフィンみたいに滑って凌ぐが、あっついな馬鹿野郎! まったく、頭脳が大人な探偵坊主のスケボーシーンみたいなアクションさせられちまってるよ!
「ん? なんだこの臭い?」
腐卵臭? 硫黄? 毒ガスか!?
「――ッ!?」
慌てて袖で鼻と口を塞いだ俺は、ハッとして横を見る。俺と同じように溶岩の柱を滑っているプラーミャが、パカリと口を開けていたんだ。その奥から、間違いなく高温だと思われるオレンジ色の輝きが……アレはマズい気がする!
〈魔武具生成〉――カタリヤ。
インドの民族が用いていた戦闘用ブーメランの一種。平たく三日月状に湾曲したフォルムの一端に、球状の重りを取りつけた投擲武器だ。ブーメランは回転しながら飛翔することでどこにあたっても破壊力を生み出せるわけだが、カタリヤはその重りがあることでさらなる打撃力を期待できる。
遠隔操作も加え、プラーミャがなにかをする前に高速でカタリヤをぶつけた。だが、カタリヤはどういうわけかプラーミャを擦り抜けちまった。いや、違う。映像でも切ったように火猫の体が歪んで、すぐにくっついたんだ。
プラーミャの攻撃は止まらない。口から高温のブレスが吐き出され――
「やっべ……」
ゴォオオオオッ!
あらかじめ敷かれていたガスのレールに引火して、青白い熱光線が俺に直撃する。蟻をガスバーナーで焼き殺すような絵面だ。
「無茶苦茶だろ!?」
盾の生成も間に合わず全身こんがり焼かれながら吹っ飛ぶ俺。鎖鎌を生成してどうにか五隻離れた艦の船尾に引っかける。消し炭になったかと思ったが、負った火傷はすーっと時間が巻き戻るように回復したよ。ネクロスの魔力のおかげだな。食中りもそれで治して欲しかったです。
「思いがけず距離は取れたが、あいつら本気で俺を殺しにかかってるな?」
フェイラの話だと幹部たちはそれぞれ火山に関連するなにかを象徴している。セルモスは〝溶岩流〟だとして、プラーミャは〝火山ガス〟だろう。硫化水素だかなんか知らんけど、あんなガスバーナーみたいなことになるんだっけ? 理科の授業もっと真面目に受けとくんだった。
どちらも存在そのものが流動体や気体だって話なら、どうやって倒せばいいんだ?
「だから受け身ばっかじゃダメだっつってんだろ」
船上に這い上ると、呆れた顔のフェイラが腕を組んで立っていた。もうこっちへ移動してきたのか。早いな。
「攻撃は最大の防御っつう言葉、テメェの世界にはねえのか?」
「染みついた戦い方はそう簡単に変えられねえよ!」
俺だって開幕に魔剣砲をぶっ放したことはある。だが、それは相手も大技を放ってきたから合わせただけだ。自分から仕掛けるのはやっぱりどうも、気が引ける。
「意識しろ。さもなきゃ死ぬぞ? ほら、追ってきた」
床から火柱が上がる。姿が現れる前に手だけを突き出したセルモスが、放水するようにマグマを撃ち出してくる。盾を生成して受け流す。
「ふむ、プラーミャの一撃をまともにくらったと思ったのですが、無傷とは驚きですな」
「服は焼け焦げてボロボロだ。弁償してくれるんだよな?」
また、ガスの臭い!
「上か!?」
見上げると、プラーミャがさっきと同じように口からガスバーナーを放っていた。転がって避けるが、そこにセルモスが溶岩を巨大な拳の形にして殴りかかる。生成していた盾でそのまま受けて、自分から後ろへ飛んで距離を取った。
くそ、こいつら連携が取れてて攻撃する隙もないぞ。
「受けてばっかりだな。テメェ、実はマゾなのか?」
「んなわけねえだろ!? 痛いのも熱いのも嫌だわ!?」
ちょっと引き気味のフェイラにツッコミを入れてると、今度は溶岩流とガスバーナーが同時に襲ってきたよ! もうやだーっ!
「そうなのか? 魔力は有り余ってんのに、纏いもせず生身で受けてるからてっきり痛いのが好きな変態野郎かと」
「だから違ぇよ!? てか、魔力を纏うって?」
「ぶはっ! うっそだろ、なんで知らねえんだよ? 魔王とか以前の問題だぞ。どこの世界でも魔力で戦う奴なら人間だって少なからずそうやってんのによ!」
ゲラゲラ笑うフェイラ。ぐぬぬ、俺が常識ないみたいでなんか恥ずかしいな。
「魔力を纏う……纏う……そうか!」
閃いた。なるほど、これは盲点だった。俺は今まで『手で持つ武具』ばかり生成していたからな。そうじゃない武具は最初から候補外に置いてしまっていたんだ。
〈魔武具生成〉――プレートアーマー。
俺は全身を金属の甲冑で覆った。
「さあ、来い! これで攻撃されても怖くなあっっっつッ!?」
溶岩流を受けて一瞬で熱されたプレートアーマーがとんでもなことになった。慌てて消して脱ぎ捨てる。火傷はすぐ再生するけど、気分はファラリスの雄牛だったよ。
「ダハハハハハ! 馬鹿だ! 馬鹿がいるぞ! 食中りの時もだが、こんなにウチを笑わせたのはテメェが初めてだ!」
フェイラは甲板の床を腹抱えて笑い転げていた。わ、笑うなこんにゃろう!
「そうじゃねえよ! ウチは魔力そのものを纏えっつってんだ! まあ、要領は今の鎧みたいでいい。だが鎧にはせず、魔力だけを着るイメージだ」
「魔力を着る……?」
フェイラが手振りでセルモスたちの攻撃を一時停止させる。その間に俺は意識を集中させ、フェイラの言った『魔力を着る』という状態をイメージする。
そもそも純粋な魔力って目に見えないんだけど、どうイメージすればいいんだ? 透明なオーラか鎧を纏う感じかな?
〈魔武具生成〉――プレートアーマーの一歩手前。
「……できた。意外と簡単に」
普段は内にある俺の魔力が全身を薄く覆っている。気のせいか、体も軽くなって力が湧いてくる感じもするぞ。そうか、これが身体強化術にもなるわけか。
フェイラがGOサインを出すと、セルモスとプラーミャが同時に攻撃した。ガスバーナーが直撃し、溶岩流が俺を呑み込んだが――
「熱くないし、痛くないぞ! へえ、こうすればよかったんだ!」
俺は、無傷だった。再生したからじゃない。今度は服すら燃えてないんだ。もしこれを無意識にできるようになれば、かなり戦いが楽になるぞ。
「そのレベルの高密度な魔力を纏ってりゃ、同格の魔王でもなきゃ攻撃なんてまず通らねえ。知っとけよ」
「本当なら教えてくれる奴が不在なんだよ!?」
アルゴスがこんな基礎中の基礎みたいな技術を教えてくれたかわからんけどね。まさか一発でできるとは。粗雑そうに見えて意外と教えるの上手いんだな、フェイラって。
「じゃあ、次はいよいよ攻撃だ。まあ、こればっかりはウチが教えられるもんじゃねえけどな。とにかく火力高い技でもぶっ放せ!」
「急に雑くなった!?」
もしかすると、俺の要領がよかったのかもしれないね。自信ついてきた!
「レクチャーは終わりましたかな? では、行きますぞ」
「なーご!」
心の中でポジティブに自己肯定していると、再びセルモスとプラーミャが自由に動き始めたぞ。またあの連携を取られると厄介だ。
「あーくそ、やってやるよ! 見せてやる、『千の剣』を!」
やられる前に、やるしかない。元々、フェイラは俺にそうさせようとしてたんだからな。
「ガルルゥ!」
ガスで強化された炎刃の爪を構えて飛びかかってきたプラーミャに、俺は生成した日本刀の切っ先を向ける。
「まずは素直に慣れた技で撫でてやるよ」
――〈魔剣砲〉!
一条の光線のごとく射出された無数の刀剣が、プラーミャが爪を振るう前にその巨体を貫いた。体をガス状にさせて受け流すプラーミャだが……悪いな、遠慮なく魔力を使わせてもらうぞ。
刀剣の奔流が黒く発火する。フィア・ザ・スコルピとの戦いでどうにか自分の物にした〝魔帝〟の黒炎だ。ガスになっていたプラーミャは黒炎に炙られて引火・爆発。弾け飛んじまった。やっべ、やりすぎた?
「……ふにゃ~」
ガスがフェイラの傍に集まる。心なしか少し縮んだ火猫の姿でぐったりするプラーミャを、フェイラがお疲れと言いながらよしよしと撫でた。
「黒炎が使えるとは、〝魔帝〟の後継という肩書きに偽りはなさそうですな」
十の溶岩の拳が降ってくる。セルモスも大概馬鹿みたいな火力と物量だが――
「安心しろ。お前には使わない。が、少し魔力を借りるぞ」
俺は内にある自分とも〝魔帝〟ともネクロスとも違う魔力を抽出し、右手にそれを生成する。
「――食い千切れ」
〈魔武具生成〉――蛇蝎剣
いや、もうこの場合は〈魔王武具生成〉にした方がいいな。あまりフェイラに手の内を晒したくなかったが、さっき魔力の纏い方を教えてくれた礼だ。
どこまでも伸びて自在に動く連接剣が、一振りで十の溶岩拳を斬断。ジャララララ、とそのまま蛇のようにうねる刃がセルモスに襲いかかる。
「ぬぅ!?」
受けられないと判断したんだろうね。バックステップでかわすセルモスだったが、蛇蝎剣はどこまでも追いかけるぞ。加えて生成してからわかったんだが、こいつの刃には毒がある。『蛇蝎の魔王』が持つ致死性の高い様々な毒を気分によって変えられるんだ。炎の魔人に効くかは知らんけど。
「厄介ですな。これは『蛇蝎の魔王』の魔王武具……」
セルモスは溶岩の壁を噴き上げて蛇蝎剣を弾いた。どうやら、炎の魔人でも掠っただけでやばいみたいだ。
だが、蛇蝎剣はあくまで陽動だ。毒で死なれても嫌だし。
「そっちばかりに気を取られていいのか?」
俺はセルモスが蛇蝎剣から逃げ回っている間に、自分の周囲に無数の刀剣を生成していた。普通のサイズじゃないぞ。遠慮なく魔力を込めた特大サイズだ。
「ありゃやべーな。総員退避だ!」
フェイラがすかさず指示を出した。セルモス以外の眷属たちがわらわらと別の艦へと乗り移っていく。
それを見届けてから、俺は蛇蝎剣を引き、一本で小さな次空艦なら真っ二つにできる刀剣を雨のように射出した。セルモスの炎の体が艦ごとザクザク突き刺されていく。こいつら自身が艦を破壊してるんだぞ。俺が遠慮するなんて馬鹿らしくなってきた。
「なんの、これしきで」
溶岩を自身に噴射して巨大化するセルモス。炎の巨人から繰り出されるギガトン級の拳が俺に迫るが――巨大化は負けフラグだって知らねえな?
「まだ終わってねえぞ!」
艦に深々と刺さった刀剣が再び浮遊する。それらを一斉にその場で乱舞させ、セルモスの巨体を艦ごと細切れに解体してやったよ。俺の足場も当然崩れたが、そこは盾と遠隔操作でなんの問題もない。
よし、このコンボは〈刄雨〉からの〈剱舞〉と名づけよう。
「なるほど、これでは負けを認めざるを得ますまい……」
火の粉サイズで無数に分かれたセルモスが、どこから声を出しているのか苦笑気味にそう呟く。それから火の粉が集まって炎の竜巻を起こしたかと思うと、隣の艦で腕組みしていたフェイラの傍に復元したよ。プラーミャもだが、割と本気でやったのに倒し切れなかった。相性の問題かね?
「なんだよ、やりゃできるじゃねえか! 最初からそうしてりゃよかったんだよ!」
艦を一隻潰したっていうのに、フェイラはどこか嬉しそうに笑ってそう告げた。
「なんかやっぱ俺のスタイルとは違うけど、魔王軍とのガチでの戦いはこれくらいやらないとダメだってわかったよ。教えてくれてサンキューな」
「お、おう……」
素直に礼を言うと、フェイラはなぜかキョトンとしてからバツが悪そうにそっぽを向いた。燃える髪を指先で絡めるように弄ってる。
「どうした? 俺、変なこと言ったか?」
「なんでもねえよ。テメェと戦うのが俄然楽しみになってきただけだ」
戦闘民族め。
「それなんだけど、もう戦うのは逃げられないとして、俺が勝った時の条件を決めてもいいか?」
「あぁ? 魔力を返すだけじゃ物足りねぇのか? その強欲さは魔王らしいな。いいぞ、言ってみろ」
あっさり了承したフェイラに面くらいつつも、俺は考えていた条件を伝えた。フェイラは一晩考えると言ってその場を後にし、俺も『カエルムイグニス』へと戻ることにした。




