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シャッフルワールド!!  作者: 夙多史
第八巻
286/315

一章 旧異端世界エレジャ(2)

 結論から言えば、手を組もうと思った相手は『贖罪の魔王』だ。

 理由は大きく分けて三つ。まず、奴の方が魔王連合での序列が低いこと。力関係を単純に考えることが前提になっちまうが、強い方に取り入ろうとしても突っぱねられる可能性が高い。弱い方なら手を組むメリットが大きいからな。それに連戦になった時、強い方が残るよりマシだろ。

 次の理由は接触の難易度だ。『煉獄の魔王』は上空に陣取っている。こっそり近づけるはずもなく、なんなら両陣営に見つかって挟撃される恐れもあるだろう。だから地上にいる『贖罪の魔王』の方が近づき易い。

 最後は魔王の性格だ。超好戦的な『煉獄の魔王』は恐らく話し合いにすらならず戦闘が始まるだろう。話が通じないって意味なら『贖罪の魔王』の方がやばそうだが、そっちは『俺も滅びは救いだと思っています!』とか適当ぶっこいて話を合わせとけばなんとかなると思う。

 というわけで、さっき見つけた『贖罪の魔王』エルヴィーラ・エウラリアの拠点に近づいたのはいいけど……

「チッ、結界が張られてやがる」

 当然と言えば当然か。半透明の乳白色をしたドーム状の力場が大きな神殿っぽい遺跡を包んでいるんだ。手を組もうってのに破壊して侵入なんて論外だし、裏口からこっそりなんてこともできそうにないな。困った。

 もう少し待つか? どっかの部隊が戻って来た時に紛れて侵入できれば――


 ドゴォオオオオオオオオオオオン!!


「またか!?」

 結界に紅蓮の火柱が激突した爆音だ。今までも何度かあったが、ここまで近づくとその迫力は凄まじいものがある。周りの空気が熱されて呼吸するだけで肺が焼けそうになるくらいだ。

 そいつを受け止めている乳白色の結界もとんでもない強度――いや、今回はこれまでの比じゃないぞ。


「オラオラオラオラオラァアッ!! ぶち破ってやんよ!! テメェの薄っぺらい結界なんざ!!」


 火柱の中に戦鎚を振り下ろした『煉獄の魔王』フェイラ・イノケンティリスの影が見えた。遠距離だと防がれるから直接殴りにかかってきたんだ。

 ピキリピキリ、と結界が罅割れていく音も聞こえ始めたぞ。

 このまま割られたら魔王同士のガチ戦闘が始まって、手を組む提案をするどころじゃなくなっちまう。傍にいる俺だって危険だ。

 どうする? 一か八かフェイラに攻撃して味方アピールしてみるか?

「ん?」

 乳白色の結界が、すーっと幕が引かれるように地面の方から消えていくぞ。

 破られた? いや、そうじゃない。ドーム状だった結界が火柱を受け止めるためだけの盾に変わっている。なるほど、結界を一点集中させることで強度を上げてるんだ。

「しゃらくせえ!!」

 轟ッ!!

 火柱の火力が跳ね上がった。結界の一部が砕け散る。

 すると、フェイラを取り囲むように司祭服を着た数人が飛びかかった。魔力からして幹部クラスだろうが、四天王とかいう数じゃない。一体何人いるんだ?

「ハッ! いいぜ! まずは雑魚から相手してやる!」

 火柱を弾けさせたフェイラが自身を回転させて燃える戦鎚で司祭たちを薙ぎ払う。そのまま空中で激しい戦闘が勃発しているけど、これはチャンスじゃないか?

 結界がなくなって、フェイラは『贖罪』の魔王軍幹部たちが足止めしてくれている。

「……躊躇ってる場合じゃないな」

 俺はそそくさと神殿遺跡に侵入した。意外と頑丈に造られているらしい神殿は、外から響く衝撃にパラパラと削れてはいるものの、崩壊はしていない。

 道は迷路みたいに複雑だ。でも、目印になるエルヴィーラの魔力は今も感じ続けている。それを辿っていけば問題なく接触できるはずだ。

「なんだ、これ?」

 聖堂と思われる広い場所に抜けると、そこに奇妙なものがあった。祈りを捧げる姿をした、天使の銅像。周囲の遺跡はボロボロなのに、これだけは妙に真新しさを感じる。

 僅かながら魔力を帯びているな。乳白色……てことは、エルヴィーラが持ち運んだものか。だとすればこれはあいつが信仰する破壊神の神像とかそういう物騒なものかもしれん。


 ドゴォオオオオオオオオオオオン!!


 外の轟音が激しさを増した。

「――って、こんなの眺めてる場合じゃなかった。急がねえと」

 俺は聖堂を駆け抜け、階段を登り、ようやくエルヴィーラが陣取っているバルコニーへと到着する。

 柱の陰に隠れて様子を見ると、エルヴィーラは何人ものシスターたちを引き連れて祈りを捧げていたよ。神像と同じポーズだな。

 降り注ぐ紅蓮の流星弾を張り直したらしい結界で防いでいる。

 だが、まずいな。破られるのは時間の問題っぽいぞ。


「エルヴィーラ様!」


 俺が出て行くタイミングを見計らっていると、シスターの一人がエルヴィーラの傍で膝をついた。

「どうかしましたか?」

 祈りを中断したエルヴィーラが、柔和で優しげな表情を見せる。とても魔王とは思えない聖職者の顔だ。そういう意味でもこっちを選んで正解だったかもしれんな。

「このままでは押し切られてしまいます! 滅罪使徒様が束になっても『煉獄の魔王』を討ち取れるとは思えません! どうか、被害が拡大する前に撤退を!」

 どうやら、状況を正しく理解しているらしい部下が上司に進言したっぽいな。ありがたい。撤退してくれるなら、俺も落ち着いたところで共闘を持ちかけられるってもんだ。

 そんな部下の言葉に、エルヴィーラは――

「……あなたは、恐れているのですか?」

「え?」

 聖母のような優しい顔のまま、ゆったりとした口調で問いを投げかけた。

「敵に押されそうな現状を。見えてしまった敗北を。あるいは『煉獄の魔王』そのものを。――『恐怖』は罪です」

 さーっと、シスターの顔が真っ青になったぞ。彼女は冷や汗をだらだらと流しながら、必死な様子で口を開く。

「いえ! いえ! 違います! そういうわけではありません! 私はただ、確実な勝利のため戦略的撤退を――」

「マティア」

「……はい」

 エルヴィーラが誰かの名前を呼ぶと、斜め後ろに他よりも豪奢な修道服を纏ったシスターが立った。見覚えはある。あの〈魔王たちの会合(ヴィシャスコア)〉でエルヴィーラが連れてきていた眷属だ。

 明るい銀髪をフードから覗かせたマティアとかいうシスターは、吸い込まれそうなヴァイオレットの瞳で撤退を進言したシスターを見詰める。

 そして――


「彼女は嘘をついております」


 ハッキリと、そう断言した。

「ああ、なんということでしょう。敵に臆しただけでなく、虚言をも口にしてしまいました。罪に罪を重ねるなどあってはなりません」

「あ……いえ……私は……」

 ふらりとわざとらしくよろけたエルヴィーラは、顔面蒼白したまま震えるシスターの肩にそっと両手を乗せたよ。

「ですが、大丈夫」

 ニコリと優しく微笑んだ、その瞬間。


「罪は、(すく)いを持って赦されます」


 乳白色の光が、逃げ出そうと踵を返しかけたシスターを慈悲も容赦もなく包み込んだぞ。


「きゃああああああああぁあぁあああぁあぁぁぁああああッ!?」


 絶叫。

 やがてそこにシスターがいた痕跡など一切消え失せ、虚空だけが残された。

「あなたの罪は赦されました。どうか、安らかに」

 胸の前で十字を切るエルヴィーラ。彼女に倣って他のシスターたちも一斉に祈りを捧げ始める。

 なんとも異様な光景に、俺は――

「……」

 あっれー、これやばくない? あのマティアってシスター、嘘見抜けるのん? じゃあ俺が『イエスイエス滅びは救いデース。ワタシタチナカーマ』とか言って近づいても秒でバレるじゃん。

 うん、ちょっとエルヴィーラと手を組むって案は再考した方がいいかもしれん。


「ハッ! テメェで味方ぶっ殺してちゃあ世話ねえな!」


 ドゴッ! ドゴッ!

 なんだ? 黒い物体がいくつもバルコニーに落ちてきたぞ。遅れて炎の髪をした褐色の少女が燃える戦鎚を担いで着地する。フェイラだ。

 じゃあ、あの丸焦げになった物体は……『贖罪』の魔王軍の幹部たちがやられたのか? こんな、短時間で。嘘だろ。

 エルヴィーラは炭塊となった眷属たちを一瞥だけすると、特に焦った様子もなくフェイラを見詰める。

「いいえ、彼女は(すく)われたのです」

「そのわけわかんねえ頭、かち割ってやろうか?」

 フェイラが戦鎚を振り下ろす。それをエルヴィーラは虚空から取り出した十字架の大盾で受け止めた。

 ダイナマイトでも爆発したかのような衝撃が奔る。

 周りにいたシスターたちは軒並み吹っ飛び、残っているのは打ち合っている当人たちだけ。その凄まじい衝撃には流石の神殿遺跡も耐え切れず、丁度俺が隠れていた柱もボキン! と簡単に砕けた。

 思わず逃げようとする俺だったが……あ、瓦礫を蹴っちまった。

 それは崩壊に掻き消えてしまうほどの、些細な異音。

 なのに。

「……やっべ」

 ぎゅいん、と擬音が聞こえそうな勢いでフェイラとエルヴィーラの視線が俺を捉えたよ。組み合っていた二人は弾かれたように飛び退り、それぞれの武器を地面に立てかけるようにして置く。

「これはこれは、『千の剣の魔王』ではありませんか。私の陣地に不法侵入とは罪深いですね」

「なんでテメェがここにいんのか知らねえが、ラッキーだぜ! ここで纏めてテメェらぶち殺しゃあ、一気にゲームの勝利に近づくってもんだ!」

 ああ、やってしまった。

 標的が、明確に俺になったよ。

 ここは落ち着いて深呼吸だ。そう、吸って、吐いて、よし!

「ダッシュ!」

 俺は逃げ出した。一目散だった。流石に魔王二人、いや、魔王軍二つを相手に立ち回れるわけがないだろ! こんな戦意剥き出しの奴らに共闘なんて最初から無理だったんだよ!

「逃がさねえよ! 燃え尽きろぉおッ!!」

「滅しなさい」

 後ろから紅蓮と乳白色が迫ってくる。振り向かなくてもわかる。どっちも魔力砲を撃ちやがったんだ。今の疲弊した俺の魔剣砲じゃ相殺なんて無理無理超無理絶対ムーリー!

「くそったれぇええええええええッ!?」

 やばい! 紅と白に呑み込まれるぅううううううう!!


「わふ!」


 その時だった。聞き覚えのある声と共に、背後からなにかが殴り飛ばされるような轟音が響いたんだ。

 振り向くと、犬耳尻尾の幼女が拳を握って立っているよ。

 さらに、俺の前に〝影〟が渦巻いた。

「うふふ、困ってるみたいね、わんこさん」

 影の中から現れたのは、黒いセーラー服を着た色白の少女。艶のある黒髪にオレンジのカチューシャ、カモシカのようにスラリとした足には当然見覚えがあるぞ。

「ルウ!? 望月!?」

 今回は仕方なく手を組んでいる『王国』の執行騎士――ルウと望月絵理香だ。

「おいお前! レイジを回収したならさっさと逃げるぞ!」

「わかってるわよ。オオカミちゃんはせっかちね」

 ルウが俺の腕にしがみつき、反対側を望月が腕組みしてきたよ。

「逃げるって、ちょ――」

 俺がなにか言う暇なんてなく、影の翼を広げた望月が急上昇でその場から離脱した。


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