五章 VS蛇蝎の魔王軍(3)
どうやら、さっきの光はレランジェが魔導電磁放射砲をぶっ放したものらしい。
住宅街が抉れて消し飛んで一本の大通りができあがっていた。モッキュ族も自分でやってるとはいえ、あんまり他人様の世界を壊すんじゃねえよ。
魔導電磁放射砲をぶち込まれたブラトデアは――
「ふっひひひ、今のはちょっと危なかった。ウチじゃなかったら避けられなかったね」
残念ながら無事だった。
「あんたはロボット? サイボーグ? 実は『鐵の魔王』の眷属なのかな?」
「レランジェのマスターはリーゼロッテ・ヴァレファール様だけ安定です」
無表情で否定し、レランジェは砲台に変形した腕をブラトデアに向ける。バチリと火花が弾けた直後、再び電磁砲を射出。超高速で真っ直ぐ飛ぶ青白い光線を、ブラトデアはギリギリまで引きつけてからあっさりかわしやがった。
「一発目が当たらなかったんだから無意味だってわからないかなぁ?」
まずいな。もう完全に見切られちまってるよ。遠くからいくら連射したところで、それ以上に素早いブラトデアには掠りもしないぞ。
と思っていたら、レランジェの姿が消えている!
「当てることが全ての意味ではありません」
「なっ!?」
レランジェは魔導電磁放射砲の閃光と爆音に隠れてブラトデアの背後に回り込んでいたんだ。ブラトデアの背中に組みついたレランジェは、ジェットエンジンで空高く飛び上がっていく。
「ちょいちょいちょい、なにする気!? 放せふざけんな!?」
ジタバタと暴れるブラトデアだが、レランジェのホールドは振り解けない。レランジェは上空で一旦停止すると、そのまま急降下を始めた。地面に叩きつけるつもりだろう。
「やめろよぺしゃんこになっちゃうだろ!?」
「クソ虫は潰殺安定です」
「ひゃああああああああああああああああああ――なんちゃって♪」
悲鳴を上げていたブラトデアがチロリと舌を出したかと思ったら、カサカサカサ。自分の体を無数のGに変えてレランジェの拘束から抜けやがった。しかもそれだけじゃなく、すぐに元の少女の姿に戻り、レランジェの背中に装備されていたジェットエンジンを思いっ切り蹴り砕いた。
「――チッ」
蹴られた勢いでレランジェだけが地面に激突する。やばい、早くそこから離れろ! そこはまだリーゼの掃除が追いついていない場所だ。黒い海と化したGの群れが一斉に飛びかかるってくるぞ。
「無駄、安定です。レランジェに食い千切られる肉はありません」
レランジェは魔導電磁放射砲を放射しながらその場で一回転。群がっていたGの群れを一瞬で消し炭に変えた。
だが、全部は駆逐し切れない。
「ふひ、知ってるとも」
住居の屋根に着地したブラトデアがパチンとフィンガースナップをする。と、周囲で蠢いていたGたちがカサカサ這い回り、いくつかの部隊に分かれ、陣形を組んだ。
ただの陣形じゃない。
「食べられないならぶっ壊してあげるよ!」
魔法陣だ!
茶色い輝きが放出された刹那――地面が、溶けた。
「これは……」
泥沼と化した地面にレランジェの下半身が呑み込まれる。背中のジェットエンジンを破壊されたから抜けられないのか。足にもついてた気がするけど、泥沼に沈んでるから使えないのかもしれん。
ブラトデアが住居の屋根から飛び降りる。即座にGが飛んで群がり、巨大なハンマーに姿を変えて奴の手に握られた。
「ふひひ、たまにはお前らが潰される側になってみろ!」
ハンマーが、上半身だけ泥沼から出ているレランジェに振り下ろされる。巨人が振るうような大槌だ。あんなものくらったら一瞬でスクラップだぞ。
「お断り安定です!」
レランジェが左手をハンマーに向かって突き出す。バシュッ! と手首から先が飛び出し、打ち下ろされるハンマーの打撃面を殴りつけたぞ。
ろ、ロケットパンチ。そういえば実装されていたな。
「ふは!? なんだよそれ!?」
その威力は見た目以上に半端ない。ハンマーを簡単に押し返しやがったよ。そしてすかさずレランジェは地面に向けて魔導電磁放射砲を放ち、その衝撃を利用して泥沼から脱出する。
だけじゃない。
脱出した方向は敵の真正面。ハンマーを弾かれて怯んでいたブラトデアの顔面に右手を押しつける。
「トドメ、安定です」
ピンと触覚を伸ばしたブラトデアは、流石に回避することもままならない。魔導電磁放射砲が発射され、住居を何棟も貫通・崩壊させながら吹き飛んだ。
残っていたGたちがササーッと退いていく。
やったぞ! 幹部を一人倒した!
と俺が喜んだのも束の間、バチッ! バリバリ!
レランジェの右腕から不穏な音と火花が弾ける。魔導電磁放射砲を連続で撃ちすぎたんだ。オーバーヒートしてるっぽいぞ。
機動力も削がれたし、もうこれ以上レランジェは戦えないだろう。でも敵幹部の一人を引き換えたと考えたら安い代償――
「ふひ、ふひひひひ! ここまでやられたのは久々だ! もうウチあったまきたよ!」
声が、した。
見ると、焼け焦げてズタボロになったブラトデアが狂気的な笑みを浮かべて屋根の上に立っている。嘘だろ。魔導電磁放射砲の直撃をくらって倒れてないのかよ。
ゴキブリ女だけに、ゴキブリ並みの生命力を持ってるってことか?
「まったく、クソ虫もゴミ虫様と同じくしぶとさだけは安定ですね……」
誰がゴキブリ男だ!? ってそうじゃない! レランジェ、ダメだ! 流石に逃げろ! これ以上お前は戦えない!
俺の言葉が届くことはなく、レランジェは身構える。
「さあさあ、みんな集まって! あの生意気なお人形をぷちっと潰しちゃうよ! ふひひ!」
ブラトデアが触覚をピコピコ動かして叫ぶ。すると、周囲一帯から黒光りする津波が奴の下へと押し寄せて行く。
恐らく、住宅街にまだ残っている全てのGを呼んだんだ。何千何万とかいうレベルじゃない。リーゼがけっこう燃やしてるはずなのに、軽く億は超えているGの群れがブラトデアを中心に積み上がっていく。
やがて、それは一体の怪蟲へと姿を変えた。数階建てのビルほどもある巨大蜚蠊。アレがブラトデアの真の姿ってことか? 図体に合わせて魔力も跳ね上がったぞ。
巨大化は負けフラグ、なんて言ってられない脅威がそこに出現した。
「ふひふひ、ぶっ壊れろ!!」
カサカサカサカサ! あんな巨体のくせにめちゃくちゃ静かに素早く移動しやがる。そして思い出したように翅を広げて空を飛び、あっという間にレランジェの目の前に文字通り舞い戻ってきた。
「くっ」
魔導電磁放射砲を構えるレランジェだが、既にオーバーヒートしているため発射できない。
「あれれ、もう壊れかけてるっぽいね! ならトドメっと!」
フッ、と。
ブラトデアが目にも留まらぬ速度で前足を振り払った。レランジェは避けることも防御することもできず、体の部品を散らしながら空中で弧を描く。チクショウ。
ぐしゃり、と地面に叩きつけられるレランジェ。機械じゃなかったら死んでいたぞ。
「まだ修理したら直るのかな? ふひ、念のため踏み潰してあげるね!」
やばいぞ。まずいぞ。逃げろと叫びたいけど、この場にいない俺がそうしても無駄だ。仮に声が届いたとしても、今のレランジェはさっきの一撃で片足が捥げちまっている。
「じゃあね。すぐにあんたの主も仲間もぶっ殺してあげるからね!」
カサカサと超速で突進するブラトデア。見たくもないのに、俺はこのままレランジェが轢き壊される映像を幻視してしまった。
その直後だった。
両者の間に黒い炎の柱が噴き上がったんだ。
「なにッ!?」
ブラトデアが急ブレーキをかける。黒炎が弾け飛び、そこから金髪黒衣の少女が出現した。
「交代よ、レランジェ。アハハ、気持ち悪いのが集まって燃やすそうな姿になったわね!」
リーゼお嬢様だ。
よかった、間に合ったか。黒衣をはためかし、好戦的な紅い瞳で自信満々に巨大蜚蠊を見上げるその姿には、なんというか頼もしさと安心感があるな。
「……なんだ、『黒き劫火』のセカンドさんか。ふひ、部下の窮地に現れるなんてカッコイイね!」
「その呼ばれ方、嫌い」
リーゼがその場で片腕を振るうと、ブラトデアの前足二本が黒炎に呑まれた。
「ふぎゃあああああっ!? あつ!? 痛い!? あっつ痛いぃいいいいいいいい!?」
悲鳴を上げてのたうち回るブラトデアだが、アレはその程度で消える炎じゃないぞ。
「おのれ。ふひ、おのれ『黒き劫火』のセカンドぉおおおおおおおおおッ!?」
ブラトデアは鎮火を諦めてリーゼに向かって突進する。リーゼは避けない。それどころか片手を前に突き出し――
「嫌いって言ってるでしょ!」
黒い魔法陣を展開した。そこから黒炎の奔流が放射される。ブラトデアは飛んでかわそうとしたが、黒炎は不自然に軌道を曲げてホーミング。
翅を広げて空中に浮かんだブラトデアを、呆気なく呑み込んじまった。
「いや、嫌だ!? 焼かれる!? 消える!? ふひは魔王様ぁああああああああああああああああああああああああああッ!?」
炎の中で断末魔が轟き、やがて跡形もなく焼失する。今度こそ倒しただろう。やっぱり巨大化は負けフラグだったな。
敵の焼滅を確認したリーゼが、肩の力を抜いて振り返る。
「派手に壊れたわね、レランジェ。あーの人に直してもらうわよ」
「レランジェが不甲斐ないばかりにお手数をおかけしました、マスター」
体の部品を集め始めるリーゼにレランジェは申し訳なさそうに謝罪していた。ところで『あーの人』ってアーティのことですか?
と――
ちゅどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
都市の左翼の方から今までより大きな爆音が響いた。
あっちは確か、グレアムたちが戦っていた方角だ!




