序章
どことも知れない次元の狭間に、一隻の戦艦が浮遊していた。
赤と白の縞模様で着色されたサーカス団を思わせる船の一室で、魔王たちによる略奪ゲームの主催者――『呪怨の魔王』グロル・ハーメルンは、スポットライトに照らされながら大仰に両腕を広げた。
「レディース エェーン ジェントルメェーン!」
観客など一人もいないはずだが、グロルは誰かに見られている体で大声を張り上げる。
否。部屋にこそグロルしかいないが、異なる次空から無数の視線が注がれていることを彼は識っている。グロルは初めからそのつもりで行動し、準備し、特定の参加者に必要な助言も与えた。
要するに――
この略奪ゲームは参加した魔王たちだけで閉鎖的に行われているわけではない、ということだ。
「ゲーム開始から数日が経過した。『概斬』は構えた拠点で待ちの姿勢。消極的! 『鐵』は世界間をひたすら彷徨い渡っている。サイボーグのくせに迷子! 『煉獄』と『贖罪』は小競り合いを繰り返しているだけ。もどかしい! 『仄暗き燭影』に至ってはこの私ですら存在を捉えられない始末。なんとも厄介! やはり世界五つは広すぎだったかと反省したが、しかーし! ヒャホホ! ようやく、よぉーーやく展開に動きがあった!」
パチンとフィンガースナップをすると、暗闇に長方形の窓が出現した。そこには毒と瘴気に侵された痛ましい世界の光景が映し出されている。
「旧自由世界オゼクルグにて、『千の剣』が『蛇蝎』を見事討ち破った! 連合としてはルーキーだったが、加入するや目まぐるしく序列を上げてきた『蛇蝎の魔王』フィア・ザ・スコルピを、だ!」
視線がざわめく気配を感じる。正確にはその前に『蛇蝎の魔王』は一度敗れているのだが、アレは『鐵の魔王』が不意を突いて〝魔帝〟の力の結晶を奪っただけであり、討ち破るまでには至っていない。
グロルは指でシルクハットを持ち上げ、正面斜め上から突き刺さっていた視線の方を向く。
「『蛇蝎』はあんたの派閥の末端だ。なにか言いたいことはあるかな?」
…………。
返事は聞こえない。声を届かせようと思えばできる力を持っている強大な大魔王なのに、それをしない。グロルは愉快げに笑って大きく柏手を鳴らした。
「ヒャホホホ! ノーコメント! いやはや薄情! よくも悪くも魔王ということか!」
そのままくるりとターンをし、右手に握ったステッキで床を小突く。ボフン! と足下から煙が噴き上げ、ハト……ではなくペンギンのような鳥がパタパタと飛び立って行った。
「さてさて、旧〝魔帝〟『黒き劫火の魔王』の力を継承した彼には、このまま快進撃を続けて欲しいものだ。ん? GMが贔屓をするなと? ヒャッホホ! なにを言っている。彼こそがゲームの主役だろう!」
悪びれもせず言い放つグロル。だが、別に肩入れするつもりはない。『旗』を作れとだけは助言したが、それ以降はゲーム終了まで公平に見守ることにしている。
たとえ彼が死んでグロルの思惑とは異なる展開になったとしても、それはそれだ。
「『仄暗き燭影』が少しばかり引っ掻き回してくれたようだが……結果はオーライ。次なる舞台は旧異端世界エレジャ。彼の介入で『煉獄』と『贖罪』の趨勢にも影響が出ることだろう」
映像が切り替わる。乾いた峡谷で紅と乳白色のド派手な爆撃が繰り返される小競り合いは、少々見飽きてしまったところだ。
「……とはいえ、看過できない懸念点も一つある。GMとしては、対処せざるを得ないか」
グロルは顎に片手をやると、ステッキで画面をスライドさせる。
そこには、光の翼で荒廃した世界を飛翔する紅楼悠里の姿が映し出されていた。