一章 旧異端世界エレジャ(1)
状況を、整理しようと思う。
旧自由世界オゼクルグの地下都市で『蛇蝎の魔王』フィア・ザ・スコルピを倒したまではよかった。そこから仲間の安否を自分の目で確かめる暇もなく、『仄暗き燭影の魔王』ンルーリによって別の世界に飛ばされてしまった。
ここはどこなのか?
俺だけが飛ばされちまったのか?
他のみんなは無事なのか?
気になることは山ほどある。だが、そんなことよりも目の前の状況をどうにかする方が先決だろうな。
「よりにもよって戦場ど真ん中に放り込みやがってあの野郎!?」
空に浮かぶ紅い艦隊から火山の噴火かよって勢いで炎弾が撃ち出されてるんだ。そんで地上からは迎撃するように乳白色の光線がピュンピュン飛んでやがる。
薄暗いグランドキャニオンみたいな峡谷で、ここだけが花火大会でもしてるかのような明るさ――あっ、今あっちの岩山が一瞬で燃え溶けてマグマの海に変わった。こんなん花火大会とか可愛い表現で誤魔化し切れねえよ!
「げっ!?」
火炎弾が俺の頭上にも降ってきやがった。とにかく走れ! 逃げろ! どこか安全な場所に隠れてやり過ごすんだ!
気をつけないといけないのは、敵は上空だけじゃないってところだ。
「次の爆撃が来ますよ! 全員祈祷! 結界を張りなさい!」
怒号が聞こえ、俺は岩壁に隠れてそっとそちらを覗き込んだ。陰湿そうな眼鏡の神父がシスターたちに指示を出している様子だ。彼らの周囲に光の膜が展開され、紅蓮の炎を悉く弾いている。
魔王じゃない。神父にシスター。『贖罪の魔王』の眷属だろうな。シスター一人一人は大したことなさそうだが、あの神父は別格だ。恐らく幹部の一人だろう。
俺はフィア・ザ・スコルピを倒したばっかりでくたくただ。戦闘はなるべく避けた――
「いたぞ!!」
やべ、見つかったか!?
と焦ったけど、違った。空の紅い艦隊から炎の怪人たちが次々と落下してきたんだ。そいつらは神父やシスターたちを見つけるや否や戦闘を始めたよ。
「上の艦隊はやっぱり『煉獄の魔王』か。くそう、どっちもヤバい魔王じゃねえかよ! やばくない魔王なんて俺くらいなもんだけども!」
一気に乱戦だ。炎と光が飛び交ってみるみる地形も変わっていく。俺が今いる場所もそう長くは持ちそうにないな。
でも、逃げるなら今だ。この乱戦に紛れてまずは戦場から離脱する。
「雑魚どもが。この滅罪使徒パウェルを討とうなどと、おこがましいにも程がありますよ!」
神父が鎖の先に十字架の刃を取りつけた武器を二つ、両手でそれぞれ握って振り回す。白い魔力が込められた鎖十字は一薙ぎで炎の怪人たちを吹き消したぞ。
やはり、強い。『滅罪使徒』って言ったか。それが『贖罪』の魔王軍幹部のことだろうね。名称からは何人いるのかわからんけど、強さだけならたぶん四害蟲とどっこい、いや、それ以上かもしれん。
渓谷のあちこちで両軍が衝突しているらしい爆音が響いてやがる。空と地上からの爆撃も勢いが全く弱まらない。
「逃げるにしても、一回戦場を俯瞰した方がいいかもしれんな」
どこか高い場所から……よし、あっちの大きな岩山の方なら比較的無事っぽいぞ。
俺はこそこそと慎重にその場を離れ、なんとか見つからないように岩に擬態した盾を生成して被ってから岩山を登っていく。
途中から盾を遠隔操作でエレベーター代わりにしてショートカットし、頂上へ。
そこから眺めた景色は――
「……これ、逃げ切れなくないか?」
自分でも顔が引き攣ったのがわかるよ。なにせ、峡谷はとにかく途方もないほど広かったんだ。そのあちこちで炎の光が激突している。百キロメートル単位で離れれば一息つけるだろうけど、逆に言えばそれまではどこにいようと超絶危険地帯だぞ。
なによりやばいのが、俺から見て東側の景色だ。
凄まじい力で大地を抉り取ったようなでかい溝が続いている。その先に赤い水平線が見えるんだが、アレ全部マグマだよな?
この世界は初めてだけど流石にわかる。星の形まで変わってるんだ。
「一体、いつから戦ってるんだあいつら……」
このまま放っておいたら世界自体が消滅しかねん。それこそ逃げ場なんてないぞ。
「戦いを終わらせないと。だが、どうやって?」
今の俺の残り体力で武力制圧は現実的じゃない。かと言ってこの様子じゃ逃げ隠れしても余計に消耗するだけだろう。潰し合うのを待って漁夫の利は、先に世界が終わるよね。
だったら――
「どっちかと、手を組むか?」
相手は魔王だ。正直、無茶無謀な案だとは思う。出会って五秒で殺し合いが始まるかもしれん。でも、俺の拙い頭で思いつく手は他にないんだよ。
問題は、どっちと接触するか。
「エルヴィーラ・エウラリア!!」
と、空から戦場全域に響く声が降ってくる。
見上げれば、一番大きな戦艦の船首に見覚えのある女が立っていた。鮮やかな炎髪に褐色の肌。赤いマントにビキニといった露出度高めの格好をし、肩には巨大で禍々しい紅い戦鎚を担いでいる。
『煉獄の魔王』フェイラ・イノケンティリス。
目を凝らせば、奴の背後にも何人か立っているな。会合でも見た全身炎の魔人。六対の燃える翼を生やした少女。雷神の太鼓みたいな燃える輪っかを背負った半裸の男。銀の軽鎧を纏った赤肌の女戦士。炎の蝶を従えるゴスロリ幼女。炎の鬣を靡かせる巨大猫。
どいつもこいつも水タイプに弱そうな外見をしているが、あいつらが『煉獄』の幹部連中だろうな。六人、いや五人と一匹? ……多いなぁ。
「格下のくせにうざったく粘りやがって! 今日こそテメエと決着つけてやるから首洗って待ってろ! 灰も残さず焼き尽してやんよ!」
相当苛立っている様子のフェイラが叫ぶと、幹部連中が忍者のように散開する。各地の戦場へと落ちていき、一際でかい爆発を引き起こしたぞ。
フェイラ本人も飛び降りようとした瞬間――天が、割れた。
「見苦しく足掻く必要はありません、『煉獄の魔王』。あなたは今日、全ての罪が滅されるのです」
透き通るような声と共に、割れた天から乳白色の光がフェイラの乗る次空艦へと照射される。フェイラはニヤリを嗤うと、その場から微動だにせず紅の魔法陣を頭上に展開。これこそ火山の噴火を思わせる火柱が光と激突した。
「うわっ」
そこそこ距離があるはずなのに熱と衝撃が俺のいる岩山まで届いたぞ。ていうか岩山崩れた!? やべえ落ちる!? なんとか盾を頭上と足下に生成して瓦礫と落下を防ぐ俺。
「わかってたけど、なんちゅう規模の戦いしてんだよ……」
落ちながら見つけたが、谷間にある大きな神殿っぽい遺跡の屋根に豪奢な修道服の金髪美女がいたよ。敬虔な様子で祈りを捧げている姿はなんとも魔王らしくないが、あいつが『贖罪の魔王』エルヴィーラ・エウラリアだ。
俺はこいつらのどっちかと手を組むって話にしようとしてたの?
「いや無理じゃね?」
片や喧嘩っ早い噴火系アツアツ女。
片や滅びが救いだと真顔で言ってる宗教女。
「どっちも嫌すぎるけど、ダメ元で手を組むなら――」
俺は腹を決め、そいつと接触するために行動を開始した。