五章 VS蛇蝎の魔王軍(9)
「これは、一体どうなってるんだ……?」
ゼクンドゥムが繋げた〈夢回廊〉を抜けると、そこは戦場だった。いや、戦場に行くつもりだったからそれはいいんだけど、俺が最後に見た光景とはあまりにもかけ離れていたんだ。
最後の四害蟲を倒したから結界は消えている。そこに問題はない。
だが、その結界の奥に聳えていたはずの魔王城もなくなっていた。代わりに、サソリを模した巨大で禍々しいデザインの戦艦が都市の上空に浮遊している。
マストに掲げられているのは、四隅に描かれた蜘蛛の巣の中心でサソリの尾を持つ蛇が蜷局を巻いている旗――『蛇蝎の魔王』の次空艦だ。そういえば、アレが魔王城になっていたんだったな。
「結界が壊されたから空に逃げやがったのか?」
いや、逃げるならそもそもこの世界から離脱しているはずだ。あの『蛇蝎の魔王』が「部下がやられましたぴえーん」って怖気づくとも思えない。
実際、攻撃は止んでないぞ。次空艦の側面に備わっている砲が全部地上を向いて爆撃してやがる。地上からも対空ミサイルが飛んでいて、〝夢〟で見ていた時よりも『戦争』の実感が強いな。
気になるのは、あちこちから毒の瘴気のようなものが立ち昇っていることだ。さっきまでそんなのはなかったはずだが……あ、やば、流れ弾がこっち来る!?
「ボーっとするなユゥ!」
ぷりんとしたピンク色のスライムが間一髪でミサイルを包み込んだ。と思ったら、ミサイルはスライムの中で消化されるように分解され、あっという間に溶けて消えたぞ。
ピンクのスライムがツインテールの幼女に姿を変える。
「マルファ!? お前いたのか!?」
「ずっといたユゥ!?」
そう言えばちょくちょく見かけていた気もするが、他の情報量が多い上に強烈すぎて気にも留めてなかったよ。
「なあ、俺がちょっと目を放した隙になにがあったんだ?」
「ちょっと? お前ずっと寝てたユゥ!」
マルファは小首を傾げてから俺を批難するように睨んできた。ああ、俺がゼクンドゥムの〝夢〟でずっと見てたことは周知されてないんだな。いちいち説明している余裕はない。
「今、どういう状況なんだ?」
「見てわかれユゥ」
「見えてない情報が欲しいんだよ。なんでこうなったのか。今どういう攻撃を受けていてどんな対策をしているのか。他の奴らは無事なのか」
「マルファにムズかしいこと訊くなユゥ!?」
「お前しかいねえんだよ今!?」
ダメだこのスライム。頭スライムだ。せめてゼクンドゥム、お前はここにいろよ。〈夢回廊〉で俺を呼んだんだからよ。
「マルファから言えることは、あの船からの砲弾には当たるなってことだけユゥ」
「どういうことだ?」
「アレに当たると地面も建物もじゅわって溶けて毒の沼になるユゥ」
なるほど、立ち昇っている瘴気もその影響か。フィア・ザ・スコルピの野郎、ついに世界そのものに攻撃を始めやがったってことかよ。
「今イザナミとおねえさまが頑張って防いでるユゥ。でも漏れがあるからお前も気をつけろユゥ」
「そういう情報が聞きたかったんだよ! ありがとな!」
つまり、防戦一方ってことかよ。確かに地の利は上空を陣取った相手にある。リーゼや誘波なら飛べるから突撃かませるが、そうなると魔王を倒したとしても地上は死の世界に変わっちまう。ゼクンドゥムも、ここにいないってことはなにかやってんだろ。
やはり、俺が行くしかない。
だが、どうやって? 生成した盾で空中サーフィンしたとしてもあの高さまで行けるかどうか……そうだ!
「マルファ、頼みがある」
「断るユゥ」
「せめて話を聞け」
この低級魔物、もうちょっと俺に対して心を開いてくれないかな? こっちは魔王様だぞ。あまりその肩書を振りかざしたくないけども。
「お前のスライムの体をバネにして俺をあそこまで打ち上げてくれないか?」
「マルファはトランポリンじゃないユゥ!?」
「届かなくてもいい。ある程度まで行ければあとは自力でどうにかする。だから頼むよ、マルファ大明神様」
俺は両手を顔の前で合わせて拝み倒した。スライムを崇めるってどこの異世界転生物だよ。こいつはピンクだけど。
「……どうなっても知らないユゥ」
「助かる」
やがて根負けしたマルファは幼女からスライムの姿へと戻った。幼女の時より体積が数倍に膨れ上がってるんだよな。未だにどういう原理かさっぱりわからない。
「行くぞ!」
「来いユゥ!」
掛け声と同時に俺はマルファに飛び乗る。ぶにょんと大きく歪んだスライムが、反動で――ぽよーん。
「うおぉおおおおおっ!?」
ロケットのような勢いで打ち上げられる俺。顔面の皮膚がビヨビヨしてるのがわかる。危なく舌を噛むところだったよ。
「お、思ったより高く飛んだが……まだ届かねえか。仕方ない」
次空艦まであとちょっと。ここまで来ればなんとかなる。
〈魔武具生成〉――ライオット・シールド。空中生成。遠隔操作。
俺は生成した大楯に乗ると、サーフィンの要領でなんとかバランスを取って次空艦へと近づいていく。途中で砲撃を受けたが、機動力には自信があるんだ。そんなもん当たるかよ!
フィア・ザ・スコルピの居場所は、わかる。
奴の魔力を一番強く感じる場所――艦橋。その最上階。
「おぉおおおおおおおおおおらぁあああああああああああああッ!!」
俺は気合いを叫びながら突っ込み、魔剣砲で壁に穴を穿って内部へと飛び込んだ。
だだっ広い空間。奥にポツリと玉座だけが置かれた、指令室と呼ぶにも殺風景な部屋だ。
そこに、足を組んで片肘をついたサソリ男の姿があった。
「おいおい、グロイディウスがやられたっぽいから察しちゃいたがぁ、いきなり突っ込んで来るたぁ無粋だろぉ。ちゃんと下から登って来いよぉ、『千の剣の魔王』!」
「決着をつけるぞ。『蛇蝎の魔王』フィア・ザ・スコルピ!」
互いに速攻で戦闘態勢を取るや、挨拶代わりとばかりに藍色の魔力砲と魔剣砲が衝突した。