二章 異世界サバイバル生活(4)
上空の艦隊が散開し、ぐるりと小島を取り囲んだ。結界で包んだことといい、とことん俺たちを逃がさないつもりだな。
「警告します」
一番でかい戦艦から慈愛に溢れた声が響く。見上げると、船首のマリア像もどきの前に豪奢な修道服を纏った金髪美女が立っていた。その優しい口調に騙されてはいけない。あいつは聖職者の皮を被った狂信者――『贖罪の魔王』エルヴィーラ・エウラリアだ。
「『千の剣の魔王』は自身の罪を悔い改め、大人しく投降しなさい。さすれば苦しむことなく滅って差し上げましょう」
「俺の罪だって? わからないな。一体なにを悔い改めろって言うんだ?」
俺はこれまで清く正しく生きて……ま、まあ、日本の銃刀法とかにはめちゃくちゃ違反してますけども、魔王に裁かれるような罪なんて犯してないぞ。
「己の罪を理解できていない。それもまた滅われるべき罪」
戦艦とは距離があるから声なんて届かないと思ったが、どうやら普通に喋ってもしっかり聞こえているらしいな。耳がいいのか、それとも結界が内部の音を拾っているのか。どちらにせよ迂闊に音を立てられないぞ。
「私の陣地に無断侵入した罪。滅いの手を振り切り逃亡した罪。あなたの配下が敬虔なる使徒を影討ちしていた罪。数えれば山ほどあります」
魔王相手に勝手に入って逃げたことを罪に数えられるなら、もはやなんでもありだな。あと最後のは俺の与り知らぬところで行われていたことです。俺は無実です。
ぞわり、と横から悪寒を感じた。
「私たちがわんこさんの配下? ふふっ、面白いことを言うわね、あの魔王」
「え、エリカ、顔が怖いぞ……」
どす黒い笑みを浮かべる望月に、ルウが本能的な恐怖を覚えて震えていた。俺も魔王より隣の女帝様の方が怖ぇよ。
「あなたの最大の罪は、〝魔帝〟の魔力を奪い、所有していることに他なりません。その力は魔王の頂点。悪の権化。存在するだけで罪。よって私が背負うことで贖罪とします」
「か、勝手なことを! お前だって魔王だろ? そんなに罪を滅ぼしたいなら、真っ先に自分で自分を裁けばいいだろ!」
「それでは贖罪にはなりません。ただの自殺は救いではなく罪です。なにかが赦されることなどありません」
そこだけ切り取ればまともなこと言ってるようにも聞こえるが、やっぱり全体的にトチ狂ってやがる。魔王を悪で罪だと認識しているのに、自分は魔王を名乗り、連合にも所属して、さらに〝魔帝〟の力も手に入れようとしている……?
「お前は、一体なにがしたいんだ?」
「贖罪だと言いましたよ。私は〝魔帝〟の力で、自身を除く全ての魔王を滅ぼします」
「なっ!?」
「そしてあらゆる世界から罪を消し去り、最終的に私自身も滅びましょう」
無茶苦茶だ。
魔王がいなくなるのは、世界からすれば喜ぶべきことかもしれん。だが、俺は知っている。魔王だって様々だ。リーゼみたいにいい奴だっている。
世界から罪を消すのだって、エルヴィーラの思想だと『滅び=救い』だからな。あらゆる世界を消し去るって言ってるようなもんだぞ。
させちゃいけない。こいつにだけは〝魔帝〟の力を渡しちゃダメだ。
「わんこさん」
と、望月が俺の肩を指で突いてきた。なにかと思って見ると、地面に影で文字が書かれている。
――正面から戦っても勝ち目はないわ。一旦転移して暗殺の機会を窺った方が賢明よ。
声が聞かれてしまうから筆談ってことか。確かに『転移』だの『暗殺』だのは口に出せないな。俺は静かに頷いて応えた。
「大人しく投降しないつもりであれば、仕方ありません。――裁きを」
エルヴィーラが祈りのポーズを取る。すると、全ての戦艦から乳白色の魔力がキラキラと天へと舞い上がった。
結界の天井に巨大な魔法陣が展開される。かと思えば、中心に乳白色の光が収斂していくぞ。凄まじいエネルギーで空気をひりつくのを感じる。
アレは、やばい。
島全体を呑み込むほど巨大な光の柱が天の裁きよろしく降り注いだ。
「あいつ、島ごと消し去るつもりか!?」
俺は咄嗟に片手を真上に翳す。
〈魔武具生成〉――カイト・シールド。空中生成。
島の上空を覆うほど巨大な洋凧型の盾を生成した。これほど大きな武具を生成したことはなかったが、今の魔力量ならいけると踏んだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
盾が降り注ぐ光柱を受け止める。上辺が曲線を描く盾は光の流れを左右に受け流し、島を避けて海へと着水した。
とんでもない水柱が噴き上がって戦艦の数隻を薙ぎ飛ばす。海の底に穴でも穿ったように潮が引いて行く。
高波が来るぞ。避難しないとまずい。
「裁きを拒むとは、罪深いですね」
すっとエルヴィーラが右手を翳した。
「レイジ! 前!」
「くそっ!?」
天から降り注ぐ光柱はまだ途切れていないのに、さらに魔力砲までぶっ放すとか頭おかしいだろ!
「ええい! やってるよチクショー!」
俺はもう一つカイト・シールドを生成して魔力砲を受け止めた。が、上空に集中していたせいで強度が足りず、僅かに威力を削ぎ取っただけで貫かれてしまった。
「やばい、破られた!?」
「あたしに任せろ!」
ルウが前方に高くジャンプして飛び出した。迫り来る乳白色の巨大な光線を――マジか、サッカーボールみたいに蹴り上げやがったよ。
ルウの能力は『現象を物理的に捉える力』だ。炎だろうと雷だろうと魔力だろうと、素手で殴り飛ばせるんだ。軌道を逸らされた魔力砲は上空の光柱と激突、相殺し、爆風で周囲の戦艦を大きくノックバックさせた。
「ナイスだ、ルウ!」
俺はぐっとサムズアップ。戻って来たルウもニカッと笑って親指を立てた。
「……なるほど、流石は〝魔帝〟の力を取り込んだ魔王です。単純な火力だけで滅ぼそうとすれば、逆にこちらに被害が出るようですね」
すぐに体勢を立て直した艦隊が再び小島を包囲する。
「滅罪の使徒たちよ。島に降り立ち、『千の剣』の一味を追い詰めるのです」
各戦艦から次々と人影が飛び降りてくる。島ごと消し去ることは諦め、百人いるらしい――今はもうちょい少ないだろうが――敵の幹部が白兵戦を仕掛けるようだ。
「わふっ!? なんかいっぱい来たぞ!?」
「望月、まだか!?」
「やっているけれど、発動しないのよ!」
望月は銀色のピラミッドをなにやらカチカチさせているが、一瞬だけぽぅと輝くだけでなにも起きない。もしかしてエネルギーが足りていないのか?
いや、それとも――
「あなたたちが転移することは知っています。よって結界で妨害させてもらいました」
やっぱり、結界が原因だった。お見通しってわけか。そりゃそうだ。目の前で一度逃げてるんだから対策の一つや二つ講じるだろう。
「くそっ、とりあえず山に逃げるぞ! ここにいたら敵と戦う前に波でやられちまう!」
俺の提案に望月とルウは首肯で返し、拠点となっていた洞窟を捨てて山頂を目指した。せっせと草刈りして道を造っていてよかったと本気で思ったよ。