五章 VS蛇蝎の魔王軍(1)
戦争が始まった。
準備を整えた監査局とモッキュ族の連合軍が出陣する。馬鹿正直に真正面からトンネルを通って新市街に向かうのではなく、ゼクンドゥムの〈夢回廊〉を利用してあり得ない場所から奇襲を仕掛ける作戦のようだ。
魔王城を取り囲むように三ヶ所からの挟撃。だが、敵もそれだけで狼狽えて瓦解するほど馬鹿じゃない。すぐに指揮官の指示で体勢を整え、それぞれの場所で両軍が衝突した。
バシュバシュバシュバシュウウウッッッ――!!!
いきなりかましやがったな。先手は連合軍だ。モッキュ族が輸送起立発射機から地対地ミサイルを次々と飛ばして群がってくる魔蟲どもを吹き飛ばしていく。自分たちの街を、国を破壊する行為だが躊躇はないな。爆発が連続して一瞬で戦場が火の海と化した。
それでも、全部は倒し切れないぞ。甲殻の硬い魔蟲なんかはミサイルなんて意にも介さず進軍してやがる。
それに遠距離攻撃はこっちだけの特権じゃないようだ。魔蟲も次々と毒液や魔力光などを噴射して連合軍に無視できない被害を与えていく。
俺は、そんな戦いの様子を上空から俯瞰していた。
空から強襲をしかけようとしているわけじゃない。気がついたら戦場の空に浮かんでいたんだ。
これは、現実なのか? それとも夢なのか?
意識はハッキリしている。逆に言えば、意識しかこの場に存在していない。肉体もなければ声も出せないんだ。まるで幽体離脱しているようなこの感覚は――
「これは夢だよ。でも、見ているものは現実さ」
ふっと俺の近くに白い光の球が現れた。この声は……やっぱりお前の仕業か、ゼクンドゥム。
「お兄さんの本体は『蛇蝎の魔王』の毒にやられて治療中だよ。今も旧市街の施設で科学者のお姉さんが文句言いながら処置を行っているところだね」
アーティが? 医者じゃないのに悪いことさせちまってるな。で? なんで俺はこんな夢を見せられてるんだ? またイメトレか?
「言ったでしょ。この光景は現実だよ。お兄さんの復活を待つほどの時間も余裕もなくてね。大精霊のお姉さんとモグラのおじさんの判断で先に戦いを始めることにしたんだ。それで、お兄さんが目覚めた時に状況を把握できていた方がいいからこうして夢で見せてるってわけ」
そいつは……なんというか、悪かったな。俺がやられなければこんな手間かける必要なかったわけだし。でも、ありがたい。
「キヒッ、しっかり見ておくといいよ。お兄さんが見たい場所を見れるようになってるからさ」
つくづくチートだな、こいつの〝夢〟は。俺は試しに新市街の正面広場で戦っている軍勢を凝視する。空から眺めていた景色が一気に近づく。既に乱戦の模様となった戦場で、槍やらサブマシンガンを装備したモッキュ族の兵士たちが蜘蛛や蜈蚣や毒蛇を相手に奮闘しているよ。
「じゃあ、ボクも戦いに参加しないといけないからもう行くね」
そう言って、ゼクンドゥムの白い光は儚く消えてしまった。あいつがどうやって俺に戦場の全体を見せてくれているのかわからないが、少なくともここで俺と喋ってる間は行動できないようだな。
だったら引き留められない。あいつが参加するのとしないのとでは戦力に大きく差が出ちまう。
「虫ちゃんがわらわらと気持ち悪いですねぇ。今回は私も遠慮なく暴れるつもりですよぅ!」
ヒュオッと一陣の風が吹いた。
戦場の中心に現れたド派手な十二単の女――法界院誘波がニコリと屈託のない微笑みを浮かべる。
次の瞬間、四方八方に風刃が荒れ狂った。風の刃は魔蟲だけを的確に斬断し、ほんの一瞬で敵の軍勢をごっそり減らしやがった。ミサイルが効かなかった甲虫すらお構いなしに真っ二つだぞ。
「もっとも、雑魚の相手ばかりするつもりはありませんが」
誘波が片手を挙げる。そこに風が集中して渦を巻き、巨大な横向きの竜巻となって――魔王城に向けて放たれた。
「――〈槍風〉」
竜巻の槍が飛行型の魔蟲を巻き込みながら魔王城へと真っ直ぐに飛んでいく。こいつ、いきなり魔王の首を取るつもりだぞ。
だが――
「あら? やっぱりそう簡単にはいかないですねぇ」
竜巻の槍は魔王城の手前で見えない壁によって阻まれ、霧散した。結界が張られてるっぽいな。あれだけ煽っておいて自分は結界内に引き籠るのかよ。実は臆病者なんじゃないか、フィア・ザ・スコルピ。
と、思っていたら――
「ギャハハハ! おいおいおい、すげぇなぁ! いきなりオレ様の城に大技ぶち込んでくるとは思ってなかったぜぇ!」
どこからともなく下品な笑い声が聞こえてきたよ。辺りを見回すと……いた。遠いが、魔王城の手前にある高い建物の屋上でサソリ男が腕を組んで立っている。あそこは、ギリギリで結界の外か。なんでラスボスが城から出てるんだ?
「だが残念だったなぁ! あの結界はてめぇみてぇな力のある守護者でもそう簡単には破れねぇ! 解除するには四害蟲を全員ぶっ倒さねぇといけねぇ仕掛けになってんだぁ!」
遠くの戦場にまで響く声で親切にも仕様を説明してくれるフィア・ザ・スコルピ。わざわざそのために出て来てくれたのか?
「あらあら、結界でお城を守っているのに魔王が外に出てしまっては意味がないのでは?」
「あぁ? アレはオレを守るためのもんじゃねぇよぉ」
誘波が風に声を乗せて疑問を投げかけると、フィア・ザ・スコルピはクツクツと嗤いながら頭上に無数の巨大な毒針を出現させた。
「てめぇらが助けたい人質はあの中だぁ! 安心しろよぉ、まだ殺しちゃいねぇ! ちょっとばかし重労働は課せちまったがな! だから楽しく戦争しようぜぇ!」
毒針が正面で戦っている軍勢へと飛ぶ。誘波が即座に風の壁を展開して毒針を防いだが、その時には既にフィア・ザ・スコルピの尻尾が膨大な魔力を収斂させていた。
「なるほど、人質を助けたければあなた方を全滅させろということですねぇ」
「『千の剣』抜きでどこまで戦れんのか見させてもらうぜぇ!」
藍色の魔力砲が発射される。誘波が風を集めて応戦し、数秒の拮抗の末に相殺させたよ。それでも凄まじい衝撃波が戦場に襲いかかり、敵味方関係なく吹き飛ばした。
「遠距離から魔力砲を撃ち込まれ続けるのは厄介ですねぇ……あら?」
どうしたんだ? 風を使って空中に浮かんでいた誘波の動きが急に止まったぞ。
「これは……蜘蛛の糸?」
目を凝らすと、細く小さな糸がそこら中に張り巡らされていた。蜘蛛の糸、ということは幹部の蜘蛛女だな。
「魔王様、仕掛けは完了しましたので、守護者はわたくしが捕食してもよろしいでしょうか?」
予想は的中し、蜘蛛の巣を渡るように背中から八本の足を生やした妖艶な女が宙を歩いてきていた。
舌なめずりして誘波に歩み寄る蜘蛛女だったが、スパスパスパッ! 誘波を拘束していた蜘蛛糸は風の刃であっさり切断されてしまったよ。
「うふふ、私は蜘蛛ごときに捕らわれるほど柔な蝶ではありませんよ」
「これはこれは、手強いですわね」
見ているだけしかできないのは、なんというかもどかしいな。正面は誘波がいればなんとかなるだろう。
意識を左翼に向ける。
移り変わった視界は工場地帯だった。そこでもモッキュ族の科学兵器が火を吹いていたが――
「我が名は四害蟲が一人、センティピードである! そのような玩具など効かぬわ!」
巨大な体をくねらせた超大型のムカデが一薙ぎで全てのミサイルを撃ち払いやがった。あいつがただ動くだけで被害が拡大していく。マジかよ。あんなのもうウルトラな怪獣じゃないか。光の巨人呼んで来い!
ガン!! と。
突如、大ムカデ――センティピードが大きく仰け反った。顎下を何者かが強打したらしく、そのまま仰向けに転倒したぞ。
「俺的に、リベンジだこのムカデ野郎!」
トンファーを構えた作業着姿の男がムカデの腹に飛び乗る形で立っていた。あのマロンクリーム色の髪は、グレアムだ。取り巻きには稲葉を含めた監査官の後輩たちがいる。
いいぞ。一度はセンティピードにぶっ飛ばされたことのあるグレアムだが、それで負けたわけじゃない。光の巨人じゃなくてもパワーは匹敵するあいつなら、きっと倒してくれるはずだ。
左翼にグレアムたちがいるってことは、右翼はどうなってるんだ?
思っただけで景色が変わる。便利だな、この夢。
新市街の左翼は住宅街。一般人なんていない閑散としたゴーストタウンのはずが……うげっ。黒光りするカサカサで埋め尽くされてやがる。
モッキュ族の兵士たちが火炎放射器で燃やしたりしているが、ダメだ。数が多すぎる。すぐに群がられて次々と餌食になっていくぞ。
Gってことはこっちにはブラトデアがいるんだ。まずいぞ、左翼は一番やばいかもしれん。
「……マスター、お願い安定です」
「わかったわ。この虫を燃やせばいいのね」
刹那、黒い炎が津波となって住宅街を一瞬で覆い尽くした。黒炎はGだけを灰も残さず焼き尽していく。餌食となっていたモッキュ族たちは黒炎の中でも焼かれず立ち上がっているよ。
ほっとした。『焼く』という行為に完璧な指向性を持たせられるようになったみたいだな、リーゼ。
そして、炙り出したぞ。
「あつつ!? ふっひ、ウチの可愛い可愛い子供たちをよくもやってくれたな、『黒き劫火の魔王』のセカンドさん」
触覚をピコピコと揺らして建物の屋根に飛び乗った少女は、四害蟲のブラトデアだ。
「マスターはそのままクソ虫を焼却安定です」
そう言うと、レランジェがゴスロリメイド服の背中からジェットエンジンを噴射して飛び上がった。
「あなた様はこのレランジェがお相手安定です」
「へぇ、魔王の出る幕はないってこと? ふひひ、舐められたもんだね」
無表情のレランジェと不気味に嗤うブラトデアが同時に突撃し、互いが繰り出した蹴りの衝撃で住宅が一棟崩壊する。
「レランジェずるい! わたしもそいつ燃やしたい!」
ご主人様は、メイドの判断に大変不服なようだった。