五章 VS蛇蝎の魔王軍(4)
爆発の正体は、工場にあったなにかしらの燃料が引火したようだ。多くの工場が吹き飛び、灼熱の海が燃え広がる中に……やっぱり、でかいな。
四害蟲の一人、大ムカデのセンティピード。ブラトデアの真の姿も怪獣クラスだったが、それよりも数倍の巨体はもはや壮観の域だ。あのでかさが歩くだけで脅威だぞ。
しかも周りには部下の魔蟲がひしめき合っている。爆発や炎程度では倒れない頑丈な蟲ばかりだ。『蛇蝎』の魔王軍の甲虫部隊とでも言ったところか。
ブラトデアは津波のようなGの群れを操っていた。
センティピードは爆炎を物ともしない魔蟲の軍団を率いている。
眺めているだけの俺ですらとんでもない絶望感を覚えるぞ。これが世界をいくつも滅ぼしてきた上位の魔王軍ってことかよ。
「面白ェ。俺的に面白ェ話になってきた」
愉しそうな声が聞こえた。瞬間、甲虫兵の一匹が派手にぶっ飛び、地面に叩きつけられてぐしゃりと潰れた。
「これほどワクワクしたのは対抗戦の時か? いやいや黒竜の群れが攻めてきた時か? 他にもなんかいろいろあった気ィすんな。あァ? おい後輩、いつ以来だこれ?」
「ウチに聞かんといてくださいよ、グレアム先輩」
こんな状況でも愉快げに笑うグレアム・ザトペックに、げんなりと肩を落とす俺の後輩でもある稲葉レト。他の後輩監査官たちやモッキュ族の兵士たちは戦慄して息を呑んでるっていうのに大したもんだよ。
「あのデカブツを思いっ切りぶっ飛ばせりゃあ、俺様の溜まりに溜まったストレスを解消できるってもんだ。いや待て、俺的にそもそもストレスを溜め込んでいるのか? ストレスといやァ、あのアレだ。イライラしたり食欲がなくなったりする奴だ。確かにこの前デカブツとの勝負を中断されてイラついてたが、別に食欲がなくなったりはしてねェわけで――」
「グレアム先輩、どうでもいい話はせんでええですから!? 敵来るで!?」
センティピードの周りに集結していた甲虫たちが一斉に突撃してくるのを見て稲葉は焦っている様子だ。
それもそうだろう。
「さっきの爆発でウチらはけっこうな被害が出とんねん! ぼーっとしとったら押し切られてまうわ!」
稲葉たちの後ろには、負傷して虫の息となっている監査官やモッキュ族の兵士たちもいるんだ。もしかするとさっきの大爆発はセンティピードが狙って起こしたものかもしれない。だとしたら、でかいだけじゃなく頭も回るぞ。厄介だな。
「なァ、後輩」
「なんです?」
グレアムが両手のトンファーを構え、ニィと口角を吊り上げる。
「道、作れや」
「は?」
言うや否や、グレアムはその場で鋭く跳躍して雪崩れ込んでくる甲虫兵に向かって突進してしまったよ。無茶無謀がすぎる……と言いたいが、グレアムだしなぁ。
「ちょ、ちょい待ちやグレアム先輩!? あーもう!? みんなグレアム先輩の援護を! あの大ムカデは先輩が倒してくれる! 雑魚に邪魔させへんようにするんや!」
稲葉が後輩たちに指示を出す。その言葉にモッキュ族たちも頷いていたから、彼らの指揮官はやられてしまったのかもしれん。稲葉が総指揮を執るよくわからん状況になってるぞ。
「黄雷装纏――」
バチリ、と稲葉の体が黄色の雷光を帯びる。
瞬発力を高める雷を纏った稲葉は、雷足でグレアムを抜き去ると、その前方から迫っていた甲虫兵に拳を叩きつけた。
「――瞬神剛破!!」
打撃によるダメージはほぼない。だが、雷が外殻を貫通して中から甲虫を破壊する。稲葉がこの戦場について来れるか不安だったが、意外と相性はいいみたいだぞ。状況判断力もあるし。そりゃ総指揮官に持ち上げられるな。
稲葉に続いて後輩監査官たちも異能力を使って甲虫兵を殲滅していく。討ち漏らしはモッキュ族の兵士が拾ってくれているが、こっちは爪も槍も重火器も効かない敵に苦戦を強いられそうだ。
戦闘経験の浅い後輩たちが押し切られるのも時間の問題。
だが、道は切り開いた。
「ハン、お前ら的に上出来だ!」
ダンゴムシのような甲虫兵がバチコーン! と思いっ切り打ち上げられる。砲弾と化したそれが文字通り高みの見物をしていたセンティピードの顎に直撃。ぐらり、とよろめかせたぞ。
さらに隙だらけになった腹にトンファーが減り込む。
巨体が、フッ、と浮いた。マジか。
「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
いくつかの工場を爆破崩壊させながらセンティピードは区画の奥へ奥へと押し込まれていく。やがて主戦場からだいぶ離れたところで停止し、センティピードは鎌首をもたげて自分をここまで追いやった人間を見た。
「ぐぅ、またしても貴様か!」
「よォ、デカブツ。てめェ的にでかすぎて暴れにくそうだから場所を変えてやったぞ。俺様に感謝しろ」
ムカデの表情なんて読めないが、たぶん苛立ってるぞ。グレアムはセンティピードにとって蟻んこほどの大きさしかない。そんな奴にここまでやられるような経験はしたことないんだろうな。
「たった一人で我に挑むその無謀。前回吹き飛ばされたことを忘れたか!」
巨体が唸る。そのでかさに見合わない速度で振り回された下半身(?)が、建物や瓦礫を薙ぎ払いながらグレアムに迫るが――
「俺的に、問題ねェと思った攻撃は一度受けてやった方が面白ェ戦いができんだ」
ガン! と。
嘘だろ。あいつ、片手のトンファーだけで怪獣クラスの一撃を防ぎやがったぞ。
「まあ、もう受けても吹っ飛びはしねェがな」
「貴様、本当に人間であるか?」
センティピードのどこかダンディな口調に焦りの色が生じた。そこにいるちっぽけな人間が自分以上に大きく見えている。俺もそんな錯覚をしちゃったよ。
「お前的に俺様は人間以外に見えてんのか? お前的な人間の定義を教えろよ。意思疎通できることか? 猿の進化系か? 目と鼻と口があって手足が二本ずつあればいいのか?」
ぶつぶつとなんか言いながらグレアムはセンティピードの足にトンファーを引っかけたぞ。なにをする気だと思ってハラハラしながら見ていると――ブン!
「てめェより、弱ェ奴か?」
ぶん投げた。いや、うん、ぶん投げたね。全長数百メートルはある大ムカデを。お前は人の姿に圧縮された巨人かなんかなの?
「……認めようぞ」
投げ飛ばされたセンティピードがむくりと起き上がる。グレアムのデタラメに驚かされてばかりだが、あっちはあっちで大してダメージなさそうなんだよなぁ。
「貴様は小さく非力な人間などではない。我と相対せる紛うことなき〝敵〟である。であれば、この『蛇蝎』の魔王軍四害蟲がセンティピード。身命を賭して〝敵〟は滅ぼしてくれる!」
センティピードの口から禍々しい青色の液体が噴射された。グレアムが直感的に横に跳んでかわすと、液体を浴びた建物が蒸発するような音を立ててドロドロに溶けちまったぞ。
「毒か?」
「溶解液である。どうした? 攻撃は一度くらうのではなかったのか?」
「ハッ、俺的にわかるぞ。これはくらっちゃダメなやつだろ」
溶けた建物と地面を指差して笑うグレアムだったが、すぐにセンティピードが第二射、第三射と溶解液を吐き出してきたのでその場から大きく離脱する。
「ちょこまか避けるか。ならば!」
直接狙っても当たらないと察したらしいセンティピードは、今度は頭上に向かって溶解液を噴射。とてもかわせないほどの広範囲で溶解液の雨が降り注ぐ。まるで酸性雨だ。
「……チッ」
グレアムは咄嗟に瓦礫を重ねて屋根を作ったが――
「無駄であるぞ!」
「――ッ!?」
ボゴン! グレアムの足下の地面が爆発した。そこから大ムカデの尻尾部分が飛び出してグレアムを天高く跳ね飛ばしやがった。センティピードは溶解液で攪乱しつつ、体の一部を地中に忍ばしていたようだ。
「そう来やがったか!」
打ち上げられたグレアムは丸まって防御姿勢を取るが、背中に思いっ切り溶解液の雨を浴びてやがる。作業着の上着は一瞬で溶けてなくなり、筋肉の鎧も雨粒一滴一滴に悲鳴を上げて爛れていく。
普通の人間ならとっくに致命傷だが、センティピードは甘くない。
「元より、それだけで倒し切れるとは思っておらぬ!」
牙。
大ムカデが牙を剥いて空中で身動き取れないグレアムに突撃したんだ。なんとかトンファーで受けて牙が体に食い込むことは防いだようだが、そのままグレアムはビルの壁に叩きつけられる。
貫通する。
また次のビルに叩きつけられる。
それを何度か繰り返し、ようやくセンティピードはグレアムを放して鎌首をもたげた。ずるり、とビルの壁に穿たれたクレーターから崩れ落ちるグレアム。追撃とばかりに崩れたビルの瓦礫が降ってきて埋もれちまった。
いや、俺もあまりにダイナミックなことで呆然と眺めてたけど、大丈夫なのかアレ?
「貴様は強かったぞ。殴り合いだけであれば魔王様とも戦えただろう」
言い残し、巨体を返して立ち去ろうとするセンティピードだったが――
「……痛ェな。俺的に痛ェ。だが、まだだ。足りねェ。その程度で倒れてやるほど俺様は優しくねェぞデカブツがぁあッ!!」
瓦礫を吹き飛ばしてグレアムが跳躍してきた。不意を突かれたセンティピードがトンファーの振り上げを顎にくらって仰け反る。
「ば、バケモノか貴様!?」
「てめェが言うな!」
俺もバケモノだと思います。
ドン! ガン! ダン!
グレアムは怯んだセンティピードの体を次々とトンファーで殴打していく。その度に確かな衝撃とダメージがセンティピードの体を揺さぶっていく。
「おのれ! 我が魔王様はやがて連合でも最上位に座するお方! 部下である我が貴様ごときにやられては示しがつかぬ!」
どうにか立ち直ったセンティピードが体を捻ってグレアムを振り払い、尻尾の先から毒針を発射する。
巨大な槍とも言える毒針を、グレアムはトンファーを捨てて空中でキャッチ。
「貰うぜ、この針」
着地と同時に足のバネをフル稼働させ、高く高く跳躍。
センティピードの頭に飛び乗ったぞ。
「てめェの魔王がいくら凄かろうとなァ! うちの零児はその程度の器じゃねェんだよ」
そして持っていた毒針を、突き刺した。センティピードの頭に。グレアムのパワーを前に硬い装甲など無意味で、毒針は深々と突き刺さっていく。
「おらぁあああああああああああああああああああああッ!!」
「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
センティピードは痛みと苦しさでのたうち回るが、グレアムは放さない。何秒も何分も暴れ狂う大ムカデとの戦いは――
辺り一帯を更地に変えたところでようやく、頭を貫かれたセンティピードが力尽きることで決着した。
「ハァ……ハァ……俺的に楽しい戦いだった。礼を言うぜ、デカブツ」
「我を……倒したとしても……魔王様がいる。貴様らに……勝ち目はないと思え」
大の字で地面に寝っ転がったグレアムにセンティピードはそれだけ告げると、巨体の魔力が霧散して風に流されるように消えていった。
本当に一人で勝っちまった。あの怪獣相手に。よく生きてやがるな。
「グレアム先輩!? 大丈夫ですか!?」
丁度いいタイミングで稲葉が駆けつけてくれた。グレアムは動けないのか、倒れたままいっそ清々しさを感じさせる笑みを浮かべる。
「おう、掠り傷だ」
「めっちゃ傷だらけだし溶けてるやん!? なんで生きてんねん!?」
グレアムの状態を診て悲鳴を上げる稲葉。うん、俺も実際にこの場にいたらそんな感じでツッコミ入れまくってるよ。いや入れてたか、既に。
「てめェらの方はまだ終わってねェだろ。手伝ってや――」
稲葉の肩を借りてグレアムが立ち上がった、その時だった。
地面から細いなにかが競り上がり、粘着力の強いそれが二人の体を雁字搦めに絡め取ったぞ。
「あァ? なんだこりゃ?」
「く、蜘蛛の巣や!?」
二人だけじゃない。あっちでもこっちでも、新市街のほぼ全域で味方が蜘蛛の巣に捕らわれていた。