五章 VS蛇蝎の魔王軍(2)
リーゼの黒炎が地上を奔り回る中、住居の屋根を飛び渡りながらレランジェとブラトデアが格闘戦を繰り広げている。
一進一退の攻防だ。ブラトデアはGの親玉なだけあって、かなり素早い。が、レランジェも負けてないぞ。魔改造されたジェットエンジンを使いこなして速度は互角。モッキュ族の家々だけが衝撃に耐えられず次々と崩壊しているよ。せっかくリーゼが敵だけ焼いてるのになにやってんだ。
ちゅどおおおおおおん!!
遠くから爆音が轟く。
他の戦場もどんどん激しさを増しているみたいだな。くそっ、リーゼたちの戦いも気になるが、他がどうなっているのかわからないのはもどかしいぞ。
と思っていたら、突然俺の視界が複数に分割された。まるで空間を切り取って接合したみたいな不自然な光景だ。俺が望んだからそうなったんだろうけど、テレビの分割表示機能かよ。ちょっと便利すぎやしませんか、ゼクンドゥムさん?
グレアムも、誘波も、それぞれ敵幹部と戦っている。モッキュ族の兵士や他の監査官たちは雑魚の魔蟲を引き受けてくれているが……ちくしょう、流石に犠牲者が出てやがる。大怪我を負った兵士が後方へ運ばれていく様は見ていて痛々しいよ。
なんで俺は、この戦場にいないんだ。いや俺一人が加勢したところで犠牲者が減るとは思わないが、早く回復して駆けつけないとあの野郎が自由に暴れちまう。
あの野郎……そうだ! 魔王は!? フィア・ザ・スコルピはどこだ!?
誘波と一瞬だけ戦り合ってから音沙汰がない。魔力砲を何度もぶち込めるほどの時間はあったはずだ。黙って高みの見物しているような奴じゃない。なんのアクションもないのは不気味だな。
城に戻ったのか?
いや、違う。新市街の中央広場だ。俺とアーティが初めてこの都市に降り立った場所。フィア・ザ・スコルピはそこでモッキュ族の兵に包囲されていたんだ。
既に何人もが地面に倒れ伏している。無謀にも魔王に挑戦して散ってしまったのだろう。
「城から出てくれたことはありがたいもぐ。予想外に早くやーに辿り着くことができたもぐ」
モッキュ族の中でも一際でかくて目立つ巨体――モグラリアント九世が、ガトリング砲の砲口をフィア・ザ・スコルピに向けた。
「モグラどもぉ、オレ様に構っていていいのかぁ? オレじゃなくて、四害蟲を倒さねぇと城の中には入れねえんだぞ?」
フィア・ザ・スコルピは様々な科学武装に囲まれながらも余裕の表情を崩さない。実際、それだけの力が奴にはあるんだ。
モグラリアント、ここで無理をするな! 一旦退いた方がいい!
「やーの部下はわーたちが動かずとも彼らが倒してくれるもぐ。それよりも、やーを自由にさせる方が脅威もぐ!」
俺の声は届かない。まず発声できないし、俺は夢としてこの光景を見ているにすぎない。
「発ぇもぐ!!」
モグラリアントの号令で一斉に銃撃が開始される。だがやはり、どれだけ弾幕をぶつけようともサソリ人間であるフィア・ザ・スコルピの外殻には傷一つつけることも叶わない。
だが――
「あぁ?」
弾幕の間隙に紛れて接近していたモグラリアントの爪が、フィア・ザ・スコルピを大きく薙ぎ払った。金属が打ち合ったような甲高い音を響かせてフィア・ザ・スコルピが吹き飛び、ビルの壁に激突して大穴を穿つ。
「手応えはないもぐ! 攻撃をやめるなもぐ!」
間髪入れず兵士たちが対戦車ロケット弾を発射。一瞬でビルを木っ端微塵に爆破する威力だったが……ボコリ、と瓦礫の中からなんともなかったようにフィア・ザ・スコルピは立ち上がる。
「ククク、たかがモグラのくせに痛ぇことしてくれるじゃねえかぁ」
「それならもっとご馳走してやるもぐよ!」
再び急接近したモグラリアントが奴の顔面ゼロ距離からガトリング砲をぶっ放したぞ。フィア・ザ・スコルピがぐらりとよろける。流石に今のは効いたか?
モグラリアントの奴、けっこう戦えてやがる。
案外このまま倒しちまったりするんじゃないか?
「でけぇ図体のくせに機敏に動くなぁ。いいねぇいいねぇ。てめぇが蟲だったら部下にほしかったところだぁ」
ブォン! とフィア・ザ・スコルピの尻尾がスイングされる。
かろうじてガトリング砲で防御したモグラリアントだったが――バキン!
「もぐっ!?」
ガトリング砲は粉砕され、今度はモグラリアントが背後にあったビルまで吹っ飛ばされちまった。
「族長!?」
「貴様よくも!?」
「A班は族長の救護もぐ! 他は敵魔王の制圧を続けるもぐ!」
銃弾が効かないと判断した兵士たちが近代的な槍を構えてフィア・ザ・スコルピに躍りかかる。ダメだ。数の上では圧倒しているのに、サソリの尻尾が一薙ぎされるだけで兵士たちは埃のように舞い散っていくよ。
「雑魚がぁ! わらわらとうぜぇんだよぉ!」
フィア・ザ・スコルピがその場に片足を踏みつける。それだけで地面が爆発し、何人ものモッキュ族が巻き込まれて弾き飛ばされちまった。
……同じ、だ。
まだ弱かった俺が、『柩の魔王』ネクロス・ゼフォンに立ち向かった時と。あの時も俺がなにをしようと軽くあしらわれてしまうだけだった。
奴は本気を出すどころか、虫を払っている程度の感覚だ。なにせ小さい魔力砲の一発すら撃ってないんだからな。
兵士たちにも動揺が広がる。
やはり、ここは撤退して誘波たちと合流した方が――
「怯むなもぐ!」
一喝。見ると、モグラリアントが兵士たちを押し除けるようにして立ち上がっていた。その円らな眼に宿った戦意は微塵も揺らいでいない。
「敵は魔王! この程度の苦戦は想定内もぐ! 敵がわーたちを舐めている内に畳みかけるもぐ!」
モグラリアントが兵士から近未来的なデザインの巨槍を受け取ったぞ。三日月状の刃が青白くスパークしたかと思えば、モグラリアントは残光を引いてフィア・ザ・スコルピに突撃しやがった。
「へぇ」
尻尾の針でモグラリアントの槍を受けたフィア・ザ・スコルピが、初めてニチャリとした笑みを消した。
「族長を援護するもぐ!」
兵士たちが鬨の声を上げた、その時だった。
俺の視界の右側から強烈な輝きが放出された。モッキュ族とフィア・ザ・スコルピの戦いとは関係ない。別の戦場でなにかのアクションがあったんだ。
俺の意識は、自然とそっちへ向いてしまった。