五章 VS蛇蝎の魔王軍(11)
フィア・ザ・スコルピの背中から生えた六本あるサソリの足が、ブレる。
超高速で動いたんだと咄嗟に判断できた俺は、直感に従って日本刀を振り回した。
剣戟の音が耳を劈く。凄まじい衝撃が日本刀から伝わってくる。
「……っ!?」
鋭い足先が俺の頬に赤いラインを刻む。捌き、切れない。六本のサソリの足がまるで触手みたいに伸びて暴れてるんだ。もうサソリじゃないだろそれ。
「この姿になったのは久々だぁ! 十年くらい前にちょっと強い勇者と戦った時以来かぁ? まあ、その時の勇者はこの姿であっさり瞬殺しちまったがなぁ! ギャハハハハ!」
四方八方から間断なく襲い来る槍みたいなもんだ。なんとか致命傷だけは避けちゃいるが、このまま防御だけしていても勝ち目はないぞ。
俺は艦橋、奴は甲板。けっこう遠いが、生成できない距離じゃない。
〈魔武具生成〉――エストック。空中生成。遠隔操作。
フランス語で『ポイント』『スラスト』を意味する鎧刺し専用の剣だ。そのため菱型の断面をした剣身は細く、先端になるに連れ鋭く尖り、重量は軽い。フィア・ザ・スコルピは変身して全身鎧を纏った怪人みたいになっている。下手な武器を作って正面から斬ろうとしても無駄だろう。だったら甲殻の隙間を突くまでだ。
だが、音もなく生成したはずなのにフィア・ザ・スコルピは片手のハサミでエストックを掴み取りやがった。
「いいぞぉ、『千の剣の魔王』! てめえはこのくらいじゃくたばらねえよなぁ! ――ぶった切れ! 〈蛇蝎剣〉!!」
俺が弾いたはずの蛇蝎の連接剣が、いつの間にか奴の足に絡め取られていた。その足で器用に刃を薙いだぞ。
「やばっ」
咄嗟に身を伏せた、刹那。
今まで俺の首があったところから上の艦橋が、バッサリと真っ二つに斬断された。
残骸が地上へと落下していく。ずいぶんと見通しがよくなってしまった。あの〈蛇蝎剣〉もまだまだ本領を発揮してなかったってことかよ。
「オレ様から目を離すたぁ、余裕だなぁ?」
「――ッ!?」
声に振り向いた時には、もう遅い。目の前まで接近を許してしまったフィア・ザ・スコルピが、俺に突きつけた尻尾の先端に藍色の輝きを集めていた。
「さっきのお返しだぁ!」
魔力砲がぶっ放される。俺はくらいながらも盾を生成するが、一瞬で砕ける。また生成。また砕ける。もう一度、二度、三度――
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
艦を貫通した魔力砲は地上に降り注ぎ、大爆発を起こした。街の中心に底の見えない大穴が穿たれている。大丈夫か、アレ。誰も巻き込まれてないだろうな?
俺は……かろうじて、船底の砕けた板に制服が引っ掛かった状態で助かっていたよ。あと少しずれていたら地上へ真っ逆さまだ。というか今も足下ブランブランの状態だぞ。あっぶねえな。
っていうことを考えられるくらいには意識がある。だが、体中が焼けるように痛い。魔力砲をまともにくらったんだ。これくらいで済んでいることは奇跡か、それとも俺がもう怪物になっちまったからか。
と――
「つ、掴まれもぐ!」
知らない声が聞こえた。見上げると、モッキュ族の男たちが俺に縄を投げ寄越していたんだ。
「あんたらは……?」
なんで次空艦に? と思ってからハッとする。魔王城だったこの艦に捕虜になっていたモッキュ族がいることは当然だ。
「助かる」
俺が縄を掴むと、モッキュ族たちはえんやこら。地引網漁でもするみたいに引っ張り上げてくれたよ。
「……あんたたちだけか?」
船底には俺を助けた数人の男しかいなかった。一都市の一般人のほとんどが収容されているはずなのに、数が足りないどころの話じゃない。まさか、さっきの魔力砲に巻き込まれたんじゃ……?
「大丈夫もぐ。わーたちが捕まっていたのはここより先の船倉もぐ。大きな音がして様子を見に来たらやーが落ちそうになっていたもぐ」
俺の不安を察したらしい男の一人が説明してくれた。
「そうか。なんとかあんたたちを逃がしてやりたいが……」
今の俺じゃ、何十何百人も乗れるほどでっかい盾を作ってエレベーターの真似事をするような繊細な遠隔操作は無理だ。だいたいフィア・ザ・スコルピもまだ倒せていないのにそんな悠長なことをしていられる余裕なんかない。
「あんたたちはそのまま船倉に避難しててくれ。絶対そこは攻撃させないように俺が――」
「どぉするってぇ?」
反射的に振り向くと、上の穴から無骨な甲殻に覆われたフィア・ザ・スコルピが降りて来やがった。
俺は両手に日本刀を生成し、モッキュ族たちを庇う位置取りをする。
「オレ様が言えた義理じゃねえがぁ、しぶてぇ野郎だなぁ。本当はゴキブリなんじゃねえかぁ、てめえはよぉ!」
「逃げろ!!」
横薙ぎに振るわれた〈蛇蝎剣〉を俺は日本刀で挟み取るようにして防ぐ。その間にモッキュ族たちは悲鳴を上げながら船倉の方へと走っていったよ。
ほっとするのも束の間、右のハサミが俺の首を捉えた。
「魔王のくせにあんな雑魚どもを守るたぁ、どんなギャグだ? 寒すぎて逆に笑えてくるぜぇ」
「それは悪かったな。俺は自分の意志まで魔王になったつもりはねえんだよ」
俺はロングソードを生成して奴の首に突き刺した。だが、それは甲殻をちょっと傷つけただけで貫通はしなかった。けっこう魔力込めたはずなんだけどな。やっぱ三割しか取り戻してない力だと限界があるみたいだ。
「ククク、このままてめえの首をちょん切るのは簡単だがぁ」
ハサミが閉まる。俺の首からつーと赤い液体が流れる。
「一つ、提案してやるよぉ。オレ様の手下にならねえかぁ? 他の魔王どもを潰すには流石に戦力がいる。そりゃてめえも同じだろぉ?」
意外な提案だ。こいつは誰とも組まない性格だと思っていたが、『鐵の魔王』そして俺たちとの戦いでの消耗はやっぱり無視できないってことか。
確かにこいつが味方になれば相当な戦力になるが――
「断る。どうせ最後は俺も殺すんだろ?」
同盟じゃなく手下ってところも気に入らない。そこはこいつらしいと言えるけどね。
「てめえの処分は働き次第だぁ。オレ様はこれでも部下には優しいからよぉ。望むなら褒美だって与えるぜぇ。そうだなぁ。〝魔帝〟の力は『あの方』に献上するからやれねぇがぁ、オレ様が滅ぼした世界の半分をてめえにくれてやるってのはどうだぁ?」
「魔王の常套句だな。そんなの受ける奴いねえだろ」
「違いねぇ! ギャハハッ!」
元々冗句のつもりだったのか、フィア・ザ・スコルピは汚く笑う。俺は今の内に反撃の手を考えるが……ダメだ。
なにをするにしても、奴の方が速い!
「最後のチャンスを自ら蹴ったんだぁ。潔く、死ね」
俺の首を掴んでいたハサミが、一切の慈悲もなく――閉じた。