五章 VS蛇蝎の魔王軍(10)
初手の砲撃対決は相殺。衝撃波が暴風となって荒れ狂う中、俺は休むことなく駆け出した。
「ハン、挨拶としちゃあ上等だぁ!」
フィア・ザ・スコルピも玉座から飛び跳ねる。空中で体勢を変え、体を捻り、その凶悪なサソリの尻尾で俺を狙い打ってくる。
針先を日本刀で受け流し、左手に生成したもう一本の日本刀を掬い上げるように一閃。ガキン! と金属音が高鳴る。足の甲殻で防がれた。
硬いな。それにパワーも半端ない。始めから全力のつもりじゃなかったら受けきれなかったかもしれん。
「もうお前の軍勢も幹部も倒した! 勝ち目はないぞ! 降参してくれるなら楽なんだけどな!」
フィア・ザ・スコルピの手刀や尻尾の攻撃を日本刀で受け流しつつ、少しハッタリを含めて言ってみる。
「あぁ? 勝ち目なんざオレ様がいりゃ充分あんだろうがぁ! てめえの目は節穴かぁ? それともオレを揺さ振ってんのかぁ? 趨勢の傾きがわかんねぇほど馬鹿じゃねぇだろぉ?」
やっぱり通じないか。意地になってるだけなら御しやすかったんだが、この魔王は粗暴な態度のくせにやたらと冷静だ。昔の俺でも倒せたような低位の魔王なんかとは訳が違う。
実際、幹部まで倒し切ったのに押されているのは俺たちだ。幹部や魔蟲の軍勢との戦闘で満身創痍な上、上空から爆撃され続けてるんだからな。
「下手な交渉なんて冷めることすんじゃねえよぉ。てめえはオレ様と同じで、どうせそういうことあんま向いてねえだろうがぁ!」
「お前と同じだなんて思われたくないが、ごもっともだ!」
ロングソードを空中生成して直接フィア・ザ・スコルピの首を狙う。サソリのハサミに変化した左腕で弾かれた。その一瞬の隙を突いて無数の刀剣で奴を取り囲み、一斉に射出する。
キンキンキン、と乾いた音がマヌケに響くだけだった。
「仮にオレ様が押されていたとしても、だぁ」
蹲ることで全ての刀剣を甲殻で防いだフィア・ザ・スコルピが、ゆっくりと立ち上がる。
「のこのこ一人で乗り込んできたてめえから力を奪えば逆転できる。勇者でも普通はパーティー単位で攻めてくるもんだぜぇ?」
「俺は魔王だからな」
「ギャハハハハッ! いいねぇいいねぇ! オレ様好みの答えだぁ!」
フィンガースナップ。なにもない空間から巨大な毒針が出現した。
「眷属ってもんは所詮、効率をよくするためのコマにすぎねぇ。単騎で世界を滅ぼせるから『魔王』ってもんだぁ!」
高速で回転しながら飛んで来る毒針を、俺は日本刀を上段から振り下ろして叩き割る。
「仲間をコマ扱いか。やっぱ気に入らないな」
グロイディウスを刺した時もそう言っていた。あまり好きじゃないタイプの価値観だ。反吐が出るよ。
「おっと、勘違いしちゃいけねぇ。コマだからって別に雑に扱ってるわけじゃあねえぜぇ? あいつらはオレ様の魔力を分けて生み出した……あぁ、てめえに耳障りよく言やぁ『家族』って奴だぁ。特に四害蟲の連中はなぁ。だからグロイディウスにもチャンスを与えてやったぁ」
魔王と眷属の仕組みや関係は正直よくわからん。わからんが、確かに俺の仲間とは全然違うようだ。
「こう見えてオレ様にも情ってやつぁ残ってんだぁ。なにが言いてえかっつうと、眷属をぶっ殺されりゃキレんだよオレ様もぉ!」
「――ッ!?」
藍色の魔力砲がノーモーションでぶっ放される。その分、威力は控え目なようだが、魔剣砲で相殺している余裕はないぞ。
俺は横に転がって魔力の光線を避ける。壁に二つ目の大穴が開いたよ。
「――喰い千切れ! 蛇蝎剣!」
その声が聞こえた瞬間、俺は咄嗟に背後で日本刀を立てた。
ガリン! と金属を引っ掻くような嫌な音が響く。案の定、刃が連接したムカデのような剣が伸びていたよ。
「出たな、魔王武具!」
「切り刻まれろやぁ!」
フィア・ザ・スコルピが右手に握った柄を一振りするだけで、蛇蝎の連接剣はくねくねと不規則に動いて俺の死角から襲いかかる。
速い。だが、その剣筋は一度見たからな。どこから来るかなんて予想できる。というか、死角を狙って来るのならそこに剣を生成して立てておけばいい。
「待てやコラァ。てめえ、こいつは初見のはずだろぉ? 仮に『現夢』から聞いてたとしても完璧に対処できるわけがねぇ」
「俺は『千の剣』なんだろ? 剣が通用するとでも?」
本当は予習していたからなんだけど、そう言った方が相手を怯ませられそうだ。
「チッ、まあいい。伸びてうねるだけがオレ様の〈蛇蝎剣〉じゃねぇ」
フィア・ザ・スコルピは伸ばした剣身を手元に戻すと、今度は頭上に向かって蛇蝎の剣を突き出したぞ。天井でも破壊するつもりなのかと思ったが、違う。伸びた刃の先がカチリとなにかに嵌り込んだ。
瞬間、ぶわっと。
藍色の霧がそこら中から噴き出しやがった。
「なっ!? なんだこれ!? 毒ガスか!?」
咄嗟に口を塞ぐが、もう吸っちまった。思わず膝をついてしまう。
「ククク、オレ様の艦――次空艦〈スコーピオン〉は〈蛇蝎剣〉と連結することで様々なギミックを発動できるんだぁ。わざわざ敵地に乗り込んで来たんだぁ。オレ様の土俵で戦っても文句はねえだろぉ?」
カチリカチリ。次々となにかが起動する音が響く。毒ガスだけじゃないぞ。毒光線が飛んできたり、酸の雨が降り注いだり、足下が溶けたり、蜘蛛の糸が絡まってきたり。もしかして四害蟲の技までギミックにしてやがるのか!
大楯を複数生成して一人テストゥド――密接した隊列で盾を前方上方に掲げるローマ軍の歩兵戦術だ――の体勢を取ることでどうにか凌いでいるが、確実に俺を殺しに来てやがる。ゲームだったらクソゲーだぞ!
「おらぁ! どんどん行くぞぉ! いつまでも亀でいられると思うなよぉ? ギャハハハハッ!」
次の起動音で天井がメガトンハンマーになって降ってきた。流石にアレは押し潰される。こうなったら仕方ない。
「あぁ?」
俺は攻撃をくらう覚悟で亀状態から飛び出し、一鼓動の内にフィア・ザ・スコルピに接敵。日本刀を逆袈裟斬りに振り払い、フィア・ザ・スコルピの腹に浅い傷を刻んだ。
傷が浅かったのは、奴も咄嗟に後ろに跳んだからだ。
「おい、おいおいおいおい、なんで動ける!? てめえが倒れた時んのより強ぇ毒だぞぉ!?」
最初に効いたから今度も効くと思ったんだろうな。フィア・ザ・スコルピは驚愕に目を見開いているよ。俺も驚いたさ。実際、ちょっと痺れただけだったからな。
「たぶんアレだな。一回くらってお前の毒に耐性ができたんじゃないか?」
「あり得ねぇ。それが〝魔帝〟の力の恩恵かぁ?」
知らんけど、普通の人間だった頃の俺じゃ間違いなくお陀仏だっただろうね。なんにせよ、毒が効かないならチャンスだ。
「今度は俺から攻めさせてもらうぞ!」
俺は日本刀を投げ捨て、もう一度生成する。フィア・ザ・スコルピの甲殻を貫くにはいつも無意識に込めていた魔力量じゃ足りない。だから作り直した。
手始めに左腕のハサミを斬り落とす。
「ぐがっ」
苦悶に呻くフィア・ザ・スコルピ。よし、ちゃんと斬れる。ちゃんと効く。ここからが本番だ。
「俺個人はそこまでお前を恨んじゃいない。だが、世界を滅ぼしてこんな風に毒と瘴気に変えちまうお前を野放しにしてやる気もない。モッキュ族のためにもお前はここで必ず倒す!」
肩、腕、足。俺は自身の剣技に加え、空中生成した刀剣を遠隔操作してフィア・ザ・スコルピの甲殻を削り取っていく。ここまで間合いを詰めていれば〈蛇蝎剣〉も本領を発揮できないだろ。
とはいえ、フィア・ザ・スコルピは近接戦での剣戟も普通に強いぞ。俺の剣閃に対応できているからな。だが、手数が違う。次第に奴は玉座の方へと押されていく。
「魔王を名乗ったくせにまるで勇者みてえなこと言うじゃねえかよぉ! てめえにもあるはずだぜぇ! 壊せ殺せ奪え嬲れ潰せ滅ぼせ蹂躙しろっつう衝動がなぁ!」
「魔王因子だったか? 生憎と、俺たちはとっくに克服済みなんだよ」
「あぁぉ? どういうことだぁ!」
キィン!!
俺はついにフィア・ザ・スコルピの〈蛇蝎剣〉を弾き飛ばした。すかさず日本刀の切っ先を突きつけ、魔力を込める。
「衝動に負けて乗っ取られちまってるお前とは、魔王として立ってるステージが違うってことだ!」
魔剣砲。
撃ち出される刀剣の奔流がフィア・ザ・スコルピを呑み込み、貫き、壁ごと吹き飛ばして次空艦の甲板に叩きつけた。
決まったか? いや、奴の魔力も殺気もまだ消えていない。
「……痛ぇなぁ。痛ぇ痛ぇ。だが温い! 確かにてめえとオレ様は違うようだぁ。見ろ! 破壊衝動がねえからオレ様を仕留めきれねぇ!」
甲板に立ったフィア・ザ・スコルピが俺を見上げながら両腕を広げてると……なんだ? 奴の魔力が膨張していくぞ。
魔力だけじゃない。体も膨れ上がっていく。甲殻が復活し、背中に六本の足が生え、両手がハサミに変化する。
尻尾も巨大化して凶悪さを増した。
顔は甲殻でフルフェイス化され、戦隊ヒーローに出て来る怪人みたいになったぞ。
「魔王はどこまで行っても世界の敵だぁ! 今からその真髄ってやつを教えてやんよぉ!」