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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第八巻
295/314

二章 異世界サバイバル生活(6)

「破壊こそ真なる救済! 我が至高の筋肉が、それを成し得ることを証明しようぞ!」

 爽やかなのに邪悪な笑みを満面に浮かべ、ブーメランパンツ一丁の筋肉神父がランウェイを歩くように近づいてくる。言ってることが破戒僧ならぬ破壊僧じゃねえか!

「がっはっは! ゆっくりと甚振って貴様らの筋肉に懺悔させてもよいが、あまり時間をかけすぎるのも罪。エルヴィーラ様の神罰が下ってしまうな」

 俺と望月は処刑人フィリップの断頭台に捕らわれていて満足に動けない。唯一自由なルウも、破壊僧イアコフから受けたダメージで立つこともやっとのはずだ。

 敗色濃厚。絶体絶命。

 とはいえ、こんなピンチは今までだって何度も乗り越えてきた。だから、なにかあるはずだ。この状況を打破できる方法が。必ず。

「お前の相手は……あたしだろーッ!!」

 震える足でどうにか立ち上がったルウが、咆えた。ぜぇぜぇと息が荒い。一歩踏み出そうとしただけで体がふらついてやがる。

「ルウ、無理するな!」

「あたしが無理しなきゃ、全滅だ。レイジとエリカはそこで見てろ。あいつら二人まとめてあたしがぶっ飛ばしてやるからなー」

 ルウは何度も細く呼吸を繰り返す。その眼には消えることのない闘志が宿っているように見えた。ふらついていた足が、いつの間にかしっかりと地面を踏み締めている。

 回復した? いや、無理やり体を落ち着かせたんだ。武術にある呼吸法ってやつか。

「まだまだ元気だな、小娘! がっはっは! よーし、ワシの胸筋に飛び込んで来るがいい!」

 バシンと自分の分厚い胸板を叩くイアコフ。陸亀みたいな大胸筋しやがって。また馬鹿正直に突撃しても結果は同じだ。

「歯ぁ食いしばっとけよ!」

 ルウもそのことはわかっている。突進すると見せかけてフェイントで横に跳び、そこに生えていた太い木を引っこ抜いて……ぶん回したぞ!

「てやぁああああああああああああああッ!!」

 怪力を活かした無茶苦茶な戦法だが、ダメだ。フィリップには飛んでかわされ、イアコフに至っては避けることもせず板チョコみたいな腹筋で受け止めやがったよ。

 木は呆気なく砕け折れた。イアコフは無傷だ。

「キレてる! キレてるよ! でも土台が違うんだ! 土台が!」

 イアコフは無駄にいいフォームで山の斜面を駆け走り、一瞬でルウとの間合いを詰めてしまった。即座に逃げようとするルウだったが、無理して立っているせいで反応が遅れちまった。丸太のような上腕二頭筋に小さな体を抱き込まれる。

「な、くそう、放せ!?」

「ふんぬ! モストマスキュラー!」

 ルウを抱き込んだままイアコフは三角筋、僧帽筋、腕を強調するポーズを決める。魔力を帯びた筋肉が強烈に輝き、あっという間にルウを呑み込んじまった。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 まずいぞ。呼吸ができないのか、ルウが声にならない悲鳴を上げてる。

「ルウ!」

 俺はハルパーを操作してルウを助けようとするが、イアコフの光に触れると浄化されたみたいに三本とも消滅してしまった。

 近づけない。でも今のでわかったぞ。あいつの光自体に攻撃力はあるが、範囲は意外と狭い。俺たちにダメージがないように、一定以上の距離を離れてしまえばただの眩しいだけの光だ(光に弱い影霊はそれでも消滅しちまったが)。

「イアコフめ、遊んでやがるな。時間をかけすぎるのは罪だともう忘れたか?」

 舌打ちするフィリップ。その隙を突いて上級影霊のカマキリが大鎌を振るって襲いかかる。

「あぁ、鬱陶しい鬱陶しい」

 フィリップが三本目のナイフを取り出し、口に咥えた。刃が淡く発光したかと思えば、上級影霊の足下から断頭台が競り上がって一瞬で拘束しやがった。

 落下したギロチンが、もがく上級影霊の首を呆気なく斬り落とす。上級影霊は形を保てなくなり、地面にしみこむように影となって消えた。

 やっぱり、あのナイフが断頭台とリンクしているんだ。どうにかあのナイフだけでも術者から引き離すことができれば、俺たちは解放されてルウに加勢できる。

 よく狙え。生成する座標を間違えるな。

「――そこだ!」

 フィリップの両手と重なるように日本刀を空中生成する。少しずれても遠隔操作でナイフを弾けると考えたが、直前で気づいたフィリップは大きく飛んで回避しやがったよ。

 咥えていたナイフを放す。

「残念残念。その技は奇襲か暗殺向きだろう。貴様が武器を空中に生み出しているのはもう見ている。不自然に魔力が淀む瞬間を感知すれば、避けるのは容易い」

 小細工が通用する相手じゃない、か。このまま生成した日本刀で戦っても時間稼ぎにすらならないだろうな。

 フィリップは動けない俺たちを嘲笑うように見下し、手元のナイフを弄ぶ。

「俺はなぁ、ギロチンで罪人の首を切る瞬間が堪らなく好きなんだ。卑しくも生に縋り、絶望する罪人に処刑という救いを与えることが生き甲斐だ。だが、貴様らはなんだ? 生意気にも抵抗しやがって。あぁ、つまらんつまらん!」

 両手のナイフが輝きを増した。刀身を伸ばすように光が剣の形に収束していく。

「俺はイアコフとは違う。遊びはない。故に故に、俺自らがギロチンとなり、貴様らの首を落としてやろう」

 地面を強く蹴って断頭台よりも高く飛び上がったフィリップが、翼を広げるように両手を真横に翳す。握っていたナイフ、もとい光の剣に込められていた魔力が爆発し――なっ、巨大化しやがった!

 冗談じゃない。片方の刃だけで数百メートルはあるぞ。

「でかっ!? 島ごと切る気か!?」

「無論無論。貴様らを処刑するには、ここまでせねばなるまい」

 断頭台を召喚するだけが奴の能力じゃなかった。魔王軍の最高幹部なだけあって、デタラメな力を使いやがる。

 上空から振り下ろされる光の巨刃を、断頭台に固定されている俺は首を捻って見上げることしかでき――


「ふふっ、焦って自分から近づいてくれるなんて、迂闊なお馬鹿さんでよかったわ♪」


 闇が、噴き上がった。

「――ッ」

 暗く濃い影の霧が断頭台の上空に広がる。視界を奪われたフィリップは動揺し、刃を一旦下げたようだ。

 だが、あんなものはすぐ光で切り掃われてしまうぞ。なにをするつもりなのかと望月を見ると――パチン。艶めかしくウィンクしてきた。

 ああ、俺がやれってことね。

「くだらんくだらん。一瞬の目眩ましに過ぎん」

「充分よ。ね、わんこさん?」

 さっきスカした日本刀を呼び戻し、狙いを定めるように天に向かって切っ先を突き立てる。正直、体勢的にくっそやりづらいし、望月の影霧のせいで視界も悪い。

 だが、俺たちの方からは強烈に輝く奴の光がバッチリ見えるんだ。

「貫け!」


 ――魔剣砲!


 刀剣の奔流が天を衝く柱となって立ち昇る。今回は流石に刃を潰すような舐めた真似はしない。確実に斃さなければやられるのは俺たちだ。

 影霧が吹き飛ぶ。

 刀剣の流れを光の刃で受け止めているフィリップが見える。超高速で間断なく斬撃刺突を与える魔剣砲が、フィリップの光の刃をみるみる削っていく。

 苦悶の表情。いいぞ、押している。

「がっ!?」

 光の刃が霧散した。だが、フィリップはその僅かな反動を利用して魔剣砲の軌道から逸れやがったよ。

「チッ、しぶとい」

 着地したフィリップはそれでもかなり消耗したようで、がくりと膝をついた。


「がっはっは! 今のは危なかったなぁ、フィリップよ!」


 べしゃり、と。

 ボロ雑巾っぽいなにかが俺たちの前に打ち捨てられた。

 ルウだった。破けた服。焦げた肌。ぼさぼさになった髪。見るも無残な姿になってしまった狼の少女は、それでもまだ、立ち上がった。

「ルウ!? もういいから立つな!?」

「い、嫌だ! こんな奴らもぶっ飛ばせないで、魔王は殴れないだろ!」

 どうしてそこまで……? いや、わかるよ。

 どれだけボロボロになっても、何度倒れようとも、決して諦めない。それは絶対に成し遂げたい想いと、守りたいもの、そして折れも曲がりもしないプライドがあるからだ。

 俺だってそうだ。立場が入れ替わったとしても同じように死んだって立ち上がる。だから、「もう諦めろ」なんて言うのは間違っている。

 頑張れ。負けるな。かけるべき言葉は、そういう方向にするべきだ。


「あたしは〝拳狼〟ルウ様だ! こいつらなんかに、絶対屈するもんか!」


 なんだ? ルウを包んでいた闘気が乱れ始めたぞ。ダメージを負いすぎてコントロールができなくなったのか?

 いや、違う。

 荒ぶる闘気が風を呼び、茶色っぽい髪が根本から白く変色していく。

「へぇ、ここでアレをやるのね」

 なにかを察したらしい望月が静かに笑った。

「ルウはなにをする気なんだ?」

「ふふっ、〈神狼化〉よ。ルウちゃんの切り札。狼の血を覚醒させることで身体能力を何倍にも跳ね上げることができるの。ただ……」

 爆風が弾け、俺と望月は思わず目を閉じてしまった。

 次に瞼を開くと、そこには完全に白髪に染まったルウが風を纏って立っていた。獣の姿に変わったわけじゃないが、爪や牙がより鋭く伸び、目の色も宝石のような赤に変わっている。

 バチバチ、と。闘気が周囲の空気を摩擦してプラズマまで発生しているようだ。

 なんていうか、神秘的だった。

「がっはっは! 変身したのか? ナイスバルク!」

 ぐっとサムズアップするイアコフは楽しそうだな。でも、そんな余裕ぶっこいていいのか? お前らにとっては笑っていられる状況じゃなさそうだぞ。

「がるぅ!」

 ルウがその場で拳を振るった。

「うおっ!?」

 バン! となにか硬い物が衝突したようにイアコフの巨体が吹っ飛び、尻餅をついた。ダメージはあまり入っていないのか、「よっこいせ」と起き上がって首をポキポキと鳴らしているよ。

「空気を殴り飛ばしてきた? ふむ、こうか?」

 イアコフがルウと同じようにその場でパンチを繰り出した。ぶぉっと凄まじい風が吹き荒れ、ルウの綺麗な白髪を靡かせる。

「んー、違うな。これではただ拳圧で突風を起こしただけだ。一体どんなトレーニングをすれば空気を壁のように殴り飛ばせる筋肉がつく――ッ!?」

「がう!」

 ルウが咆え、消えた。かと思えばイアコフの目の前に出現し、両手の爪で肩から胸にかけてクロス状に切り裂いた。

 鮮血が飛ぶ。初めて奴の鋼のような筋肉に傷をつけたぞ。

「この、小娘!? 他人の筋肉を傷つけちゃダメだと習わなかったのか!? 親の大胸筋が見てみたいぞ!!」

 ブチギレ、再び抱き込もうとサイドチェストの構えをするイアコフだったが、ルウは再び消えるような速度で回避。イアコフの足を払って蹴り転ばした。

「ぬぐぅ!?」

 倒れたイアコフに追い打ちをかけようとするルウ。だがその真下から断頭台が出現し、バックステップで距離を取った。

「不愉快不愉快。もうお遊びは終わりにしろ、イアコフ」

「あ、ああ、そうだな。決着をつけよう!」

 フィリップに叱咤され、イアコフは腹筋と足をアピールするように両腕を頭の後ろで組んだ。

 凄まじい魔力。他のポーズとは比べ物にならないナニカが来る。


「はい! ズドーン! ――アブドミナルアンドサイ!!」


 イアコフの全身から光が爆発した。巨大な光線となって前方に飛ぶそれは、地面を抉り、木々を容赦なく消し飛ばしていく。

 まるで魔王の魔力砲だ。

「ぐるるぅ!」

 ルウは逃げない。避けない。それどころか、両手で光線を()()()()()()()()

「「は?」」

 イアコフとフィリップの間抜けた声が重なった。

 光線は背負い投げでもするかのように軌道を無理やり曲げられ、イアコフに向かって飛んで行く。

「なぜだ!? ワシの、徳の高い筋肉の輝きがぁあああああああああッ!?」

「馬鹿野郎馬鹿野郎!? イアコフ、こっちに来るなぁああああああッ!?」

 二人の滅罪使徒は自分たちが放った光に呑まれ、大爆発を引き起こした。島の一部に大穴を穿って地形を変えるほどの威力だ。流石にここまでやられたらいくら魔王軍幹部でも――


「小娘ぇ!? よくもやってくれたなッ!?」


 崖、というか穴の壁を這い上ってイアコフが飛び出した!

「タフすぎるだろあの筋肉神父!?」

 フッ、と俺たちを拘束していた断頭台が消失した。いいぞ、フィリップの方は堪えられなかったっぽいな。

 これで俺たちも動ける。

「てめえは、いい加減しつこいんだよ!」

「ルウちゃんをイジメてくれたお返しをしなきゃね♪」

 即座に疾走した俺と望月が、左右から日本刀と影刀でイアコフの巨体を斬り上げる。自らの光線で焼け焦げた筋肉にもはや輝きは薄く、ほとんど抵抗力を感じないまま斬り裂けた。

 宙に浮かんだイアコフに、ルウが飛びかかり――


「がうがうがうがうがうがうがうがうがうがうがうがぁあああああああああッッッ!!」


 無数の腕の残像が映るほど凄まじい拳打を叩き込み、イアコフを底の見えない穴へと突き落とした。お、オーバーキルでは……?

 しばらく待ってみるが、イアコフが再び崖を登ってくるようなことはなかった。あいつらしぶといから生きてそうな気もするんだよなぁ。

「まあ、なんとかなったか。助かったよ、ルウ」

 振り向くと、ルウは白髪のまま未だ闘気を荒ぶらせて唸っていた。

「ルウ?」

 眉を顰めた瞬間、ルウの爪が俺の眼前に迫っていた。反射的に身を引いてかわす。間一髪だったぞ。

「なにやってんだ!? 俺は味方だぞ!?」

「無駄よ、わんこさん。声は届かないわ。〈神狼化〉は力を跳ね上げる代わりに狂化(バーサーク)してしまうの。今のルウちゃんは獣同然。いえ、敵味方の区別もつかないから獣以下かもしれないわ」

「なにそのお約束みたいなデメリット!?」

 どうりでさっきからがうがう言ってたわけだよ。〈言意の調べ〉で翻訳されないから人語じゃないとは思ってたけど。

「ふふっ、無尽蔵の体力が尽きるのを待っていたら何日かかるかしらね♪」

「楽しそうに言うな!? どうすんだよ!?」

「無理やり眠らせるしかないわ。こうやって」

 パチンと指を鳴らした望月が影の縄でルウを一瞬で縛りつけた。〈束縛(バインド)〉の影魔導術だ。

 今のルウはそんなものすぐに振り解きそうだが、その前に望月は懐から取り出した注射器を、ルウの首にプスッ。

 すると暴れていたルウが一気に大人しくなった。闘気が鎮まり、髪の色が元通りになっていく。恐る恐る近づいてみると、ルウは瞼を落としてぐったりしていた。すぅすぅとリズミカルな寝息も聞こえる。

「これでルウちゃんはしばらく戦力にならないどころか、完全に足手纏いよ。はぁ、まったく、〝虹閃剣〟から念のため預かってた鎮静剤を使う羽目になるなんてね」

「なんだっていいさ。ルウのおかげで助かったんだ」

 俺は眠っているルウを背中に担ぐ。

「あら、切り捨てないのね?」

「俺がそんな非情な奴に見えるか?」

「見えないわ。魔王のくせに」

 呆れたように肩を竦める望月に、俺は「うるせえよ」とだけ悪態をついて山登りを再開するのだった。


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