間章(4)
毒蟲とは、どこの世界でも似たように嫌われ者であった。
人間だけの話ではない。普通の動物や植物にしてもそうだ。身を守るための進化で得た力だが、それ故に恐怖され敵視され、そこに在るだけで排除の対象となってしまう。
フィア・ザ・スコルピが誕生した世界では特にそれが顕著だった。
当時は一匹のサソリでしかなかったフィア・ザ・スコルピは、他のあらゆる生物から異端とされ幾度となく殺されかけた。普通の自然界などとは比べ物にならない死線をくぐり、生き永らえ、やがて他者からの負の感情を一身に浴び続けたサソリは魔王となった。
故郷となる世界は毒の海に変えて滅ぼした。
それでも破壊衝動は収まらなかった。
暴れ足りない。壊し足りない。殺し足りない。魔王の力にも慣れ、眷属を生み出し、他の世界を次々と滅ぼしていった。
もはや無限に湧いてくる破壊衝動は受け入れて己のものとした。
世界を蹂躙する全能感に酔い痴れていた。
『あの方』と出会い、完膚なきまでに叩きのめされるまでは。
同じ魔王なのに圧倒的な力の差を見せつけられた。ただ世界を滅ぼして回ることだけで満足していたフィア・ザ・スコルピとは違い、『あの方』は全ての魔王すら支配しようと考えていたのだ。
感服してしまった。魅せられてしまった。『あの方』が〝魔帝〟になれば今よりもっと素晴らしい景色を眺められると思った。
今は虚ろの玉座に『あの方』を座らせる。
そのためには『あの方』と力が拮抗している二体の魔王が邪魔だ。
奴らを排除し『あの方』が頂点に君臨するためには、旧魔帝の魔力が必要。おあつらえ向きの略奪ゲームでなんとしてでも魔帝の力を手に入れ、献上しなければならない。
『鐵の魔王』にしてやられたのは痛恨の極みだったが、ここで『千の剣の魔王』を降せば奴との力関係も逆転する。上手くいけば『概斬の魔王』や『呪怨の魔王』すら超越できるかもしれない。
「あ、魔王様魔王様! どうやら『千の剣』さんが魔王様の毒にやられたっぽいよ!」
魔王城の最上階。
旧市街から帰還したフィア・ザ・スコルピが玉座で体を休めていると、頭の触覚をピコピコさせたブラトデアが愉快げな笑みを浮かべてそう報告した。眷属たちは旧市街から撤退させたが、彼女の偵察蟲だけは残しておいたのだ。
「あぁ? んだよ効いたのかよぉ。ただの目眩ましだったんだがなぁ。あの程度の毒、上位の魔王で効く奴なんかいねえぞ」
成り立ての魔王だからか、それとも力を大幅に奪われているからか、なんにしても拍子抜けである。とはいえ本来は即効性なのにここまで時間がかかったということは、多少は抵抗力があったということだ。次は効かないだろう。
「で? 奴のお仲間はどんな様子だぁ?」
「ふひ、慌ててはいるけど戦意までは喪失してないっぽいかな」
「だろうなぁ。奴がいなくても『黒き劫火』のセカンドや『現夢』がいやがる。モグラどもはオレに恨みがあるみたいだしよぉ」
奴らは言うなれば連合軍だ。元々トップなんてあってないようなもの。旗が折られたらまた別の旗を立てるだけだろう。
そうでなければ面白くない。
「じゃあ、ウチらもこのまま迎え撃つ準備をしてればいいわけね。あーあー、グロイディウスが馬鹿なことしたから幹部一人あたりの仕事が増えちゃったよ」
「悪ぃなぁ。またすぐに会えるからよぉ。文句はその時に言ってくれやぁ」
「魔王様は悪くないって――あっ、もしもし毒蜘蛛おばさん? ふっひ、耳元でキーキー喚かないでよ煩いなぁ」
ふひひ、と嗤ってブラトデアはフィア・ザ・スコルピから離れ、偵察蟲を介して今も準備を進めているラトロデクツスに連絡をし始めた。
玉座で頬杖をつくフィア・ザ・スコルピは、体内で魔力を練りながらふと考える。
「毒をくらったってこたぁ、奴は戦場には出ないのかぁ。だが、放っときゃ治して来るだろうなぁ。だったら……」