五章 VS蛇蝎の魔王軍(13)
砂色の禍々しい魔力を宿した、身の丈ほどもある両刃の戦斧を握った俺に、フィア・ザ・スコルピは反射的に身を翻して両手のハサミを構えた。
「どういうことだぁ? オレ様は確かにてめえの首を切ったはずだぁ。なぜ生きている!?」
言葉の端々から動揺が伝わる。殺した相手が生き返ったらそういう反応もするだろうな。だが、いちいち答えてやる義理はないな。
無言で床を蹴る。
瞬時にフィア・ザ・スコルピとの間合いを縮め、大上段から〈冥王の大戦斧〉を振り下ろした。
「チィッ!?」
舌打ちして飛び退ろうとするフィア・ザ・スコルピ。判断が一瞬遅かったな。避け切れずに右腕を甲殻ごと肩口から斬り落としたよ。
「ぐぉおおおおおおおおおおおおっ!?」
悲鳴を上げ、フィア・ザ・スコルピは左のハサミで傷口を押さえてのた打ち回った。〈冥王の大戦斧〉は生あるものを斬り砕く斧。だが、こいつの異能はそこじゃない。
「悪いが、まだ慣れてない武器だ。加減はできないぞ」
戦斧が斬った空間からどす黒い霧が溢れてくる。死の瘴気だ。毒の瘴気を操るフィア・ザ・スコルピに効果があるのかはわからないが、たぶん上位互換だから多少は効くだろうね。
「なんだ、その武器はぁ!? なんだ、その魔力の色はぁ!? てめえの色じゃなかっただろぉ!?」
そんな気はしていたが、やっぱり魔王によって魔力の色が違うんだな。フィア・ザ・スコルピは藍色。ネクロスは砂色。アルゴスやリーゼは黒。ゼクンドゥムは白、いや、純白か。
俺の色は何色だろう? 特に色がついていたようには思えなかったから、無色? いいね。どんな色にも変われるって感じで。
「砂っぽい色って言やぁ、『柩の魔王』だったはずだぁ。てめえが倒したことは知ってるがぁ、まさか喰ったのかぁ!?」
「喰ったとは人聞きが悪いな。奪ったんだよ。……人聞き変わんねえな」
ネクロスの魔力を一気に解放したためか、体が熱い。悪い意味じゃなく、俺の中に力が溢れてくる感覚だ。
暴れたい。壊したい。力を使いたい。
抑えていたはずの破壊衝動も昂っている。でも、あの時のに比べたら呑まれるほどじゃない。この程度ならアドレナリンが出ているようなもんだ。
「くそがぁ!?」
フィア・ザ・スコルピが悪態をついて飛び跳ねた。天井の穴から甲板の方へと出て行ったぞ。
逃げた? いや、奴の目に恐怖はあったが戦意までは喪失していなかった。ここにいたら死の瘴気が充満するから場所を変えるつもりだな。
空中に盾を生成して飛び渡る形で俺も後を追う。
甲板に出たところで――カッ! と。
藍色の閃光が俺目掛けて飛んで来やがった。魔力砲で不意打ちとは、いよいよ奴にも余裕がなくなったようだ。
俺は戦斧を突き出すように構える。
「――魔剣砲」
藍色の魔力光線と刀剣の奔流が衝突。今度は相殺じゃ済まない。咄嗟でも今の俺は過剰に魔力を放出してしまうらしく、刀剣は光線を切り裂くように突き破っていく。
本当は俺もビーム出してみたいんだけど、ネクロスの魔力を使えるようになっても技や術まで真似はできないからな。俺ができるのは、あくまで自分が磨いてきた〈魔武具生成〉だけだ。
「調子に乗るなよぉ! 多少魔力が上がった程度でぇ、このオレ様を討ち取れると思うなぁ!」
触手のように伸びる六本の足が四方八方から迫る。さっきは捌くことも精一杯だったが、魔力が溢れて動体視力が上がっている今なら防ぐまでもない。全部かわしながら俺はフィア・ザ・スコルピの下へと走る。
瞬間、嫌な気配を背後から感じた。
直感を信じて横に跳んだが、連接した刃が俺の右肩を切り裂きやがった。あの野郎の〈蛇蝎剣〉だ。
肩の傷は、すーっとすぐに閉じた。ネクロスの魔力のおかげで回復力がやばいことになってるぞ。どんどん魔王らしくなるな、俺。
だが、ネクロスから奪った魔力はほんの一部だ。この程度の掠り傷ならなんでもないけど、恐らく次に致命傷を受けたら終わりだと思った方がいい。
フィア・ザ・スコルピの足の一本が〈蛇蝎剣〉を振るう。
「二度もくらうかよ!」
予測の難しい動きで死角から迫り来るそれを、俺は体を軸に戦斧をコマのように振り回して弾き飛ばした。
「まだだぁ! それで終わりゃしねえんだよぉ!」
カチリ、と甲板の片隅でなにかが起動する音。
これは……〈蛇蝎剣〉と連動させた次空艦のギミックだ。甲板の周囲からいくつもの砲台が競り上がり、全ての砲口が俺を向いた。
「溶けて消えやがれぇ!!」
発射されたのは、地上を爆撃していたのと同じ毒の砲弾だった。今さらそんなものが通用すると思っているのか?
俺は四方に大楯を生成して壁を作る。砲弾が撃ち込まれた楯がドロリと溶けるも、その時には既に高く跳躍していた。
「ギャ! ハ! 跳んだらもうただの的だぜぇ!」
フィア・ザ・スコルピの尻尾の針が俺を照準し、藍色の魔力がチャージされる。そのタメが完了する前に、俺は右手に持っていた〈冥王の大戦斧〉を――ぶん投げた。
「はぁ?」
縦に回転しながら飛んでいく戦斧が、ズシャリ! 素っ頓狂な声を漏らすフィア・ザ・スコルピの胴体の甲殻を砕いて鮮血を散らせた。噴き出す死の瘴気に他の甲殻もボロボロと崩れ、さらには吐血する。
「次でトドメだ!」
俺は空中に生成した盾を蹴り、フィア・ザ・スコルピ目がけて斜めに落下していく。なんの補助もなく自分の意志で〈冥王の大戦斧〉を生成した今なら、アレもできるはずだ。
右手に流す魔力を切り替える。
幾度となく振るってきたあの剣は、今さら明確にイメージする必要もない。
〈魔武具生成〉――魔帝剣ヴァレファール。
揺らめく炎のような形をした赤く禍々しい剣身に、黒い炎が灯る。落下の速度も加えれば、凄まじい威力の一撃となる。
フィア・ザ・スコルピは血を吐きながらも〈蛇蝎剣〉を戻し、防御の構えを取ったが――
「おらぁああああああああああああああああああああああああっ!!」
「クソッたれがぁああああああああああああああああああああッ!?」
魔帝剣ヴァレファールは〈蛇蝎剣〉を簡単に叩き砕いて燃やした。全ての衝撃をその身で受けることになったフィア・ザ・スコルピに、まず次空艦の方が耐えられなかった。
甲板が破壊され、二つ目の大穴を穿ち、俺とフィア・ザ・スコルピは一緒に地上へと落下していく。
「てめえ、オレ様と心中する気かぁ!?」
「いいや! そんなつもりは毛頭ない!」
流星のごとく落ちていく俺たちだったが――ふわっと。俺だけを、優しい風が包み込んだ。
「心中できなくて悪いな。一人で充分とかぬかすお前と違って、俺は仲間と連携してるんだよ」
「……ハン、最後まで魔王らしくねえ奴だぁ」
ぶっちゃけ賭けだったけどね。気づいてくれてよかった。マジで。
『まったく、レイちゃんの無茶は回を重ねるごとにエスカレートしますねぇ』
風に乗って苦笑の混じったおっとり声が聞こえた。途端、俺の落下速度は減速し、フィア・ザ・スコルピだけが地面へと叩きつけられて轟音を響かせる。
それが、俺たちの勝利で戦争に幕を下ろす鐘の音となった。