三章 煉獄の魔王(4)
『煉獄の魔王』軍の艦隊は、主力次空艦の『カエルムイグニス』を筆頭に大小様々な艦船が三日月陣形で異界の空を航行している。
あれからもう一度ぐっすり寝て完全回復した俺は、世話になっている『カエルムイグニス』ではなく、その二つ隣を追従する巡洋艦サイズの艦に渡っていた。
こちらもこちらで冷えた溶岩石造り。その広い甲板上では、炎の怪物たちが外周を取り囲ように並んでおり――ガキィン!
俺と、『獄門天』の一人であるエスカラーチェが槍を交える戦いを見物していた。
「あん時は舐めてかかって悪かったな! あたいの実力があの程度だと思わないでくれよ!」
大きく飛び上がったエスカラーチェが逆さ姿勢で突撃槍を構えると、ダン! 空中を蹴って俺目掛けて落下する。凄まじい空気の振動が轟音と共に俺を襲う。
「俺の方もしっかり休めたからな。あの時より調子はいいぞ」
エスカラーチェの動きをよく見る。強化された視力で一瞬スローモーションになるが、すぐに足裏で空気を蹴って加速しやがった。何度か打ち合っている内に俺の動体視力は対応されている。一度は圧勝した相手だが、油断がなくなればやはり魔王軍の幹部。手強いぞ。
避け切れず、俺も生成していた突撃槍で受け止める。
衝撃が突き抜け、足下の溶岩が大きく砕け割れた。さらにエスカラーチェの槍が発火する。俺は舌打ちして槍を弾くと、崩れる足場を飛び移って避難。
「無茶苦茶しやがって、自分の艦だろうが!?」
「自分のだから無茶苦茶していいんってもんだぜ!」
模擬戦という形でエスカラーチェと再戦することになったわけだが、フェイラの居城である『カエルムイグニス』で全力の戦いをするわけにもいかなかった。だからエスカラーチェは自分の持ち艦の一隻に俺を招待したんだ。もちろん、フェイラの許可は得ている。というか、船首で胡坐を掻いて観戦してるよ。
「てことで、あたいは遠慮なく全力を出すからしっかり受け止めろよ!」
一人だけ階下に落ちたエスカラーチェは、ぐぐっと槍投げの要領で構えたぞ。あいつの周囲の空間が熱で歪んで見える。
投げるのか?
「いや」
エスカラーチェは、その場で大振りの突きを放っただけだ。意味のない行動なわけがない。相手は魔王軍の幹部だ。
俺は反射的に仰け反った。刹那、轟音と不可視の衝撃波が鼻先を掠めたよ。
「――ッ」
今のは、恐らく魔力を乗せた空気の振動波だろう。まともに受ければ体の中身ごとぐちゃぐちゃになってたぞ。
「……模擬戦ってなんだっけ?」
「殺し合いに決まってんだろ! あたいらは魔王軍だぜ?」
「模擬戦ってなんだっけ!?」
飛び上がってきたエスカラーチェが空中を蹴って蹴って蹴りまくる。翻弄するように俺の周囲を立体機動してきやがった。エスカラーチェが空気を蹴る度に轟音と衝撃が迸っている。
「あの空中移動も、加速も、空気の振動を利用してるのか?」
「正解だ、『千の剣』」
軽い拍手で答えたのは、船首から観戦していたフェイラだった。
「ウチは火山が意志を持って顕現した魔王だからな。その眷属、特に『獄門天』にはそれぞれ象徴する力を与えてんだ。クレミーは〝火山弾〟、エスカは〝空振〟、『贖罪』のイカレ女に殺されちまったベルメリオンは〝火山雷〟だった」
エスカラーチェの槍を捌きながら、俺はフェイラの解説にも耳を傾ける。わざわざ情報を自分から話してくれるんだ。聞き逃しちゃ悪いだろ?
「残りの三人は?」
「そこまでご丁寧に教えると思うか? 知りたきゃテメェの目で確かめろ」
つまり、他の幹部たちとも戦ってみろってことか。戦闘民族すぎない?
「火山の化身、ね。魔王にもいろいろいるんだな」
「おいおい、余所見してんじゃねえぜ! あたいだけに集中しやがれ!」
轟ッ! と。エスカラーチェが艦ごと押し潰すように空間を振動させやがった。上空からぶん殴られるような衝撃に、艦がボロボロと崩れていくぞ。部下たちも悲鳴を上げて逃げ散っていく。あと焼け焦げそうな熱波のおまけつきだ。受け続けると干物になりそうだな。
「この空震の中で動けるか? ほら、トドメだぜ!!」
全身に炎を纏い、オレンジ色の流星となってエスカラーチェが急降下してくる。馬鹿みたいな猪突猛進じゃなく、空中で右に左と飛び跳ねながらフェイントまで入れてるよ。
だが、その立体機動にも慣れてきたぞ。空震の衝撃は痛いし体が揺さ振られるが、俺はなんとかエスカラーチェの突撃槍の尖端を掠めるようにしてかわすと、攻撃の隙とも言えない隙を突いて自分の槍を振るった。鎧を貫かない程度に抑えたつもりだったが……やべ、エスカラーチェはくの字に曲がってパコーンと艦の外までぶっ飛んじまった。
地上には落ちなかったが、隣の艦のマストに激突したよ。まだ突発的な力の制御は慣れないな。しかしアレ、大丈夫か?
「くっそやられたぁーッ!? でも楽しい! また戦ろうぜ!」
すぐに叫び声と火柱が立ったよ。大丈夫そうだね。これで俺の二戦二勝です。
「まあ、エスカくらい軽く捻ってくれなきゃウチと戦っても面白くねぇな」
立ち上がったフェイラが船首から飛び降りてきた。なにやら好戦的な笑みを浮かべてらっしゃる。戦らないよ? 君との対戦はまだ先だよ?
「テメェはいろいろいるっつったが、魔王って存在は大きく分類すると三種類だけだぞ」
俺の傍まで歩み寄ってきたフェイラが、指を三本立てた手を突きつけてきた。ああ、話の続きをしてくれるんですね。戦わなくてよかった。
「三種類?」
「ああ、一つ目はウチみたいな自然物や現象の〝化身〟。二つ目は『贖罪』のイカレ女や『蛇蝎』のクソ野郎みたいな、元から生物だった存在の〝末路〟。そして、腹立つことに一番厄介なのが――」
「〝概念〟だな」
「なんだ、知ってんじゃねえか」
それだけはアルゴスから聞いていたからな。今回のゲーム参加者の中だと、GMのグロルを除けば『概斬の魔王』とゼクンドゥムがそうだったはずだ。あれ? 俺は人間の末路だとしても、リーゼってなんになるんだ?
「上位の魔王になればなるほど概念存在が増えていくんだが、テメェが〝魔帝〟になるつもりならそういう連中を全部降さねえとな」
「ないです。そういうつもりミジンコもないです」
「あんな魔王らしくない戦い方してたんじゃあ、夢のまた夢ってとこだがな」
「夢は夢でも悪夢ですね」
「そうだ、ウチが魔王の戦い方を教えてやるよ」
「いいこと思いついたって顔してるけど話を聞いて!?」
これアレだ。戦闘民族特有の『相手が強いほど燃える! だからもっと強くなれ! オラわくわくしてきたぞ』って敵に対してやるやーつ!
「あん? ウチにとっていい話なんだからノッてきやがれ!」
「百パーセントの自分本位!?」
だが……魔王の戦い方を学ぶ、か。アルゴスは力の使い方までしか教えてくれなかったからな。〝魔帝〟になんかなる気ないけど、今後の戦いには必要そうだ。〝魔帝〟になんかなる気ないけど。
「わかったよ。手解き受けさせていただきます」
「そうかそうか! もっと強くなってウチを楽しませてえか!」
ひえ、超ご機嫌になったフェイラが肩を組んできたよ。しっかりと人間の女の子っぽい柔らかいものが当たってます。こいつを楽しませるつもりなんてこれっぽっちもないけど、断ったらこのまま魔王戦に強制突入しそうで怖い。
「じゃあ、魔王は普通どういう風に戦うんだ?」
「簡単だ。遠慮なく大技をぶち込みまくって完膚なきまでに相手を叩き潰す。以上!」
「簡単すぎない!? 脳筋か!?」
それ魔王の戦い方ちゃう! フェイラ・イノケンティリスの戦い方ですやん! いや待て、他の魔王も開幕に魔力砲ぶっぱとか普通にやってたな。え? 本当にそんな脳筋戦法なの?
「ウチら魔王は魔力が有り余ってんだから、ちまちま戦う必要ねえだろうが! さっきのエスカとの戦いだってテメェが魔力砲の一発でもぶっ放してりゃ秒で決着してたぞ! なのに槍一本だけ魔力で作って受け身ばっかで正直イライラしてたんだ!」
「……確かに俺には魔力を節約して戦う癖があるけど」
ルウのよくわからんチート強化薬を飲んで自分のパワーすらまだ上手く扱えてないんだ。スキルに影響ないことは実験してるけど、魔力砲――俺の場合は魔剣砲だが――を人に向かって撃つなんてまだ怖すぎてできねえよ。
「別に近接戦を悪く言うつもりはねぇよ。ウチだって好きだし。それにしたってちまちましすぎなんだよ、テメェは! ――セルモス! プラーミャ!」
「……はっ、ここに」
「グルル」
指パッチンしたフェイラの呼びかけに答え、斜め後ろの床から溶岩が噴き上がった。その中から全身炎の魔人と虎よりでかい火猫が姿を現す。
炎の魔人がセルモス、火猫がプラーミャだ。
「次はテメェらが相手してやれ。ただし、全力でだ。『千の剣』は小技の隙を突くのが上手いらしいからな。最初から最大火力でやれ」
「御意」
「にゃー」
「なっ!?」
魔王軍の幹部と二対一だと? しかも小技なしの全力? どちらもまだ戦ったことのない相手だ。それも含めて、フェイラは俺に『魔王らしい戦い方』をさせようとしている。
「『千の剣』、遠慮はいらねえからこいつらを殺す気で戦え! いいな!」
「ええ、自分の部下だろ……」
一応、殺さずを基本にしている俺にはなかなか酷な要求をしてきましたよ。