二章 異世界サバイバル生活(5)
生成した日本刀が振り下ろされた大剣と衝突し火花を散らした。
ひとまず温泉があった場所を目指して自分たちで造った道を走っていた俺たちだったが、空飛ぶ戦艦から降りて来た敵に身を隠す暇もなく、あっという間に補足されてしまったんだ。
十字架のような大剣を振り回す神父。後ろから光弾を放ってくるシスター。そいつらが数人単位で編隊を組み、俺たちの行く手を阻んできやがる。
前衛の神父が代わる代わる、あるいは挟撃で襲いかかり、その隙間に後衛のシスターが魔術で狙い撃ち。一人二人薙ぎ飛ばしたところで簡単にはフォーメーションを崩せない。
戦場で見かけた幹部級の奴らには大きく劣るが、個人の実力もチームとしての練度も高い。俺たちがしっかり足止めをくらっちまうほどだ。各々が勝手に暴れていた『蛇蝎』の魔王軍とは全然違う。
「一人一人相手にしていたら切りがないわよ、わんこさん」
「……そうだな」
シスターを影の刀で切り倒した望月に同意する。力を節約して刀一本で正々堂々真正面から戦っていたが、このままじゃいつか狩られちまう。魔力よりも体力を考えて一掃した方が賢明だ。
「はぁ!!」
俺は日本刀の刃を絡めるようにして組み合っていた神父の大剣を弾き飛ばす。魔力を高め、切っ先で照準を定め、〈魔武具生成〉を超高速で行いながら前方に撃ち放つ。
――魔剣砲。
「そこをどけぇえッ!!」
光線のように射出された刀剣の奔流を扇状に振るい、神父もシスターも山の木々ごとまとめて吹き飛ばした。
全員片づけたと思ったが、何人かは魔剣砲を飛んでかわして俺に襲いかかってきやがった。だが、そいつらの攻撃が俺に届くことはない。すかさずルウが飛びかかり、神父やシスターを空中で器用に殴り飛ばしたからな。
「おい、レイジ! まだ手ぇ抜いてるだろー! さっきの剣のビームで誰も死んでないぞ!」
ルウがむっと苛立った顔で俺に振り返った。バレてたか。
「まあ、刃を潰して斬れないように設定してたからな。敵だけど、俺の信条的に人殺しはアウトなんだよ」
「そういうのをエゴと呼ぶのよ、わんこさん」
「わかってるよ。でも戦闘不能にしたことには変わりないだろ」
非情になり切れないのは俺の弱点だと理解している。だが、その弱点を捨てる気はない。俺が〝人〟で在り続ける限りな。
望月とルウはまだ不満そうだったが、改めるつもりのない俺はさっさと駆け出した。
「このまま登ってどうするつもりなんだ? 波ならもう充分防げる高さだろー? 森に隠れてゲリラ戦した方がいい気がするぞ」
獣みたいな四足歩行で後ろからついて来るルウがそう訊いてきた。
「隠れる意味はねえよ。さっきも見ただろ。敵はやろうと思えば島ごと簡単に消し飛ばせるんだ。それをいちいち防いでたら居場所なんてすぐバレるし、俺たちの身も持たん」
「でも、上に逃げても追い詰められるだけじゃないかしら?」
「そこはちゃんと作戦を考えてる。イチかバチかになっちまうけどな」
俺の中で組み上がっている作戦を遂行するためにも、やっぱり最低でも温泉地帯までは登っておきたい。上手くいけば……まあいかないだろうが、俺たちは離脱した上で敵にかなりの損害を与えられるはずだ。
「内容を教えてもらえる?」
「聞かれちゃまずいから直前で話す――ッ!?」
突然、足下に高密度の魔力が発生した。罠だと思ったが回避する暇はなく、物質化した魔力が四本の柱となって競り上がり、俺と望月を挟み込んだ。
足下も隆起する。バランスを崩した俺と望月は――ガシャン、と。両手と首に頑丈な板のようなものを嵌められてしまった。
「レイジ!? エリカ!?」
ルウの声にハッとする。俺は即座に日本刀を空中生成し、頭上から凄まじい勢いで降り注いだなにかを受け止めた。
金属が衝突する音。かろうじて首を捻って上を見ると、太く凶悪な刃が俺の生成した日本刀と競り合っていたよ。
「ギロチン!?」
横では同じように拘束された望月が、小さい影の盾を〈構築〉してギロチンの刃を防いでいる。とりあえず首がちょんぱされてなくてよかった。
「あぁ、残念残念。不意を打ったつもりだったが、仕留められなかったか」
「がっはっは! だが二匹捕まえたんだ。フィリップよ、貴様にしては上出来だろう」
木々の陰から二人の神父が姿を現した。
一人はフードを目深に被った男。痩せこけていて顔色も悪い。猫背で両腕をぶらりと垂らし、淡く光るナイフを握っている。光の正体は魔力だ。このギロチンから感じるものと同じ。となると、発動させたのはこいつか。
もう一人は対照的で、神官服がピッチピチに見えるほどの筋骨隆々とした巨漢だった。角刈りの頭に健康的に焼けた肌。武器らしい武器は身に着けていないが、全身に魔力が漲っているな。あの筋肉だ。全身凶器の武闘家ってところだろう。
がるるぅ、と威嚇の音が聞こえた。
「お前らの仕業かぁあッ!!」
「待て、ルウ!?」
唯一捕まってなかったルウが飛び出した。両手両足で地面を蹴り、俺の静止も聞かずに神父たちへと突進していく。
「面倒面倒。あのチビは任せた、イアコフ」
「おうよ!」
イアコフと呼ばれた筋肉男が前に出る。ルウは構わず飛びかかり、硬く握った右拳を余裕綽々の顔面へと叩き込んだ。
だが、イアコフは片手の掌でルウの拳を軽々と受け止めやがったよ。ルウの怪力は戦ったことのある俺がよく知っている。重そうな筋肉男だろうと、本気で殴れば数キロ単位で吹っ飛ばせるくらいの膂力はあるんだぞ。
なのに、防いだ。
「ほう、小さい見た目のくせになかなかの筋肉だ。ふんぬ!」
イアコフはそのままルウの腕を掴んで地面へと叩きつけた。
「ぎゃん!?」
さらにムキムキの上腕二頭筋を見せつけるように持ち上げ――
「フロントダブルバイセップス!」
ボディビルダーのようなポージングを取ったと思えば、全身が強烈に輝き、謎の衝撃波がルウを弾き飛ばしやがった。
「この魔力……やっぱり幹部か!?」
尚も頭上のギロチンを受け止めながら叫ぶ俺に、イアコフは白い歯をキラリと光らせて笑う。
「がっはっは! 余所とはいえ魔王様に名乗らないのは失礼にあたるな。ワシはイアコフ。『贖罪』の魔王軍『滅罪使徒』の第七位だ!」
「同じく同じく。俺はフィリップ。第九位。見ての通り処刑人をしている」
猫背男がナイフを翳すと、俺と望月に降りかかっていたギロチンの刃が威力を上げた。まだなんとか堪えられるが、このまま動けないのは困るな。
「気をつけなさい、わんこさん。十二使徒よ」
「こいつらが……」
百人いる滅罪使徒の中でも、別格と言われる十二人の幹部。確かにさっきまで戦っていた神父やシスターと比べたら段違いの魔力だ。会社で例えるならこいつらは専務クラスで、さっきの神父たちは課長補佐ってところだろうね。
「気をつけるのはいい心がけだが、そんな姿でどうするつもりだ? 滑稽滑稽」
「フィリップのギロチンにいつまで堪えられるか見物だな! なんならワシが後押ししてやろうか? がっはっは!」
のしのしと俺たちに歩み寄ってくる筋肉男――イアコフ。やばい。流石にあの力でギロチンを押されたら簡単に首を斬り落とされちまう。
「させるかーッ!! がるるるぅ!!」
と、起き上がったルウが犬歯を剥いて再びイアコフに飛びかかる。連続で拳や蹴りを叩き込み、腕をクロスさせて防御態勢を取るイアコフを押しのけていくよ。
いいぞ、ルウ。スピードならお前の方が遥かに上だ。
「活きのいい小娘だ! ワシはチビで女で子供だろうと容赦はせんぞ?」
聖職者の格好してなに言ってんの!? と思ったが、相手は滅びを救いとする魔王軍の幹部だった。
ルウとイアコフは打撃音を響かせながら茂みの奥へと消えていく。
あいつはルウに任せるしかないとして、俺たちもこの状況をなんとかしないとな。あまり時間をかけすぎると他の滅罪使徒がやってくるかもしれん。
「安心しろ、貴様らから先に楽にしてやる」
ナイフを両手に猫背男――フィリップが俺たちに近づいてくる。断頭台に縛られた状態で、魔王軍の幹部と戦わないといけないのか。なんという無茶。
だが――
「動きを封じられたくらいで、俺たちが戦えないと思うなよ?」
「あぁ?」
〈魔武具生成〉――ハルパー。空中生成。遠隔操作。
曲線を描く刀身から『鎌剣』と呼ばれることもあるギリシア地方の武器だ。切ることに特化し、刃先は孤の内側にある。ギリシア神話で英雄ペルセウスがメデューサの首を切り落とした武器としても知られているな。それを三本。
「出て来なさい、私の可愛いペットたち」
望月も自分の影からカマキリ型の影霊を五匹召喚した。そのうちの一匹は特に巨大で、姿も本物のカマキリに近い。上級影霊ってやつだ。
「これは……成程成程、一筋縄ではいかないようだ」
俺のハルパーと望月の影霊たちが一斉にフィリップへと躍りかかる。断頭台を制御しながらは戦えないのではと期待したが、そこは腐っても魔王軍幹部。ナイフの輝きはそのままに軽業師のような動きでハルパーと影霊を同時に相手し始めたよ。
「よし、今のうちに……」
俺はバスターソードを空中生成し、遠隔操作で断頭台に叩きつける。魔力さえ封じられなかったらやりたい放題だな、俺。このスキルをちゃんと習得しといてよかっ――
「なっ、無傷だと!?」
断頭台は壊れるどころか傷一つも入らなかったぞ。何度も叩きつけてみるが、結果は変わらない。見た目は木材っぽいのに硬さは鋼鉄以上だ。
「無駄無駄。俺のギロチンは魔力で生み出したもの。そう簡単には壊れない」
ハルパーをナイフで弾き、カマキリの一匹を切り裂いたフィリップが不敵に笑った。魔力百パーセントの断頭台か。そりゃ硬いわけだ。
「わんこさんの能力と似ているわね。もしかして親戚?」
「なわけあるか!?」
でも確かに似ている。似ているからこそわかる。こいつを破壊するには俺も相当の魔力を込めた武器を、グレアムやルウ並みの膂力でぶつける必要があるだろう。前者は今の俺なら余裕だろうけど、後者を遠隔操作で行うにはまだ技量が足りない。
「このまま仕留めるっきゃねえな」
「ふふっ、そうみたいね」
果たして縛られたままでどこまで戦えるか。もう少し手数を増やしたいが、そうすると精密な操作ができなくなる。
ハルパーは三本まで。破壊されたら無限に追加してやればいい。
「――バックダブルバイセップス!!」
瞬間、野太い声が響くと同時に、茂みの奥からなにかが砲弾のように飛んできた。
「わきゃん!?」
「ルウ!?」
激突した木がミシミシと音を立てて倒れる。その幹に崩れ落ちたルウは、肩で息をし、額から流れた血で片目を閉じていた。
筋肉を文字通り光らせながらイワコフも戻ってきたよ。ほぼ無傷。いや、なんかいつの間にか神官服を脱ぎ捨ててブーメランパンツ一丁になってるんですけど……?
「なに、恐れることはない。筋肉は全てを壊し、全てを救うのだ! ぬぅん! サイドチェスト!」
イワコフは左手で右手の手首を掴み、S字になるように体を曲げたポーズで輝いた。その強烈な光に下級影霊たちは消滅し、上級影霊のカマキリは戦闘を中断して後退せざるを得なかった。
「熱い熱い。貴様と組むと暑苦しさで息が詰まる」
「がっはっは! まあ、そう言うな!」
フィリップの曲がった背中をバシバシ叩くイワコフ。アホっぽいけど冗談抜きで強いぞ、こいつら。
こんなのが十二人。さらに魔王もいる。
もういっそ笑えるな。勝てるか不安になってきたぞ。




