二章 異世界サバイバル生活(2)
翌日、俺は野草や果物を採取するため小島の奥地へと足を踏み入れていた。
食えたもんじゃない獣や魚はもう諦めた。魔物肉は不味い。俺の中での常識になったな。どうしても肉が食いたいルウはまだ諦めず海で粘っているが、まあ、期待はしないでおこう。
「わんこさん、今日はどこまで探索するのかしら?」
生成した鎌で草木を掻き分けて進む俺の後ろを、望月がのんびり歩いてついて来る。両手を頭の後ろで組んだりして手伝う気ゼロですか。
「まだ行ったことない島の反対側を見ようと思ってな。てかお前も道造るの手伝えよ」
「嫌よ。面倒臭い仕事をするつもりはないわ。私はわんこさんが汗水垂らして泥塗れになりながら無様に働く姿を眺めていたいの」
「素直に最低だな!?」
俺が道を切り開くから食えそうな草を採取……なんていう協力プレイもやってくれないんだろうなぁ。食料がなくて困るのは俺だから仕方ないか。
「というか、どうしてわざわざ草刈り鎌なんて生成して地道にやっているのかしら? 今のわんこさんの力ならこの島を丸坊主にすることくらい簡単でしょう?」
「魔力の節約だよ。俺の魔力は〈吸力〉しないと回復しないからな」
今の俺には膨大な魔力が蓄えられているが、魔王との連戦を考えるといつ枯渇したっておかしくない。節約できる時にしといた方が後々のためになるってもんだ。
「ふぅん……まあいいわ。そろそろ飽きてきたし、手伝ってあげる」
「へ?」
望月はどうでもよさそうにそう言うと――待て待て、足下の影から子供が粘土細工で作ったカマキリのような怪物を三体ほど呼び出したぞ。どうするつもりだ?
「草を刈り取って島の反対側まで道を造りなさい」
望月が命じるや、不細工な影カマキリたちは俺を通り越し、一斉に鎌を振るって猛進し始めた。雑に切り裂かれた草木が絨毯のように地面に敷かれ、カマキリたちはあっという間に見えなくなったよ。
俺はただポカーンとその様子を眺めていた。
「こ、この世界でも影霊って召喚できるんだな」
「私が連れて来ているペットだけよ。魔王の監視にも数体放っているわ」
俺が最初にいた戦場は消し飛んでるだろうから、この島に来てから放ったということになる。俺とルウがせっせと食料確保に勤しんでいる間サボってるのかと思いきや、望月は望月で本来やるべきことをこなしていたんだ。
「……もしかしてお前が一番有能かもしれん」
「ふふっ、今頃気づいたのかしら?」
妖艶に笑う望月に不覚にもちょっとドキッとしてしまった。いや、これはアレだ。有能すぎて命の危機的な意味でのドキッだ。うん。
「そういや、影霊もそうだが影魔導術も普通に使ってたよな。アレって地球にいないと使えないんじゃなかったか?」
影魔導術は端から見ると影を操っているように見えるが、実際は地球に寄生している〝混沌〟を抽出し、剣や雷みたいな情報を与えて変異させているのだと聞いた。
「それは影魔導師だけよ、わんこさん」
やれやれというように肩を竦めて否定する望月。
「漣くんや瑠美奈ちゃんみたいな普通の影魔導師は別の世界だとただの人になるけど、私は〝混沌〟そのものだもの。それも独立した完全体のね」
「だからこの世界でも能力を使えると?」
「無尽蔵じゃないけれど、そんなところよ。身を削っているようなものだから、わんこさんの魔力と似ているわね」
だったらルウのお仕置きみたいな無駄遣いをするもんじゃないと思うけどね。
「あら? アレはなにかしら?」
ふと、木々の隙間を見上げた望月が遠くを指差した。釣られて俺もそっちを見ると……なんだ? 岩山の裏辺りから白い靄のようなものが立ち昇っている。
「……煙? いや、この微妙に漂って来る硫黄臭はまさか!」
「わんこさん?」
気づくと俺は走っていた。特に慌てた様子もなくついてくる望月に、俺は心なし声のテンションを上げて告げる。
「望月! 温泉だ! 温泉があるぞ!」
今までは水たまりのような池で水浴びをするくらいしかできなかったが、温泉があるとなると話が変わる。無人島生活で食料を除けばこれ以上のご褒美はないぞ。修行の時は温泉なんてなかったからな。
影カマキリたちが造ってくれた道を駆け進み、岩山の裏が近づいてきたその時だった。
「――ッ!? 待ってわんこさん、先行していたペットたちが何者かにやられたわ!?」
「え?」
望月が警告した直後、上空からブォンと突風が降り注いできた。誘波の風に比べたら大したことないが……見たぞ。プテラノドンに羽毛を生やしたような怪鳥が頭上を通り過ぎたのを。
しかも、一匹じゃない。何匹も群れになって温泉の湯気が立っている方へと飛んで行ってやがる。
「こいつらは?」
「この島のボスじゃないかしら? よくも私のペットを……」
よく見ると、羽毛プテラノドンの一匹が三本の足で影カマキリたちを捕獲している。巣に持って帰ってるみたいだな。
木々がなくなり、岩肌が剝き出しになったエリアへと出る。島の裏側はこんな風になっていたのか。
湯気の正体はやっぱり温泉だった。ということは、この小島は火山ってことになる。羽毛プテラノドンたちはその温泉の近くに群れで暮らしているらしいな。
岩陰に隠れて様子を窺ってみると――一、二、三……十匹以上いるぞ。
「鳥肉か。ルウが喜びそうだ」
「どうせまた美味しくないのでしょう?」
「だとしても、あっちはどうかわからないぞ?」
温泉の他にも見つけたものがあった。それは羽毛プテラノドンたちが守るようにして奥に置かれてある、白い楕円形の物体。
「ふぅん、確かに卵は試してないわね」
ダチョウの卵より遥かに大きいものが、木の枝で造られた巣の中に納まっているよ。ゲロまずい可能性は大いにあるだろう。でも、アレを回収しない手はない。
「卵を取るには、親鳥をどうにかしないといけないようだな」
羽毛プテラノドンはまだ俺たちに気づいていないな。奇襲を仕掛けるなら今の内だ。
「……私がやるわ」
「珍しいな。どうせ俺に任せっきりだと思ってたが」
「卵はどうでもいいけれど、私、温泉には入りたいの」
「さいですか」
望月は〝混沌〟でも女の子だ。風呂に入らない生活にはストレスが溜まっていた様子で、なんというか、目がガチだったよ。いや俺もテンション上げてたし、気持ちはわかりますけども。
影が渦巻き、望月の姿が消える。
かと思えば、羽毛プテラノドンたちの真ん前に出現した。
「来て! 智くん!」
羽毛プテラノドンが臨戦態勢に入る前に、呼び出す。足下の影が広がり、そこから全長五メートルを超える影のドラゴンが這い出てきたよ。
智くん……望月絵理香の恋人だった少年を喰らった最上級影霊だ。
「あの邪魔な鳥さんたちを薙ぎ払って」
「るぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」
智くんが咆える。超音波が衝撃となって羽毛プテラノドンたちを軽々と吹っ飛ばす。だが、アレは攻撃でもなんでもないぞ。智くんがワニっぽい大口をパカリと開くと、そこに凄まじい力を感じる影が収斂していく。
そして、まるで巨人が虫けらを焼き払うように影の光線が羽毛プテラノドンたちを消し飛ばした。背後の岩山の天辺まで抉れてるんですけど。
「ちょ、前に戦った時より火力上がってないか!?」
「当然よ。智くんは傷を治しながらより濃く〝混沌〟を取り込んで強くなったの」
てことは、逃がしちゃダメだったんじゃないか? きっちり仕留めておかないとどんどん強くなる。俺もクロウディクスも詰めが甘かったんだなぁ。今は頼もしいけど。
影光線を逃れた羽毛プテラノドンたちが一斉に望月へと急降下していく。
「ふふっ、お風呂の前に私もちょっと汗を掻きたい気分になっちゃった♪」
望月は智くんの肩に飛び乗ると、影を先端が槍状になった無数の触手に構築して羽毛プテラノドンを次々と貫いていく。
「いや、俺の出番がねえ……」
勝てないと判断した残りの羽毛プテラノドンが遠くへと飛び去って行く。本当に、見ているだけで終わってしまった。
そして。
「わんこさん、こっちを覗いてもいいわよ。殺すけど」
「覗かねえよ!」
俺たちは岩を隔てて温泉に浸かっていた。ちょっと熱いくらいの温度だが、俺はこのくらいが好きだな。気持ちよすぎて体が溶けてしまいそうだ。まあ、臭いは若干きついけど。
「ところでなにをしているの?」
岩の横からひょこっと全裸の望月が顔を出した。
「お前から来んなよ!?」
キャー望月さんのエッチー! とか叫んだら殺されそうなのでやめておく。どうやら望月は俺が抱えて一緒に浸かっている卵に興味があるようだ。
「せっかく温泉と卵があるんだ。温泉たまごにしないのは勿体ないだろ」
温泉で茹でた卵は、美味くはなかったが吐くほど不味くもなかった。思わぬ収穫。ようやく貴重なたんぱく源をゲットできたよ。
今も海で孤軍奮闘しているルウにも持って帰ってやらないとな。